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あの日の夢

 

 ――子供の笑い声がする。


 駆け回る足音、ボールを蹴る音、友人を呼ぶ声……両親を呼ぶ声。

 幸せが溢れるそんな光景を、錆び付いたブランコをこぎながらボンヤリと眺めていた。


 吐く息は白く、まだ薄らと雪が残っていた。

 冬が過ぎ、春が来て、夏が過ぎ、秋が来る。

 そしてまた、寒いだけの冬がやって来る。


 あの日と同じ、冬――


 闇を抱えた他人の子供に、好んで関わる大人は少ない。

 子を持つ大人の群れが、話の種にと俺を出し、関わらない程度の距離から何度も視線を向けてくる。


 あの視線は知っている。


 弱った動物を見るような、同情の目。


 公園の隅から、呼ぶ声が聞こえた。

 顔のぼやけた、俺の母。


「――大樹ちゃん」


 おいで、おいでと、手招きする


「――ダイキちゃん」


 母さん

 あの人はもう、帰ったの?


「――ダイキ」


 ……。



『ダイキ』



 俺を覗き込むように、ムッとした表情の三人娘が仲良く頭をくっ付けていた。

 時刻は朝7時10分。

 場所は石の町にある宿屋の一室。

 俺を取り囲むように座るダリアとアルデ、そして部長。


 この三人に起こされるのは、もしかしたら今日が初めてかもしれない。


「おはよう」


 短く云う俺に、召喚獣達が口々に挨拶を返してきた。

 あれだけはしゃいで遊び疲れてたのに、皆早起きだな。


『ダイキ殿! ダイキ殿! 青吉にあげる餌、何かない?』


 思い出したかのように、慌てて俺に詰め寄るアルデ。

 艶のある黒髪と、立派な角。

 褐色の肌と山吹色の目、はじける笑顔。

 大きな窓の縁に、日の光を浴びて輝く水槽が見える。


『お、そうかそうか。えーっと……じゃあこれ、あげてごらん』


『おぉ! わかった!』


 言われるがままアイテムボックス内を物色すると、ボックスの一番奥の所に《ナットラットの骨》が眠っている事に気が付き、それをアルデへ幾つか渡してやる。

 嬉しそうに受け取ったアルデは、小魚のように小さく細いその骨をすり鉢で粉末状にしながら鼻歌を歌っていた。

 錬成術で使うかもと買っておいたすり鉢が、思わぬ所で大活躍だ。


『ごっはん! ごっはん!』


『ごはんー』


 すり潰したナットラットの骨を鼻歌交じりに入れながら、餌を食べる青吉を上機嫌で眺めるアルデ。

 一緒に餌やりを楽しんでいるのかと思いきや、部長は俺の服の裾を噛みながら、駄々をこねるように引っ張っている。

 そういえば、昨日の夕飯は早かったし、その後部長はずっと寝てたからな。

 もしかしたら、空腹からいち早く起きて皆を起こして回ったのかもしれない。


『青吉への餌やりが終わったら食べに行こう』


『はーい』


 鼻をヒクヒクさせる部長の頭を撫でながら連れて行くことを約束すると、部長はやりきったかのように服を離し、バフバフと音を立てながらベッドの上を歩いて行った。

 長女も騒ぐ頃かな? と、ダリアの方へと視線を向けると、ベッドの隅で何処か一点を見つめ腕を組む姿を見つける。


『どうした?』


『なんでも』


 ない。と、吐き捨てるように言ったダリアはピョンとベッドを降り、アルデの餌やりを見学しに駆けて行った。


 さて――と。


 メニュー画面に目を落とし、王国騎士からの手紙にもう一度目を通していく。

 期限は今日の夕方までだが……団体戦をやっている間に済ませておいたほうが良さそうかな。

 その他、ずらりと並ぶフレンドからのメッセージにも目を通していき――手を止める。


「花蓮さんからか……なんだろう」


 中には一言《個人戦の時間、屋台巡りしたい》とだけ書かれており、簡素な文に、クールな戦乙女らしさを感じる。

 彼女は個人戦に出場しなかったのだろうか?

 もしかしたら俺のように参加した結果敗退した可能性もあるが、文脈から察するに、この時間は空いているのだろう。


 屋台巡り――


 花蓮さんならこの子達も喜ぶだろうと、行く旨と集合時間・場所を添えて返信する。


「……祭りの所為、か」


 メニュー画面を閉じながら、先ほどの苦い夢を思い出す。

 何故今更こんな夢を、とも思う。

 昨日の祭りの懐かしさから、遠い過去――子供の頃の記憶が蘇ったのだろうか。


『餌やり終わりー!』


 たっぷりと青吉を堪能したアルデが、ベッドをトランポリンにして飛びついてきた。

 ペット――もしくは子分のような存在ができて嬉しいのだろう。今の所彼女が一番の年下であるから、お姉さんぶりたい気持ちも分からんでもない。

 便乗するようにくっ付いていたダリア共々、お腹と背中に居る二人を乗せて回転していると、部長が急かすように跳ねているのが見えた。


『うし。じゃあ食べに行こうか』


 青吉をアイテムボックスに入れ、三人を纏うように部屋を後にした。

 王様イベントに団体戦の観戦、混合戦二日目に、個人の頂点を決める戦い。そして屋台巡り。


 今日も長い一日になりそうだ。



*****



 宿からほど近い場所にある食事処に到着した俺たちは、通されたボックス席に腰を掛けた。既に多くの人で賑わっている。

 俺たちは、ボックス席なのに何故か片側だけ大所帯だった。

 大きなメニュー表にくっ付くようにして目を向ける三姉妹の間で、各々の目的とするページの開きあいが勃発していた。

 俺が選ぶのをダリアがいつも待ってくれないので、何枚もページが行き交う一瞬のうちに狙いを定め注文を決めておく。


 俺も成長したなあ。


『ダリアは 火偽竜の姿……あ』


『拙者はスペシャルタワー……あれ!?』


『わたしこれー』


 最後に勝ったのは、まさかの部長だったようだ。

 もはや何かの勝負と化していた料理選びに負け、心なしかダリアとアルデがショボくれているように見える。

 それでも、予想通り俺を待たずして店員を呼んだダリアのお決まりパターンには驚かされるが、今回は俺の作戦勝ちだと、したり顔をしてやった。


 テーブルに並ぶ、大皿のカレーと巨大パフェ、リンゴが四つと火偽竜(サラマンダー)の姿焼きが一匹。

 子豚サイズのトカゲを丸ごと焼いたワイルド料理もさる事ながら、アルデの注文したタワーなんちゃらも壮観だ。

 リンゴ四つとなれば割と多い量だと思うが、その両側の料理が規格外過ぎて部長が食べなさすぎなんじゃないかという謎の錯覚に陥る。


 というか、これいくらすんの? と、何気なくメニュー表を覗いて軽く戦慄していると、窓ガラスの奥に見知った顔の人物が歩いているのを見つけた。


「あれは、銀灰さんとアリスさんか」


 銀灰さんが側にいるのを見るに、今回アリスさんが脱走しているわけでは無さそうだ。

 ただ雑談して歩いているように見えたので、一応手を振ってアピールしてみる。


 と――流石はトッププレイヤー、人の動きに敏感なのか瞬時に反応してみせた銀灰さんがこちらに気付き、視線を向けると同時に笑顔を見せた。

 銀灰さんが隣を歩くアリスさんに教えるような仕草をしてみせると、まるで瞬間移動したかのように窓ガラスへと張り付いたアリスさんは、額をめり込ませるような勢いでこちらを覗き込む。


「……!!」


「……?」


「……! ……、……」


 窓越しなので会話の内容は分からなかったが、召喚獣達を見つけたアリスさんが表情を明るくしたのは一瞬――その後、銀灰さんと一言二言会話した(のち)、悔しそうな、悲しそうな顔をしてみせその場を去って行った。

 召喚獣達の様子は普通だが、一体どうしたんだろう。


 店の扉をくぐった銀灰さんが、一人だけでこちらへやって来た。

 俺は団体戦の白熱した試合を思い出し、軽い挨拶の後、感想を口にする。


「観てましたよ、団体戦のブロック決勝。他の追槌を許さない強さに驚きました!」


「あはは。ありがとね。といっても、あの試合は僕じゃなくてマスターの功績がでかいんだよね」


 下手に謙遜するでもなく素直に賞賛を受け取ってくれた銀灰さんは、アリスさんが駆けて行った方へと視線を向けながら、呟くようにそう言った。

 外でのやり取りが何だったのか知らない俺は、試合の内容含めてそれとなしに聞いてみる事にした。


「あの試合……アリスさんは何故あんなに」


「怒ってたか、でしょ?」


 苦笑いするように眉をハの字にした銀灰さんは、近くにいた店員に珈琲を頼み思い出すようにして言葉を続ける。


「彼女は姫の王――と言うより姫の王のギルドメンバーのやった事が許せなかったんだよ。ダイキ君、心当たりあるでしょ?」


 困ったように云いながら、優しい口調で聞いてくる銀灰さん。

 俺だけでなく、召喚獣にも言っているように思えた。


 肉を齧っていたダリアの手が止まる。


「そっか。アリスさんはダリアのために……」


「試合の場まで連れて行くだけでも一苦労だったんだ。あんな状態のマスター、僕たちじゃ到底止められないよ」


 再び、彼はあの時のことを思い出しているのか、何とも言えない表情で額を掻いた。

 店員が持ってきた珈琲の香りが、沈黙するボックス席に広がる。


「ダリアの事を想って怒ってくれたんですから、感謝の気持ちはあれど……あんな悲しい顔をするような事、ないのに」


「うん、そうなんだけどね。事が終わって冷静になった彼女は――」


(『ダリアちゃんは泣きもしないで気丈に振る舞っていたのにッ! 彼女の気持ちも考えず私は感情のままに暴れ、事を大きくしてしまった』)


 ダリアちゃんに合わせる顔がない。と、額をガラスに押し付けたまま、涙を溜めて去って行った、と。

 ガラス越しには聞こえなかった彼女との会話を、銀灰さんはそのまま俺たちに伝えてくれた。


 それを聞いた俺は、釣られるように窓ガラスへと視線を向ける。


 プレイヤーが行き交う窓の外に、銀色の女性の姿は無い。



『ダイキ』



 凛とした声に、聞こえていない筈の銀灰さんまで反応する。

 横に立つダリアが、意志のこもった瞳で見つめていた。


「あの、銀灰さん――」


「うん。もうそろそろ、来る頃だと思うよ」


 俺が……いや、ダリアが何を言いたかったのかを理解していたのか、既に何かを送信し終えた状態の銀灰さんが窓の外へと微笑んだ。


 ダリアが店の扉へと走り出す。

 

 再びガラスの向こうへ視線を向けると、輝く銀の鎧に身を包んだ女性が立っていた。

 彼女の元へ、赤色の子供が駆け寄っていく。


「……?」


 驚いたような、そしてどうしたらいいのか分からないような困り顔を浮かべ、アリスさんは一歩、ダリアから後ずさる。

 それをダリアは、ただジッと見つめていた。


「……! ……!」


 狼狽えるように、そして(すが)るように


 ゆっくりとダリアに近付いていくアリスさんは、目線を合わせるように両膝をついた。

 そのまま、何かが切れたかのように感情を爆発させるアリスさんを、ダリアはなぐさめるように抱きしめた。


「…………!!」


 いくさ場に立ったアリスさんが、ダリアを想って振るった物。


 それは、ダリアへ向けられた物と同じ“私怨”だった。


 ダリアを想うあまり、自分の中の黒い感情に身を任せたアリスさんはそれに気付き、悔やみ、そして沢山悩んだのだろう。


 下唇を目一杯噛み、こみ上げてくる物を必死で抑える。

 

 ダリアをここまで想ってくれる人がいる。


 それだけでも俺は、幸せだと思った。

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[良い点] くっ、涙が滲むぜ・・・
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