トーナメント二日目 Coat of Arms vs 戦乙女
観客席へと着いた俺は部長を膝上に置き、両端の椅子にダリアとアルデを座らせた。
アイテムボックスに収まる大量のおやつをあれこれと取り出しつつ、掲示板に掲載された対戦カードへと目を落とす。
「――初戦でドンさん達と花蓮さん達の試合があるのか。流石は二日目、いきなり内容が濃いな」
二日目の初戦でもっとも注目されている試合は、紋章ギルドの三番隊vs戦乙女の試合だった。
俺たちを破ったドンさん達には是非優勝を目指してもらいたい所だが、花蓮さん達にも頑張ってもらいたい。
どちらも応援したいという複雑な心境の中視線を移すと、試合なんか興味ないとでも言いたげにおやつを食べる、三人娘の姿があった。
三人揃って焼き饅頭をかじりあっているのが見える。
「お、いたいた。よおダイキ」
「港さん、おはようございます」
と、後方からこちらへと歩いてきた港さんが、ビール片手に手を挙げる。
朝っぱらから酒か――と、心中で苦笑しつつ挨拶を返すと、足元にいた黒い影が嬉しそうに飛び込んでくるのが見えた。
小ちゃくなったキングだ。
「よ、キング」
ばふりと胸の中に収まったキングを撫でてやると、特有の低い音で喉を鳴らしながら顔を擦り付けてきた。
お約束の光景に、港さんが苦笑いを浮かべている。
『だめ』
ムッとした表情のダリアが、焼き饅頭を刺していた木の棒で俺の足を突いてきた。
危ないと分かっているのか、気を使って尖ってない方を向けて突いているものの、込める力はそこそこ強い。
見かねた港さんがキングを抱き上げるも、あっちはあっちで似たような状況が発生している事に気がつく。
『レイ! 港殿の隣に座れたか!? また拙者と遊んでくれ! おやつもあるんだ!』
「アルデも、レイが困ってるぞ」
俺に飛びつくキングのような勢いで、レイに張り付いているアルデ。
女性らしい光のシルエットと宝石のような瞳しか持たないレイではあるが、嬉し恥ずかしといった慌てた様子を見せているのがわかる。
にしても、港さんの隣に座りたいって願いは……ウブな女の子みたいで、ちょっと可愛いな。彼女の中で港さんの印象もかなり変わってきているのだろう。
そこにはアルデの貢献度もあるし、彼女の素直さ故の今、とも言える。
『ダイキ殿! 鎧! 鎧を着させてくれ! それと青吉も見せてあげたい!』
レイの登場によってすっかり上機嫌になったアルデが、先ほど貰った王都騎士一式の装備と、お祭りの景品で貰った青吉を彼女に見せたいとせがむ。
見た目の年相応に無邪気なアルデに和みながら装備を変えて青吉の水槽を持たせてやると、まるで宝物を自慢するかのように、アルデが『見て! どう?!』と、くるくる回っているのが見える。
精神年齢はレイの方が高いのか、アルデを『よかったね』と、子供を見守るお母さんのような雰囲気で頭を撫でてやっていた。
――うん。可愛い。
「お。ダイキは騎士になったのか」
流石は情報に強い港さん。
アルデの装備と、そこに刻まれた王都のシンボルを見つめながら興味深そうに笑みを浮かべている。
「イベント後に契約が切れるともありましたから、得の多そうな騎士を選びました」
「まあ、それが正解か不正解かは現状不明だが、討伐戦に参加するなら損はないだろう」
俺は掲示板の情報が潤うのをアテにして、まだ決めてないけどな。と、珍しく慎重な港さん。
技能の派生進化の時みたく、直感でどちらか選んでいると思っていたが……そこは堅実派らしい。
「俺の方でも、王様から何かアクションがあった時、連絡しますよ」
「おう。ありがとな」
*****
試合開始時間が迫るにつれ、ポツポツあった空席の殆どが埋まり会場を包む熱気も上がっていく。
そして、正面に設けられた巨大スクリーンに映るのは、もっとも注目を集めている《紋章ギルドNo.3 vs 戦乙女》のフィールドだ。
すっかり観戦モードになった俺たち。
隣に座るダリアは、もさもさとポップコーンをつまんでおり、部長は膝上で焼きトウモロコシを貪っている。
アルデは港さんの隣に座るレイの膝上に陣取っており、腕の中には小さめの水槽を抱えていた。
「そういえば――アルデちゃんが手に持ってるコレ、なんだ?」
ざわつく会場の声に負けるまいと、やや大きめの声で言う港さん。
なんだ、と言われても、俺の中では単なる小魚でしかない。
「金魚掬いの屋台で獲った青い魚です。店主の人が気を利かせてくれて、アルデのお気に入りを売ってくれたんですよ」
気を利かせたのは事実だし、結果として水槽が無ければ飼えないため、売ってくれたという部分も間違っていない。
港さんは事の成り行きを瞬時に理解したのか「相変わらず甘いなあ」と、からかうようにして笑って見せた。
『この子は青吉って言うんだ! 将来は拙者達を乗せて海の旅に出かける事になってるんだぞ!』
アルデ、青吉にプレッシャーを掛けるなよ。
アルデの頭を優しく撫でるレイは、召喚されて間もない頃のそっけない態度を取らなくなり、少なくともアルデには心を開ききっているように見えた。
港さんは横目でそれを嬉しそうに眺めつつ、誤魔化すように咳払いした後、ケビンへ魔石を食べさせている。
――新鮮だ。
「お、おうダイキ! 戦乙女達の試合が始まるみたいだぞ!」
俺が盗み見ているのに気が付いたのか、いささかオーバーなテンションでスクリーンを指差す港さん。
突然立ち上がった事に驚いたのか、肩に座っていたケビンが後方へ落下し、港さんは慌てて救助にあたっている。
にまにましながら視線をスクリーンに戻すと、団体戦の時に見た全身鎧に身を包んだセイウチを先頭に、薙刀を持つ巨人族、槍を持つ男性が前衛ポジションへと足を進めていくのが見えた。
後ろの魔法職三人もそれぞれが距離をとって杖を構え、既に臨戦態勢へと移行していた。
陣形を整える紋章ギルドの三番隊に対し、召喚士の戦乙女は一歩だけ後ろに下がると、準備完了と言わんばかりに杖を構えて見せたのだった。
陣形は巨人族の盾役と、万能型と言われる戦乙女のツートップを置いて、後方に固まる状態で完成らしい。
――ドンさんが斧を構え、ヘルヴォルが黄金の剣をゆっくりと抜く。
『試合開始!』
割れんばかりの歓声と共に始まった、団体戦第七試合。
ドンさんを先頭に乱れぬ足並みで駆ける三番隊に対し、黒塗りの鎧を纏った盾役が身の丈ほどある巨大な盾を地面に突き刺し応戦する。
――突如発生した半透明の壁が、横にいる戦乙女の更に先にまで伸び、三番隊の前衛組に圧力を掛けた。
ドンさん達は速度を緩めず突進を続け、その間に後衛陣が魔法を完成させる。
極太の光線が三本降り注ぎ、巨大な壁を打ち砕く。
それを合図に盾役が三人全員に挑発を入れるも、ドンさんによって無効化され、互いの前衛達が衝突する。
乱戦へと突入する――かに思えた。
『「残念賞!」』
『「こっちは囮なのよーん!!」』
三番隊の前衛と後衛の間にできた大きな隙間に躍り出たのは、よく喋る小鬼のような召喚獣、風神と雷神。
気付いていたのか読んでいたのか、三番隊の後衛の一人――あの賢者の魔法職が範囲魔法を完成させ、風神雷神を囲うように光の剣が現れる。
盾役達の後方にいる花蓮さんは杖を突き出し何かを唱え、その周りを光を纏った妖精族のコーラルが無邪気に飛び回っている。
妖精族はMPの回復に努めているのか、詠唱の手助けをしているのか……どちらにせよ、召喚獣は自らのすべき事を全て理解しているような動きで立ち回っていた。
『「エロ・ハリケーン!!」』
いやらしい笑みを浮かべた風神が手をかざすと、風神雷神の周りに緑色の竜巻が発生。落下する光の剣全てを弾き、巻き込み、ねじり上げ、そのままお返しとばかりに後衛に向けて竜巻を放った。
回復役が水色の盾を素早く展開。何かを唱える賢者と、その隣で魔法職が迎え撃つ雷の槍を形成させる。
『「そんなチンケなビリビリじゃ、俺様のコレは止められねぇんだよ!」』
風神が魔法を操る最中、彼よりも少し長く魔法を唱えていた雷神が太鼓を叩き、汚い口調でバチを振りかざした。
彼を発生源とする濃密な電気の塊が形を成し、四つ又の龍へと姿を変える。
強大な勢力を保つ竜巻は未だ健在な上、新たに展開された巨大な龍。
――後衛陣の表情が凍りつく
『「隊長! 後衛がヤバイ!」』
『「ッ! こりゃあ、突破できない」』
前衛達は無防備な風神雷神を追撃せんと攻撃対象を変えるものの、二人が盾役によって完全に封殺され身動きが取れず、薙刀の巨人族はヘルヴォルによって追い詰められている。
ドンさんが咄嗟に張った防御技も盾役によって破壊され、薙刀巨人のLPがみるみるうちに減っていく。
――防御虚しく、後衛陣に四つ又の龍と緑の竜巻が襲い掛かる
『「儚い身代わりの盾」』
盾役が盾を振りかぶる、そのコンマ数秒の隙を突き――ドンさんが捨て身で後衛の賢者に技を使い、初めてまともに攻撃を受ける。
後衛は賢者一人が生き残る……が、それを全て見越した上で継続して魔法を唱えていた賢者が杖を振った。
『「聖なる星の礫」』
無慈悲な暴力をそのまま体現させたようなあの魔法が発動され、夥しい数の魔法陣が展開されていく。
その一つ一つから光の球体が現れ、フィールド全域を破壊するかのごとく降り注いだ。
薙刀巨人が斬り伏せられるも、ドンさん達の目にはまだ闘志が宿っているのが見える。
この魔法が炸裂すれば、半端なダメージでは済まない。
『「ありがとう――ヘルヴォル」』
膨大な量の球体が落ちるそのタイミングで、魔法を完成させた花蓮さんが優しく云う。
その凛とした表情は、窮地に陥った者のする顔ではない。
くるくると回転するように花蓮さんの元へと戻ったヘルヴォルが黄金の剣を掲げ、それと交差させるように杖を掲げた刹那――
全てを薙ぎ払う
神の一撃が落とされた。
『「主神の鉄槌」』
フィールド全てを包み込む圧倒的な雷は、この世界から――音を奪い去った。
発生した衝撃波による攻撃の余波が、観戦していた俺たちをも飲み込んでいき、あまりの衝撃にスクリーンが一瞬、砂嵐に包まれる。
膝上の部長が落とした食べかけのトウモロコシが、ポリゴンの屑となって散っていく。
『試合終了!』
果たして審判は、一部始終を見ていたのだろうか。と、高性能のAIを初めてまともに疑いながら、呆気にとられて旅立っていた自分の精神を元に戻す。
――未だ砂煙で周りが見えないフィールド。
たっぷり15秒程の沈黙を破るようにして、どちらかの勝利を告げるアナウンスが響き渡る。
そして、何かに吸われるように砂煙が晴れていき――杖を戻して深呼吸をする花蓮さんの姿が見えた。
たちまち沸き起こる、割れんばかりの大歓声。
後ろに座る港さんも、あまりの威力に口をあんぐりしている。
剣を収めて踵を返すヘルヴォルと、盾を背中に戻すウルティマ。
クレーターの中心で怯えるように抱き合う風神と雷神に、花蓮さんの肩に止まって万歳してみせたコーラル。
あの三番隊相手に、圧勝――
実力の底が全く見えない――