トーナメント一日目 混合戦⑤
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
皮肉にもトッププレイヤーたる大兵器との試合より、次の試合で自身にかかる重圧は大きいと感じていた。
――緊張
この緊張は、団体戦を敗退した経緯があってこそ生まれたもの。
“勝てればいいな”という楽観的な気持ちは、一つの負けによって塗り替えられた。
これまでダリアや部長、そして港さん達と共に頑張ってきた日々が、漠然と参加するつもりだったトーナメントに意味をくれた。
敗北して初めて湧いた、勝利への欲。
根底にあった気持ちは既に“勝ちたい”と、ただその一点に染まっていた。
ぶるりと震える体を……高ぶる気持ちを抑えるように、腰に差す剣の柄頭を撫でる。
液晶に映るのは、堅固な守備で攻撃を通さぬ、レベルもPSも高い熟練盾役と、雨天さんみたく攻撃魔法にも高い性能を誇る回復役のペア。パーティー戦闘・レイド戦闘では欠かせないポジションではあるが、混合戦となると少々特殊な組み合わせだ。
職種などから導き出される弱点は“火力不足”と分析できるが、第六戦目まで勝ち進むほどのプレイヤーとなれば、それらを補う何かを保持していると考えて間違いないだろう。
魔法に特化したプレイヤーが仲間にいない分、アルデの脅しによる効果は薄い。第五戦目で魔法職が魔法を捨て戦士職まがいの装備に変えたように、相手の通常スタイルを乱すことができれば効果が出ていると考えられるが……それらの対策も打ってくると考え、立ち回るのが安全か。
ぴったりとくっ付くような距離で右隣に座るダリアは、床に届かない足をふらふらと動かし液晶を見つめている。
現在俺が観ている、次の対戦相手の試合動画など、戦闘員とはいえまだ子供のダリアにはつまらない映像だろう。
しかし、自分の妹分が戦うであろう相手を自分なりに分析しているのか、試合に置いていかれている事に文句も漏らさず、黙っている。
俺の膝上に鎮座する部長も妙に大人しい。
待っている際にダリアに何か言われたのかは不明だが、次の試合の邪魔にならないよう、彼女なりに配慮しているのかもしれない。
『アルデ。干渉でお前のカバーは確実にこなす。だから自分のやりたいように、全力でぶつかってこい』
ダリアと同じように、俺の左隣にぴったりくっ付くようにして座るアルデの頭を撫で、作戦とも言えない作戦を伝える。アルデは少し沈黙した後に『うん』と、答えてみせた。
俺は彼女達に指示を出すが、基本的な戦闘は殆ど任せっきりである。
というより、思い通りに動く仲間が欲しいのなら調教術を使うのが一番効率がいいだろう。人間という司令塔の下、正確に動く召喚獣なら連携に特化したクオリティの高い戦闘が期待できる。
俺が彼女達に求めるのは“彼女達なりの自由な判断能力”。想定外の事態は、俺が干渉して手助けしてあげればいい。
彼女達は考える
彼女達は成長する
故に、彼女達と共に強くなっていく事ができる。
第六試合目は、ブロック決勝と呼ばれる各種目毎のトリを飾る試合。明日の試合に出場するための最難関だ。
団体戦では届かなかった場所……そこに俺たちは、駒を進めていた。
『拙者は……』
おずおずと、呟くような声量でアルデがこちらを見上げてくる。
二つの目には緊張の色こそ無かったものの、不安の色が見えていた。
――しまった。
――俺の緊張感が悪い方向に伝染したか。
ぺたり。と、何かの音の後に続くぺたぺたという足音が俺の前を通り過ぎ、アルデの前で止まった。
ダークレッドがふわりと揺れ、仮面の少女を包み込む。
『ダイキを信じて アルデなら大丈夫』
同じ召喚獣だからか――はたまた妹分だからか、不安故に弱気になるアルデを察したダリアが優しく彼女を抱きしめる。
『だって、次の試合は……』
『ダリア達もいる おやつもある ちょちょいと終わらせて ぱぱっと帰ってくる いつも通り じゃないとみんな食べちゃう』
ほら。と、どこからか綿あめと取り出したダリアは見せびらかすように、それを摘んで自分の口の中に放り込んだ。
姉のこの行動に、アルデは『姉御は甘い物食べないくせにー!』と、自分の担当を食べられた事に憤り、指をさしながら勢いよく椅子の上に立ち上がる。
部長は膝上で伏せるようにくつろぎながら『あれもこれも、ぜーんぶ食べちゃう』と煽っている。
『試合開始まで、残り五分となりました。選手の皆様は試合の準備を完了させ、開かれた扉から入場してく……』
『ダ、ダイキ殿! 早くっ、早く! 悪い姉御達にみんな食べられてしまう!』
タイミング良く入ったアナウンスの音声に即座に反応してみせたアルデ。
先程までの不安は何処へやら、てててーと、扉へ向けて駆け出した。
試合の心配よりおやつの心配が勝つのか……と、なんとも子供らしい思考に苦笑しつつ、部長とダリアの頭に手を乗せる。
おやつは俺が管理してるだろう?
それを彼女達が知らないはずがない。
どこでそんな――
扉の開く音と共に、会場の沸き立つ声が流れ込む。
部長を長椅子の上に置き、ダリアを隣に座らせ席を立つ。
開いた扉の前で大きく手招きをするアルデと、見送るように小さく手を振るダリアと、早速寝転ぶ部長。
「いってきます」
何度目かの、いってきます。
二つの『いってらっしゃい』を背に受けながら、アルデと共に歩き出す。
変に熱り立つ必要はない。
普段通り、今まで通りを行えばいい。
――心は熱く、頭は冷静に
心地の良い緊張感を維持しながら、ブロック決勝の相手と対峙した。
試合開始の合図と共に、俺とアルデは同時に駆け出す。狙いは当然ながら、回復が厄介な回復役だ。
剣王の大剣を構えるアルデ。
彼女の斜め後ろを守るように、盾を構えて速度を上げる。
「あのハンマーを使わないとなると……ちょっと予想外だな。なんにせよ、俺相手には火力が数段落ちるだろう!」
盾役が吠える。
舐められている……そう感じているのかもしれないが、こちらは大真面目だ。
「『双頭の竜巻!』」
盾役の両脇をすり抜けるように発生したのは水の竜巻。
アルデは剣の腹で受けるように魔法をかき消し、地面を削るように剣を滑らせながら目の前の盾役に突き入れた!
同じ性質の魔法が、盾役へと襲い掛かる!
「属性関係ないのね。こりゃいよいよ……」
膨大な水の強襲を難なく盾で受ける盾役は、アテが外れたと言わんばかりにため息を吐く。
後ろで杖を振るっていた回復役は一瞬だけ悔しそうな顔を浮かべたのち、切り替えるように再び杖を掲げた。
――魔法名と別の魔法を発動か。確かに、属性や特定の魔法に限った絶対防御なら、今ので騙され不意打ちを受けていたのだろう。
しかし、アルデの魔法武器付属に属性は関係ない――それを今、相手も学んだと考えられる。
視界右下にある装備画面を素早く操作し、アルデの武器を黒鉄の大槌へと変更。前後入れ替わるように、俺が盾役へ攻撃を仕掛ける。
盾役は不敵な笑みを浮かべ、身の丈ほどある大盾をどっしりと構えた。
「突破を諦めて俺に絞るか! 柔軟性もあるようだな!」
「あってないような作戦なんです、よ!」
剣と盾とが交わる“ギリリリッ”という金属音が響く。
後方からコンマ遅れ攻撃を仕掛けるアルデの大槌を、盾役は受けずに後退した。
大槌が地面を叩き、ビシリと大きな亀裂が走る。
――自信家っぽい性格に見えたが、あっちもまだまだ冷静か。
「『炎獣の痛み』」
回復役の掛け声と共に、上空に現れた紫の魔法陣。
シンクロによる視界共有と干渉を発動させつつ、右手でアルデの武器を直剣へと変える。
ギザギザの軌道を描きながら落ちたのは炎獣ではなく、五本の紫電。
武器を振り切った状態のアルデの体を借り、小回りの利く直剣で五つ全てをかき消していく。
行動を起こす盾役を左目で捉え右手の剣で応戦、相手の剣と鍔迫り合いの状態へと縺れ込む。
ダリアの使う魔法名を調べてきてるな。展開場所が同じでも、軌道が違うとなると防ぎきるのは難しい。
炎獣の痛みは頭上から真下へ真っ直ぐ降り注ぐ極太の火炎放射。先ほどの魔法は性質からして雷属性で本数も多い、混乱からの取りこぼしを狙った攻撃か。
ともあれ、俺の主体は弾きによる攻撃の無効化。相手の攻撃に合わせて武器を動かすのは、恐らくアルデより秀でている。
軽い直剣に替えているのは、俺が扱いやすい武器に合わせるため。アルデが攻撃する時に、アルデの使いやすい物に替えてやればいい。
『アルデ。俺がコイツの動きを一瞬だけ止めるから、お前は回復役を叩くんだ。武器替えは心配するな』
『わかった!』
短く会話を終わらせた俺たちは、目線を交える事なく作戦へと移行する。
どんな状況下でも、相手に悟られず会話ができる。
これが、俺たちだけの特権。
「『こっちだ』」
「おっと!」
わざと剣を大きく弾きながら挑発を発動、盾役も流石の反応速度で何らかの技によって防御の態勢に入るも、動きが鈍っていくのが分かった。
その隙に俺を壁にして駆け抜けたアルデに反応が遅れ、彼の目に初めて焦りの色が現れる。
「『こっちを向け!』」
「『抵抗』」
アルデに向けられた挑発を、片手盾技《抵抗》によって打ち消した。
盾役の顔が、更に強張っていくのが見える。
「絶対抵抗だぁ? やれって言われてできる技じゃねぇぞ!」
「できるまでの反復練習ですよ。弾きよりは成功率低いですけどね」
《挑発》に対する対策に《抵抗》が存在する。扇状的に広範囲まで効果のある挑発に比べ効果範囲の狭い抵抗は、防御よりも効果軽減を目的として使われる事が多い。
効果軽減では数秒間、重圧の餌食となる。
けれども、抵抗には奥義的テクニックが一つだけ存在する。
それが絶対抵抗と呼ばれる技であり、発動タイミング、場所、向きをピンポイントで合わせる事により、挑発そのものを封じる。
掲示板にあった情報によると、成功するタイミングは約0.7秒の世界。VRにおける微量なラグも考えると、更に難しい。
この数日間、俺は弾き・技繋ぎ・絶対抵抗の練習を徹底して行った。
ステータス面でハンデを背負う俺の、試合で通用する武器たり得るのはこのテクニック群だと結論が出たからだ。
――彼女達を全力で守る、そのための技。
「イリア!!」
アルデに続くように、俺も回復役を無力化するべく走り出す。
重圧の餌食となった盾役が叫ぶ。
『やあぁぁぁぁ!』
大きく跳躍したアルデが、紫色に光る直剣を掲げるように構え、目の前の女性を斬り伏せんとするのが見えた。
イリアと呼ばれた回復役は素早く槍のような形状の電撃を展開し、無防備なアルデへ射出する。
――焦るな。俺はこっちだ。
まさに魔法と激突する寸前のアルデに視線を向けながら、必死に右手を動かす。
視界に映るのは、高出力の電気が弾ける眩い光と、アルデの体へ深々と突き刺さる姿。
骨を被る少女が、無慈悲な電撃に包まれた。
『っりゃあああ!!』
電撃を体に纏い、剣を振り下ろすアルデ。
回復役の顔が、驚愕と絶望へと変わる。
「『赤き鋼亀の加護』」
ただではやらせん! そんな言葉が聞こえるかのように盾役が対斬撃用防御技を展開、回復役の頭上に赤い亀の甲羅が形成される。
――お前の勝ちだ、アルデ。
アルデの武器が、黒塗りの巨体な槌へと替わる!
魔法武器付属の効果が消えるのも意に介さず、アルデはトドメと言わんばかりに叩きつけた!
ズドォォォォン!!!
突如起こった爆発と衝撃波
――飛び散る石片
――消し飛ぶLP
冗談のような威力をみせたアルデの全力攻撃は、回復役が立っていた場所全域を半壊させた。
遠くの岩にもたれるように、LPを散らした回復役が倒れている。
「っい!!」
――冷静さを失った者は弱い。
ただ振り下ろされるだけの剣には重みがない……そんな言葉を体現するかのように、動揺した彼の攻撃は不思議なくらいに軽かった。
いとも簡単に盾弾きを許した盾役に、すかさずアルデが追撃を加える。
「まいったね。完敗だ」
確定criticalによってLPの七割を削り取られた盾役は、片膝をつきながら呟いた。
審判が彼の意図を読み取り、試合終了を告げる。
完全防音のはずのフィールドに、割れんばかりの歓声が沸き起こる。
まるで本当の決勝戦に勝ったかのような、大袈裟ともいえる歓声の量に困惑していると、小さな影が俺の胸に飛び込んでくるのが見えた。
がちゃり。と、何かが落ちて砕けるような音と共に、アルデが今にも泣きそうな様子で顔を押し付ける。
『ダイキ、ダイキ殿ぉ! 勝ち、勝った! 嬉しい、よかった……』
色々な感情が渦巻いているのか、気持ちをうまく表現できていないアルデ。
抱きしめ返してやりたい気持ちを抑え、アルデの黒髪を優しく撫でる。
『可愛いやつだなあ。被り物はどうした?』
『もう、必要、ない!』
顔をぐしゃぐしゃにしながら云うアルデ。
被り物が落ちた場所には、もう何も残っていない。
『帰ろう。ダリアと部長が待ってるぞ』
しがみつくアルデを抱き上げながら、なだめるように頭を撫でる。
『うん!』
短い髪を揺らしながら、可憐な少女に笑顔が咲いた。
観客席に手を振るアルデと共に手を振りながら、控え室へ送るための転移が始まる。
仮面という殻を自ら破った彼女。
彼女の中で、どんな気持ちの変化があったのか……この笑顔が全ての答えじゃないだろうか。