ログインと新調装備
いつもの時間より少し遅れて起床した俺は、重い瞼を擦りながら簡素な部屋を歩く。
夜間の睡眠もFrontier Worldで取ることはできるんだが、リアルの食事や家事、風呂やストレッチが疎かになりそうなので止めた。
『では次のニュースです。日米首脳……』
適当なニュース番組を流しながら、コーヒーメーカーのスイッチを押す。
向こうの世界のコーヒーは、目を覚ますような効果まで再現されるのだろうか? と、素朴な疑問を頭に浮かべながら、マグカップと電子タブレットを持ってソファに腰掛けた。
「さてさて、日本経済はっと……」
『次は、今、話題沸騰の次世代型新作ゲームFrontier Worldについてのニュースです』
朝のニュースにも取り上げられるのか。まあ、今までVRなんてゲームに搭載されてなかったしプレイヤー数も相当量いたからな。
タブレットをソファに置き、ニュースに目を移す。
『それぞれの国ごとにサーバー分けがされていて、現在の総プレイヤー数は発売二日目の今日までで、既に全世界で一億人以上いるんですよ』
『外国の友達とは一緒にできないの?』
『いえ、他国のサーバーに行きたい場合は設定変更で移る事ができるみたいです。更に言語翻訳化機能によりスムーズな会話まで楽しめるみたいですね』
『そりゃすごいな。わざわざ海外に行かなくても会って会話できるんだ』
『ええ。ゲームが得意じゃない方でも十分に楽しめるよう……』
自動翻訳か、いやはや便利な世の中になったもんだな。必死に勉強した外国語も、この世界では不要のようだ。
生憎と海外に友達はいないからサーバー移動する機会は無さそうだが、翻訳機能がどんなもんか試してみたくはあるな。
ここまで力を入れてるとなれば、近い未来、海外サーバー合同で何かイベントでもありそうだ。
コーヒーを啜りながら電子新聞を流し読みし、朝食をとってから朝風呂に入る。
二月とはいえまだまだ外は寒く、昨日の晩、ログアウトした俺は部屋の温度に凍えた。
身体の状態や外の状態に応じて酷い時には警報が出るみたいだが、あの寒さは勘弁だな。
予め付けておいた暖房に包まれながら、風呂上りのストレッチを行い、Frontier Worldにログインする。
オルさんから返信が来てるといいんだけど。
簡素な部屋から石造りの宿屋に景色は変わり、遅れて現れたダリアはベッドに腰掛け退屈そうに足をぶらぶらさせていた。
そういえば、俺たち召喚士がログアウトしている間、この世界からは消えているダリアたち召喚獣はどんな状態になっているんだろう。
きめ細かなダークレッドの長い髪をわしゃわしゃ撫でながら、メニュー画面を開いてメールBOXを開く。
受信メールは二通あり、一通は『昨日はありがとうございました』という雨天さんからのメールだった。
律儀な人だな。と感じながら、当たり障りのない返信を打つ。
今朝方送られてきたメールだったので、仕事前に一度ログインしていたようだ。
もう一通はオルさんからで、『今日は午前中なら空いてるから、もし来れるようなら返信くれ。夜は19時頃にまたログインする』という内容だった。
今から行く旨を伝え、メール画面を閉じる。
定位置にダリアがよじ登ったのを確認し、宿屋を出た。
平日の朝でもプレイヤーの数は多く、露店での客寄せも非常に活気がある。
俺たちはその中にいるオルさんを探すべく、ついでに露店を見て回った。
「いらっしゃい。――あ!」
途中、アクセサリーっぽい物を並べた店のプレイヤーが俺を見るなり手を振ってきた。
赤髪の活発そうな女の人だが、正直面識がないな。
「……どこかで会いました?」
「会うのは初めてだけど、貴方の存在は有名なんだ。特に肩車されてるその子!」
ダリアか? 確かにケンヤも目立つとは言ってたけど、俺まで有名になっていたとは。
握手を求める赤髪の女性プレイヤーに応じると、彼女は人の良さそうな笑みを浮かべる。
「あたしの名前は紅葉! 貴方を知ってた理由は……おいで、クロっち」
紅葉さんが指笛を鳴らすと、一回り大きな鴉が彼女の肩に……止まらずにそのままフィールドの方へと飛び去っていった。
「……」
「……あはは。彼女は盗賊鴉っていう種類の鳥型召喚獣なんだけど、如何せん自由奔放でね。――ある程度懐いてはいるんだけど」
困ったように頭を掻きながら、クロっちが飛び去った方へ視線を向ける紅葉さん。
やはり人型じゃない召喚獣とコミニケーションを取るのは、少し難しいのかもしれないな。
「紹介が遅れました。俺はダイキ、この子は召喚獣のダリア」
「ダイキ君にダリアちゃんかあ、よろしくね! あたしも召喚士だから召喚士の掲示板をチェックしてるけど、君たちの事がよく話題になっているわ。……っと、そうそう、うちアクセサリー屋なんだけど良かったら見ていってよ」
思い出したかのように、紅葉さんは風呂敷の上に並ぶ綺麗な小物類を、ダリアちゃんにどう? と、勧めてきている。
アクセサリーか、防具や武器のような大きなステータスアップは無いものの、複数個装備できる優れものだ。
もちろん、女性へのプレゼントだったりと、その用途は武器や防具よりも幅広かったりする。
ともあれ、現在は金欠である。ここにある品々には手が届かなそうだ。
「うっ、今は金が……。そういえば、召喚獣にもアクセサリーって付けられるんですか?」
「あちゃー、残念。うん、物によるけど人型のダリアちゃんみたいな召喚獣にはプレイヤーと同じアクセサリーが付けられるの。もちろん、他の召喚獣にも付けられるアクセサリーはあるけどね」
ほう、良いことを聞いた。ダリアも装備でステータスが伸ばせれば戦力拡大だ。購入を視野に入れておいてもいいかもしれない。
とりあえず、今は十分な金が無い上に人を待たせている。俺は紅葉さんとフレンド交換をした後、露店を後にする。
予想外に色んな人から声を掛けられながらも、しばらく歩いているとオルさんのいる露店にたどり着いた。
オルさんは現在接客中だったため、ダリアに魔石を与えながら時間を潰す。
「よー、ダイキ。すまないな」
「いえ、こちらこそお待たせしました」
挨拶もそこそこに、俺は昨日のうちに完成させたインゴット全てをオルさんに渡す。
確認したオルさんは一瞬、目を見開いた後に豪快な笑みを浮かべた。
「よくこんだけ集めたな。しかも全部が良品だ、正直驚いたよ」
「良品ってどこで判別するんですか?」
「《目利きの才》っていう俺ら生産職向けのスキルがあってな、それの恩恵で生産された品なら良品か粗悪品かがなんとなくわかるようになるんだ。まあ、レベル次第ではっきりわかるようになるんだろうが」
生産された品って事は、ドロップ品以外って事になるな。便利そうだが、装備は性能を見れば大体わかるし、素材の目利きとなると本当に生産職向けのスキルだろう。
「とはいえこの量だ、剣一本と言わず二、三本は作れそうだが」
「あ、それじゃあ剣の他に盾も作っていただけませんか?」
余裕があるとなれば是非とも作っていただきたい。
一応自分の中の理想系を注文すると、オルさんは二つ返事で了承してくれた。
「任せとけ。ああ、余った素材とかあれば買い取るが」
「じゃあ全部お願いします」
お言葉に甘えて、レベル上げの際のドロップ品を全てオルさんのトレードに並べる。
その一つ一つを真剣な表情で値踏みするオルさんは、何かを計算した後、Gを掲示した。
「所々、エリアボス級の品が混じってるが流通量は潤沢だ。少し値は落ちるが、これでどうだ?」
「十分ですね。ありがとうございます」
正直、素材の相場などの知識は皆無なのでオルさんを全面的に信じよう。
合計7760Gを手に入れた俺は、一旦オルさんと別れ、紅葉さんのいる露店へと戻った。
「あれ? どうしたの?」
「金ができたので色々見せていただこうかと思いまして」
「そっかそっか! 嬉しいよ!」
まさか本当に買いに来てくれるとは。と、紅葉さんは意外そうな顔で迎えてくれた。
紅葉さんと雑談しつつ、アクセサリーをのんびり見ていく。
アクセサリーの種類は指輪状の物からイヤリング、ネックレス、リボンと形状は様々で、そのどれもに宝石のような物がはめ込まれていた。
「武器ができるまで時間がかかるみたいなので、先にアクセサリーを揃えてしまおうかと。ダリア用のも欲しいですね」
「ダリアちゃん女の子だもんねー、絶対喜ぶと思うよ!」
喜ぶと親密度も上がるのかな。正直、今の所食べ物にしか興味を示さないダリアがアクセサリーを欲しがるのか、俺にはわからなかったが……。
「ん? これが欲しいのか?」
店頭に並ぶ商品を一つ一つ見ていると、ダリアが『これ買って』と言わんばかりに、俺の頭をペチペチ叩いた。
目の前にあるのはひし形状の赤い宝石が揺れるイヤリングだった。
効果は火属性魔法威力アップと火属性魔法防御アップか、火属性魔法を主体とするダリアにはうってつけの装備だが――。
「意外と大人っぽいの欲しがるのな」
「もしかしたら、見た目は幼くても本当は大人なのかもね」
いや、料理にあんなにがっつく奴が大人とは思えん。食べ方から行動も子供のそれだ。
「まあなんにせよ、ダリアが欲しいんなら買うまでだな」
「買って貰う側としては嬉しいけど、ダリアちゃんに甘々だね」
悪戯な笑みを浮かべる紅葉さんの言葉に、ぐうの音も出なかった。
俺に子供ができたら、こんな風になんでも買い与えてしまう親バカ状態は、なんとしても回避したい所だ。
俺はそのイヤリングと、筋力が少し上がる銀色のネックレスを購入。
合計で2600Gの出費だったが、ステータスの底上げに多少の出費は厭わない。
その後、客が来るまでの間雑談を交わしていると、空の彼方から黒い何かが急降下してくるのが見えた。
「あ、クロっちが帰ってきた」
「本当に自由ですね……」
聞くと親密度は11だと言われ、親密度10位じゃこんなもんだと苦笑する紅葉さん。
肩車され大人しくするダリアの方が特殊なのかもしれない。
それはそうと、クロっちは何か光る宝石みたいな物を咥え、紅葉さんの手元に落とすと背を向けるように地面へ降りた。
「まあまあ、ありがとねクロっち」
「それは?」
「この子の特技? よく宝石を拾ってきては、あたしの所に持ってくるのよ」
確かに鴉にはそういった特徴があるものの、自分で溜め込む風ではない所を見るに、紅葉さんのために拾ってきてる節もあるのだろうか。
とはいえ彼女の種族名は盗賊鴉。持ってきた宝石が本当に落ちていた物であればいいが……。
時刻は午前11時。
ダリアと共にレベル上げをしていた俺の元に、オルさんから『装備が用意できたぞ』という内容のメールが入った。
「よう。出来てるぜ」
「ありがとうございます」
冒険の町に戻った俺は、オルさんに注文していた片手剣と片手盾を受け取る。
どちらも鉄のインゴットにより作られたらしく、鈍色に光っていた。
片手剣の方は剣弾きがしやすいように幅広、肉厚のフォルムを持ち、刃渡り80センチ程の長さだった。
見習いの剣と振り比べしてみると、やはり重さは違うが非常に手に馴染む。
グリップにも一手間加えて貰ったようで、衝撃も多少吸収してもらえそうだ。
盾は丸みがある盛り上がった円形状で、バックラーと呼ばれる種類の盾だ。一言で表すなら逆向きの中華鍋みたいな形をしている。
此方も盾弾きのために弾きやすさ、そして殴打による攻撃に特化した作りとなっている。
「大きさや重さも丁度いいですね。このグリップとか、盾に使われてる素材は?」
「それはダイキが持ち込んだ素材を使って工夫してみたんだ。だから追加料金とかもいらないぜ」
「ありがとうございます」
数値で言うと剣は筋力+12、耐久+3。盾は耐久+15となり、見習いの武器とは比較にならない性能を誇っていた。
「あー、それと。ダリアちゃん用にこれもやるよ。あとその革装備もちょっと貸してみろ。銅のインゴットで補強してやるから」
これは杖か? 魔力+8だから結構優秀な装備だと思うが……。
そして、言われるがまま装備を渡して約10分程、トレードにて表示された革装備は、急所部分を重点的に銅でしっかり補強されていた。
「こんな沢山、いいんですか?」
「どういう訳か銅鉱石も鉄鉱石も、最近になってよく流れてくるが、まだまだインゴットの需要は高い。ダイキが持ち込んでくれた鉄のインゴットは供給量が追いついていないからレシピも殆どが未解放だ。使った素材はダイキの持ち込みだし、今回の依頼は俺にとっても得が多かったしな。それと、残りの銅のインゴットの分の料金も渡しておく」
オルさんは更に、インゴット分の料金3000Gをここに上乗せする。
「俺が得ばかりしてる気がしますが……」
「気にすんなって、先行投資だと思って受けとってくれ」
きっちりした人だな、でも有難い。わざわざオマケしてくれたなら、遠慮なくいただこう。
俺は強化された防具と料金を受け取り、早速装備してみた。
胸や腕、手の甲や足に銅色のプレートが付けられている。動かしたり曲げてみても、プレート同士の接触は無く、動きに支障は出なそうだ。
元々、合計で耐久+8の補正が入っていた革装備も、強化により+12にまで上昇していた。
「何から何まで、お世話になりました」
「いいぜー、気にすんな。今後ともよろしくな」
オルさんに見送られながら、南ナット平原へと向かう。
武器も防具も一新したし、少し冒険をしても大丈夫かもしれないな。奥まで行ってみるか。