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謁見

 

 膝上に置いた部長に、切って置かれたリンゴの欠片を食べさせてやりながら、何事もなかったかのように食事を再開させた俺たち。

 量も量なので、アルデの化け物パフェは半分も減っていない。気を使っているつもりなのか、対面に座る銀灰さんへ定期的にパフェをおすそ分けをしているのが見える。

 まだ彼に慣れていないからか、自分でパフェを盛り付けたカップを、少し警戒するように上目遣いで“ススス……”と渡している。


『苦いやつは体に悪いぞ?』


 以前、俺の飲んでいた珈琲を飲んで後悔するという苦味の洗礼を受けたアルデは、“何でそんな物を飲むんだろう”という表情で睨んでいる。

 事情を知る俺も、言葉の通じない銀灰さんも彼女の一連の動作に、同じタイミングで笑みを浮かべた。


 召喚獣に空腹という概念が存在するのか未だに判明していないが、俺たち異人がゲーム内で食事をする必要性は低い。食事はあくまでパラメーターの向上を目的とした強化(バフ)に属するため、銀灰さんのように少量の何かで済ませる異人は多いだろう。

 食べ物を嗅覚、視覚、味覚で感じる画期的な機能があるのだから、食事という行為を強要する何かを設けても面白いとは思うが……。


「ありがとね。いやあ、可愛い子に食べ物を分けてもらうって、なかなか経験できない事だよ」


 優しげな顔を更に綻ばせながら、下手くそに盛り付けされたアルデ特製パフェを食べる銀灰さん。

 アルデもアルデで、彼が渡されるがままパフェを食べてくれるのが嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべている。

 こっちはこっちで和やかな空間が繰り広げられているが――問題は銀灰さんのすぐ隣。


「ダリアちゃん。次はどこ食べたい? 尻尾とか肉厚で美味しそうだけど、後ろ足も食べ応えありそう!」


『一人で たべられるのに』


 あれこれと世話を焼きながら火偽竜(サラマンダー)の部位を切り分けていくアリスさんは、先ほどまでの様子とは打って変わり、周りに花が咲いたような幸福感を放っていた。膝上に座らされたダリアが、見上げるように彼女の顔を見つめている。


 あそこだけ別空間だな。と、彼女たちはそっとしておく事に決め、銀灰さんへと視線を向ける。


「そういえば俺、王様のイベントが一段階進んだんですよ」


「お! おめでとう。ダイキ君、名声のほうも稼いでいたんだね」


 確か、いつか見た掲示板に書いてあった内容に“名声の上部分が注目度に反映される”といった書き込みがあったな。

 一試合でいくつポイントが入っていたのかは不明だが、破竹の勢いで勝ち進んでいる銀灰さんやアリスさんなら既に一段階目はクリアしていそうだと推測できる。


 二杯目の珈琲をかき混ぜながらメニュー画面を操作する銀灰さんは、アイテムボックスに収まる《実力者の証》を俺へと見せてきた。


「これのイベントはダイキ君自身が後で見るはずだから秘密にしておくけど……結構奥が深いね。ダイキ君は職種的に特殊だから、答えはよく考えて(・・・・・・・・)ほしいな」


 何度目かのおかわりパフェを渡してくるアルデに「ありがとね」と言いながら頭を撫でてやる銀灰さん。

 答えはよく考えて――か。

 確か兵士への勧誘だったり得意なポジションだったりを聞いてくるとあったが、王様が何に対して備えているかによって意味合いが変わってくるんだよな。

 想像する限りでは《戦争のような軍隊vs軍隊》《討伐戦と書いてある部分から予想するに、プレイヤーvsモンスター》のいずれか。

 兵士になった異人が“ゲームシステム的に”どうなるのか全く想像がつかないが、どちらにせよ評価をされた者は次のイベントでも“戦闘”に駆り出されるのは想像に難くない。


 なんにせよ――イベント期間を離してくれないと有休が取りづらいな。



*****



 一日目のブロック決勝を勝ち抜いた紋章ギルドの一番隊は、当然の事ながら二日目の団体戦に出場することになる。

 先ほど届いた運営からのメッセージを読み終えた銀灰さんは「試合の準備をしないと」と、やんわりとお開きを提案。アルデとダリアも無事完食したので、俺たちも同じタイミングで席を立つ。

 冗談みたいな料金を支払うためレジへと向かうと、そこにいた店員から「あちらのお客様から、既に頂いていますよ」と一言。

 「へ?」という間抜けな声とともに振り返ると、人の良さそうな笑みを浮かべた銀灰さんが控えめに手を上げたのだった。


「すみません、ありがとうございます」


「いいよ。このくらい」


 店を出てすぐお礼を言う俺に、職場の上司のような気回しを見せた銀灰さんは、どうってことないと言わんばかりに笑ってみせた。

 リンゴ四つの部長はまだしも、ダリアとアルデの料理はかなりの額だっただけに、更に申し訳ない気持ちになる。


 部長を頭の上に乗せ、アルデを片腕で抱くように持ち上げる。

 ダリアはされるがままにアリスさんに抱きかかえられ、足をぶらぶらさせながら無言で何かを訴えかけてきていた。


「じゃあ私たちはこれで」


「アリスさん」


 満面の笑みを崩さぬまま、ダリアを持ち去ろうとする所に待ったをかける。

 ダリアとのやりとりで完全に元気を取り戻したアリスさんは「どうしたの?」と、何故止められたのか理解できていないような顔で振り返った。

 しかしそれも一瞬。

 割れ物を扱うようにしてダリアを下ろしたアリスさんは、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

 短めのプラチナブロンドがぱらりとこぼれる。


「ダイキ君にも迷惑かけたよね。ごめんなさい」


「俺も、迷惑だなんて思いませんでしたよ。本気になって怒ってくださり、ありがとうございました」


 彼女のダリアを想う気持ちは、あのブロック決勝の苛烈さを見れば一目瞭然だろう。

 それにしても審判AI、アリスさんの“怒り”や“憎しみ”には反則を取らなかったな。嫉妬や恨み……または、“犯罪者的な思考”だけを細かく読み取って反則を告げるのだとしたら、とんでもなく高性能と言わざるをえない。

 とはいえ、VR技術そのものが俺の理解を超えた代物(シロモノ)であるから、全てにおいて感動の感覚が麻痺しているのは否めないな。


「ダイキ君、ありがとう。ダリアちゃん、ありがとね。おかげで私の野望がまた一つ増えた」


 野望ってなんだろう。

 いや、これは聞かないほうが良さそうだ。


『がんばれ アリス』


 銀色の鎧の上からダリアが手をにぎにぎすると、ワンテンポ遅れて気付いたアリスさんが腕の装備を取り払い「ダリアちゃんもう一回! 生の手にもう一回!」と、半狂乱気味に騒ぎ出す。

 しびれを切らした銀灰さんが「じゃあダイキ君たち、またね」と、背中を押しながらその場から離れていき、アリスさんの騒ぐ声が次第に聞こえなくなっていく。

 なんにせよ、アリスさんの調子が元に戻ってよかった。


『じゃあ俺は少し用事を済ませてくるから、ちょっと待っててくれ』


 仮想世界で食事をしても、現実世界の体に栄養はいかない。それに、仕事のメールチェックをする時間も必要だ。

 腹が膨れて眠たそうな三姉妹をベンチに座らせつつ、いくつかのおもちゃを置いて、俺は一旦現実世界へと戻った。



*****



 Frontier Worldから現実世界へと戻る方法は、ログアウトの他に《離席》と呼ばれる手段が存在する。

 仮想世界からアバターそのものを退出させるのがログアウトに対し、アバター(外身)だけ仮想世界へ残し、俺自身(中身)は現実世界に戻るのが離席だ。

 離席を扱う上でのメリットとして、ログイン作業の短縮と強化(バフ)のリセット回避が挙げられる。俺の場合はこれに、召喚獣達の退屈しのぎという部分も絡んでくるのだが……これに関しては、デメリットとも呼べるようだ。


「――どうなってるんだ?」


 時間にして約一時間。ランニングから始まるいつものサイクルをこなした俺が離席から戻ると、俺の座るベンチの周りには大勢のプレイヤーが集まっていた。

 俺の膝上に寝ている部長はさて置き、ベンチの前ではお面を被ったダリアとアルデが、おもちゃ片手に駆け回っている。

 チャンバラごっこの続きだとは思うが、くじ引きでのハズレ景品をブンブン振るうアルデと、伸びる紙のおもちゃで応戦するダリア。

 集まるプレイヤー達は、口々に賞賛の声を上げながら、園児たちの運動会を見ているかのような穏やかな表情で戦いの行く末を見守っている。


 公共の場での離席は悪手だったか……というか、少し頭を働かせば予想できたはずだろう。と、朝一の働かない頭の所為にしつつ、これからどう動くべきかを考える。

 俺の中身が戻ってきたのを察知したのか、膝上の部長がムクリと体を起こす。



「やあやあ! 久しいな、お義父さん殿! ご存じ、君のハロー金肉だ。すまない、通してくれ」



 ――と、人混みをかき分ける……というより、自然とプレイヤーが避けていくような不自然にできたスペースをズンズン進みながら、金色の大男が手を振りながら歩いてきた。

 四角いしゃくれ顔の機人(アンドロイド)。背中に揺れる赤色マントが派手さを底上げしている。


『ひぃッ……!』


『む 新手か』


 乱入者に反応したちびっ子達だったが、あまりの迫力にアルデは一目散に俺の元へと逃げ帰り、ダリアはカエルのお面を側頭部へとずらしながらおもちゃを構えた。


 ギャラリーがざわめく。


「ハローさん。お久しぶりです。個人戦、ブロック決勝突破おめでとうございます」


 この混乱に乗じるべきだと判断した俺は、眠たそうな部長と怯えるアルデを抱き上げハローさんに近付いていく。

 ダリアと対面するように、“シュバッ!”っと両手を構えていたハローさんは近付く俺に気が付き、上機嫌に構えを解いた。


「おお! ありがとう! 今回は憎っくき悪が参加してこなかったから、脅威といえば銀騎士くらいだろう!」


 流石はトッププレイヤーと呼ばれるだけはあると言うべきか……殆ど優勝を確信しているような口ぶりで発達した胸筋を“ゴンッ!”と、叩いた。

 衝撃のせいか、ハローさんの両肩からは黒の煙が立ち昇っていたが、彼自身は特に気にする風でもない。

 やはり、この人はちょっと分からないな。


「わが友の試合はしっかり観させてもらっている! 団体戦、惜しかったな! トルダ殿は出場していないみたいだが……何故だ?」


 再び胸を叩いて煙を出すハローさんは、大げさに弓を引くジェスチャーをしてみせた。

 目の上を覆うゴーグルのような機械が、ピコピコと謎の点滅を始める。


「ありがとうございます。やはり、上には上がいましたね。――トルダは強くなる事が目的じゃないので、今回は観戦して楽しむって言ってましたよ」


「そうか。彼女の技には光るものを感じたのだが……それなら仕方ないな! お義父さん殿を含めた僕の唯一のフレンドだ、ゆくゆくは高難易度ダンジョンにも共に潜りたいものだな!」


 ボクシングをするかのように拳を突き出したハローさんはたっぷり5秒間、高笑いした後、飛行機の真似をするように両手を広げ、嵐のように去って行った。

 彼が駆け抜けたギャラリーの1箇所に、巨大なスペースが出来上がっている。


「じゃあ俺たちも、そろそろ王様の所にいくか」


 部長を頭の上に乗せダリアを抱き上げる。

 集まっていたプレイヤー達が少しずつ解散していくのを眺めながら、俺は足早にその場を後にした。



*****



 賑わう屋台の群れを抜け、コロシアムの入り口へと足を進めていく。

 現実で軽い食事を取りながら目を通した掲示板。そこで見つけたトーナメント二日目に関する内容を振り返っていく。

 

 団体戦の最有力候補は、やはり大型ギルド《紋章》。俺たちを下したドンさん達三番隊と、アリスさんと銀灰さんが属する一番隊。そして、その間に控える二番隊の三つが勝ち残っている。

 その他には最前線の連合パーティだったり、未だ有名どころのプレイヤーが多く残っているため、決して紋章ギルドの一強というわけではないらしい。

 中でも、守り手がいる分、広範囲の魔法に更に高い威力が期待される《大兵器》率いるパーティ。そして、圧倒的な勝利を重ねてきている《戦乙女》の召喚獣パーティも期待値が高い。


 混合戦もやはり強力なコンビネーション且つ高い実力を持つ銀灰さんとアリスさんペアが最有力だが、ジャイアントキリングを達成した俺とアルデのペアもなかなか期待されているようだった。

 しかしながら、こちらも激戦区であることに変わりはなく、紋章ギルドのメンバーをはじめ、姫の王や戦乙女も二日目に残っている。油断はできない。


 そして個人戦――ここは銀灰さんとハローさんの二強だと言われている。

 優勝候補筆頭だった《竜の戦士》の出場辞退により勝者予想が大きく変動したとあったが、元々優勝候補として挙げられていた銀灰さんと、ソロで活躍していたトッププレイヤーのハロー金肉さんが必然的に期待されている。

 こちらではアリスさんが既に敗退しており、姫の王と戦乙女は出場していないようだった。

 範囲魔法を得意とする大兵器が、俺に負けたことによって株が下がっているため期待値は低いらしい。


 なんにせよ、この中から優勝が決まる。

 全ての試合から目が離せられない。


 コロシアム入り口へとたどり着いた俺は、扉の前に立っている王都騎士へと声を掛ける。

 実力者の証を掲示する必要も無かったのか、王都騎士は俺の顔を見るなり「話は伺っている。陛下がお待ちだ」と、控え室とは別の道へと先導を始めてくれた。

 観客席へ向かう階段とは別の、両脇に王都騎士が一人ずつ控える豪華な階段へと進んでいき、先導する騎士がゆっくりと登っていく。


 ――この段階から分かる……説明の難しい“ビリビリ”とした何かに体が包まれるのを感じながら、重厚な石の扉の前までたどり着く。

 暗がりでよく見えないが、扉の前の男達も屈強そうな体躯と鋭い眼光を持っている。


「この者は……」


「優秀な戦……」


「そうか、では……」


 先導してくれている騎士が扉の前に立つ騎士のうちの一人と言葉を交わし、その後、地響きにも似た振動と、何かをひきずるような鈍重そうな音に緊張しつつ、差し込めた光の方へと視線を向けた。


 日の光に照らされた王の椅子は、その黄金色を更に濃く主張している。

 椅子の両端と、その後方にも騎士達が控え、先導していた騎士は淀みない動きで膝をつき「優秀な戦士を、連れてまいりました!」と声を上げた。



「――うむ。ご苦労」



 威厳溢れる力強い声を合図に、先導してくれた騎士は更に深く頭を下げ、緊張した面持ちでその場を立ち去っていった。

 その後――声の主はゆっくりと席から立ち上がり、来訪した人間……俺に視線を向ける。

 視界奥に映る、立派な髭を蓄えた初老の男が、俺と目があうなり満足そうに笑みを浮かべた。

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