トーナメント一日目 混合戦④
遅刻寸前になりながらフィールドへ到着した俺たちを、緊張した面持ちで五戦目のプレイヤー二人が出迎えた。対戦相手の片一方は、運の良いことに魔法職のプレイヤーだった。
彼等が俺たちと大兵器達の試合を予習しているなら、アルデの使用した技能をかなり警戒していると考えられる。
それに、相手が予習をしていなければ、そのまま魔法を利用して反撃する事が可能だ。さらけ出しても脅威になる奥の手は使い勝手がいい。
「はは、棄権してくれたのかと、少しだけ期待してたんだがな……」
「俺も、棄権になるかとヒヤヒヤしました」
盾役らしき装備を纏ったプレイヤーがため息混じりに云い、返すように息を吐く。
彼と――後ろに控える魔法職の彼にも、表情に余裕がない事が見て取れた。アルデの対策が満足にできていない不安感からくるものだと推測できる。
アルデを降ろし、メニュー画面を開く。
考えるよりも先に、人さし指が自ら動くような感覚と共に、装備画面へと切り替わった。
我ながらこの動作にも随分馴れたものだなと感じつつ、再び対戦相手へと視線を戻す。
『先に盾役の彼を叩いてくれ。魔法職が何かアクションを起こしたとしても、武器と視線を向けるだけでいい。標的の変更は、俺の指示がない限り無しだ』
『わかった!』
試合開始まで20秒を切っている。
既に臨戦態勢へと移行した相手を観察しつつ、ヤクの骨を深く被るように動かすアルデへ指示を飛ばした。
今回は相手が強力な魔法を使ってくる可能性が低いため作戦C――《魔法武器付属でのカウンターを軸とした特攻》を行う必要はないと判断する。
相手が俺たちの試合を予習しているのは、余裕のない雰囲気から察する事ができたし、前の試合で大兵器は魔法の連続使用の末倒されているため、五回戦まで勝ち進むだけのチームであれば同じ戦法は悪手だと判断し避ける可能性は高い。
つまりこの場合、味方の魔法職を軸に戦うのは得策ではないから、要となるのは必然的に盾役の方だと推測できる。
――まずは盾役にアルデをぶつける。
『試合開始!』
審判の声が、束の間の沈黙を打ち破った。
相手の動きを――って、魔法職の武器を替えた、のか?
「『素質転換・剣士』」
持っていた杖を剣へと替えた魔法職が武器を天へと掲げると、藍色の光と共に防具がローブから鎧へと変更された。
先程まで魔法職だったその姿は、まさに戦士職そのもの。
『魔法を捨てて戦闘スタイルを変更してきた? ……とにかく、アルデは目標を変えずにそのまま前進。戦士の方は俺が相手してみるから』
『……』
俺の言葉に、アルデは無言にて応答してみせた。
先行くアルデは剣道における“五行の構え”の内の一つ“土の構え”に似た形をとり、地面を滑るように駆けていった。
魔法職の装備変更はイレギュラー的な事態だが、作戦の変更は無いと理解していたのか、集中を切らさず目標へと接近していくのが見える。
――いい判断だ。
通常時のアルデに言えば、飛び跳ねて喜んだだろうか? ダリアや部長とは違い、アルデは褒められると素直に喜ぶ子だ。
しかし現在、彼女は戦闘するために殆どの感情を閉ざしている。
それは俺や港さんの誰からも教わっていない、彼女自身に備わっていた独自の技術。
盾役の彼を強敵と判断したのか。はたまた緊張が完全に解かれた事により、やっと本調子が出てきたのかは不明だが……ここからのアルデこそ“本物”だと言える。
明らかに雰囲気の変わったアルデに盾役が阻害系技を仕掛けるも、アルデには《強靭》という阻害系への耐性が備わっているため、行動制限やステータス減少も微々たるものだ。自身で掛けた強化と俺からの強化で上がったステータスの方が断然多かった。
金属製の大盾と大剣が接触し、重々しい金属音が耳をつんざく!
パワーだけならアルデの方が上。
しかし盾役の彼は、赤色の亀の甲羅のような技と踵部分が引っかかるような出っ張りを造り、負けているパワーを二つの技で補っていた。
――当然だが、簡単に勝たせてはくれないか。
「らあっ!」
装備を戦士風に一新した魔法職は、両手で持つタイプのリーチのある剣を力任せに振り抜いた――が、本来の職種とは違う装備が使いこなせていないのか、攻撃に全く覇気が感じられない。
まるで武器に振り回されるような形で剣を振るう男に、すかさず盾弾きで反撃。かち上げられた剣の柄をしっかり握っていたのが祟ったのか、ガラ空きになる胴体。
――ここだ!
剣先で地面を擦るように滑らせ、打ち上げるように一撃。斬撃は相手のLPを大きく削るだけにとどまらず、敵の体ごと空中へと切り上げた。
続く二撃目は、跳躍からの切り払い。
連撃ボーナスによる追加ダメージを感じながら心の中で技が切れるタイミングを計り、上から下へ、叩きつけるようなイメージで気絶盾を発動させ、敵の体が勢いよく落下。状態は気絶。
――最後!
剣を逆手に持ち替え、両手で突き立てるような形から技が発動し、剣先に引っ張られるように急降下。
気絶により受け身すら取れない男と地面が交わるその刹那――背中めがけて突き下ろされた剣先が幅広の鎧に吸い込まれたと同時に、地面から数本の剣が生えるように飛び出しコンボ最後のダメージを叩き込んだ。
――剣先が地面から飛び出す不意打ち系技《大剣山》。
盾弾きによってできた隙は確定criticalを生み、行動が取れない間に追撃とだめ押しの気絶盾。
気絶によって行動制限の掛かった対象が地面へと落下し、追うような形で技を使い、落下ダメージに加え上下から刺さる剣によって五連撃のボーナスが刻まれる。
アルデが確定criticalのタイミングで攻撃できない状況でも、自分自身で高いダメージを与えられるよう編み出した、簡単な技繋ぎ。
ともあれ、これらは繋ぎやすい分一撃一撃の威力は低く、相手が防具を変更していたせいかLPはまだ二割程残っている。
「やっべえなおい!」
仲間が瀕死になった事に気付いた盾役が声を荒らげる。が、アルデが繰り出す大剣の一撃一撃を危なげなくその盾で――斜めに受け、逸らし、後方へと勢いを流していた。
『巧い……!』とアルデは称賛しつつも、その声には焦燥感が滲み出ていた。
敵の盾に攻撃を上手く捌かれ、思うように攻められていない。
――相性か。
視界隅にある装備画面を操作、アルデの持つ剣王の大剣を黒塊の大槌へと変更する。
相手に張り付くようにして攻撃していたアルデの武器が光に包まれ、肉厚の剣から巨大な鉄塊へと姿を変えた。
その変化を間近で目撃した盾役は目を見開き、“まじかよ”と口を動かした後、直後に予想される衝撃に備えるかのように技を展開。
関係ないと言わんばかりに黒塊を構えたアルデが技を発動し――“濃厚な青の光”に体が包まれていく。
そのまま、遠心力を利用し回転を加えながらコマのように回り、竜巻のような暴力でもって襲い掛かった。
「打撃は――っ!?」
無理だ。彼が最後まで言葉を発する暇も与えないまま、アルデの竜巻が大盾に接触。複数枚のガラスが一気に砕けるような破裂音を轟かせながら、一回、二回、三回目の攻撃によって、彼の防御技は打ち砕かれた。
斬撃に強い鎧や盾も、とんでもない重量を備えた棍棒・メイス・ハンマー等の鈍器とは相性が悪い。属性同士にも相性があるように、武器の特性同士にも相性はある。
状況に応じて様々な武器へと持ち替える事ができるアルデに、もはや武器の特性で不利になる事はない。
『と、止まらないー!』
竜巻の中心部から悲痛な叫びが聞こえてくる……いや、テレパシーのように会話できるから厳密には違うのだが。
盾役を殴り飛ばしたアルデは更に速度を上げ、片膝をつく元魔法職の男を吹き飛ばした。
僅かに残っていたLPが、一瞬のうちに消し飛ぶ。
武器解除によって重りを失い、ポーンと軽快な音が鳴るような調子で飛んできたアルデを受け止める。
被り物の奥に見える瞳がくるくる回り、漫画的には渦巻きのようなマークになっているだろう。ぐったりとした様子のアルデを片手で抱きながら、動かして刺激しないよう声をかける。
『大丈夫か?』
『目が、まわっ、』
大仕事をこなしてくれた彼女だったが、最後の最後でドジしてしまったようだ。
飲み物で気分転換させる名目で減少したSPを回復させつつ、未だLPが半分残っている盾役へと向きなおる。
「諸事情で一対一になりそうです」
「そうかい。俺としては、そこの骨っ子が来ないだけで万々歳だ」
グロッキーなアルデを戦わせるのも酷だと、壁に寄りかからせるようにして寝かしてやり、提案するような声色を意識しながら声をかける。
相手の盾役は、一度味方が飛ばされた方へと視線を向けた後、諦めたようにため息を吐いた。
――選手控え室に着くなり、液晶モニターの前で試合を観ていたダリアが立ち上がり『おかえり』と、俺たちを出迎えてくれた。
部長は俺たちに背を向けるようにして、赤色の果物を頬張っているのが見える。
ぺたりと、床に着地したダリアの元へアルデが嬉しそうに駆け寄っていき、感情を爆発させるように目の前でバンザイしてみせた。
ダリアもアルデの活躍をしっかり観ていたのか、被り物の上からヨシヨシしているのが見える。
『アルデ かっこよかったけど のびてちゃダメ』
『う、うん。次はもっとかっこよく頑張る!』
アルデの意気込みを聞いたダリアは、偉そうに腕組みをしながら二、三度頷く。そして、食べ物に夢中の部長を抱きかかえながら、再び此方へと戻ってきた。
『おかえり 言わなきゃダメ』
『おかえりー』
意外と大きい部長の体は、ダリアの細腕からこぼれ落ちそうになっている。
ダリアに促された部長は、もぐもぐと口を動かしながらのんびりと出迎えてくれた。
戦場から一変、選手控え室には、実にほのぼのとした空気が流れていた。