トーナメント一日目 混合戦③
団体戦の時は試合時間と待機時間が少し短いくらいだと感じていたが、混合戦では寧ろ逆、試合がすぐに決着してしまうせいで待機時間の長い状態が続いている。
それは俺たちが調子良く勝ち進んでいるから……というわけではなく、ほとんどの試合に言えることだった。
団体戦のように、一人や二人を倒しても仲間の支援によって粘られればすぐに蘇生され、勝ち進んでいくほど実力の差は狭まっていくから、当然短期決戦はできなくなる。それこそ、15分をフルに戦うくらい拮抗した試合となる。
対して混合戦は一人一人がフリーになれる機会が極端に減るため、片方が潰されてしまうと蘇生する暇なく勝負が決する場合が多い。現に、観客席には団体戦の時よりも多くのプレイヤーが溢れており、トーナメントの進行度も速い。
単純に、参加するプレイヤーが少ないとも考えられるが――どの道決勝に近付くだけ、強いプレイヤーが残ってくるのは必然と言える。団体戦より勝ち進みやすいとは言えないだろう。
俺は次の試合までの待機時間を利用して、トルダのいる観客席に向かっていた。
まあ、主な目的はダリア達のおやつの補充がメインなんだよな。とか考えながら、人の群れを縫うようにして足を進める。
――が、しかし。
「試合観ました! おめでとう!」
「骨の子かっこよかった! 素顔見せて!」
「トッププレイヤー倒すなんて凄い!」
「幼女神様!! 幼女神様!!」
「大損だ。でも不思議と許せるのは何故……」
「写真撮っていいですか!?」
予想はしていたが、観客席に溢れるプレイヤー達によって連鎖的に話しかけられ、思うように進めず対応に追われる羽目になっていた。
人見知りを発動させたアルデを除き、ダリアと部長はどこ吹く風と知らん顔を決め込んでいる。
といっても、外面だけだが。
『まだ 着かないの?』
『ごしゅじん、おもちゃ壊れちゃったー』
『拙者、喉乾いたぞ』
シンクロ内でも大所帯。散々食べたのに何故かお腹を鳴らしているダリアと、お気に入りのピロピロが壊れてつまらなそうにする部長。すれ違った人が持っていたフルーツジュースらしき物をじいっと見つめながら呟くアルデ。
俺と一緒に試合に赴いていたアルデよりも、姉二人の方が何かを買って欲しそうなオーラを強く放っている。
混むのが予想できたから、トルダに適当なおやつとおもちゃを頼んでおいたが……そのトルダの席にたどり着けるのかが怪しいところだ。
出発から約五分。やっとの思いで到着した先に、燃え尽きたような形で椅子に座るケンヤとライラさんの姿があった。
並んで座る二人の後ろの席で、アイスグリーンの髪を揺らしながら手を振るトルダと、両脇には雨天さん、クリンさんが座っているのが見える。
「どうも。皆さんお揃いで」
「やっと来たか」
クリンさんの横に腰を掛けると、トルダが“遅い”と言わんばかりに頬を膨らます。
「まずは四回戦突破おめでとうございます! まさかアルデちゃんにあんな奥の手があったなんて……それにしても凄い威力でしたね」
我慢できないといった様子で立ち上がった雨天さんが、嬉しさと驚きが入り混じる声色で声を上げる。
それに同調するように、俺の隣に座るクリンさんも「お、同じ召喚士として鼻が高いです。アルデちゃんもすごく頑張ってたね」と手を叩いてくれた。
雨天さんとクリンさんに褒められたアルデは『でしょー!』と、得意げに小躍りしている。
「ありがとうございます。アルデの奥の手は、一度使ったことにより他の対戦相手への牽制にもなりますから、寧ろ有利になったかなと考えています」
「へぇー。奥の手使っちゃったのに、なんで有利になるの?」
トーナメント自体に興味を示さなかったトルダも、ケンヤ達や俺たちの試合を観続けたせいか、興味津々な様子で身を乗り出した。
ケンヤ達パーティと一緒にいるのは意外だったが、彼女もケンヤ同様にコミュ力は高いから、どこかのタイミングで意気投合したのだろうと勝手に予想しておく。
「あの試合で見せた技には色々と制限があるんだけど、あの場面だけ見た人からすれば“魔法を無効化して跳ね返す恐ろしい技”に映ったはずだ。対戦相手が魔法職最強格と呼ばれる人だったのも大きい」
アルデの魔法武器付属や魔装は、どんな魔法でも跳ね返したり無効化したりできるわけではない。うまいタイミングで、特定の魔法に限り使うことができるのだが、観ていた人がそんな事を知るはずもない。
つまりは、次から対戦する魔法職のプレイヤーへ“魔法封じ”をする事ができたと考えられる。全て跳ね返されると分かっていれば、迂闊に魔法は使えない。
もちろん、アルデと同じ技能を所持するプレイヤーには既にカラクリがバレているとは思うが。
「なるほど……じゃあ、混合戦の方はもしかしたら二日目まで勝ち残れるかもしれないね」
「そうだといいな。注目度の方も、現在30と……多いのか少ないのか分からないけど、順調に増えているからな」
このイベントで重要なのは、勝ち進む事ではなく注目度を集める事だ。今の所、王様が直々に何かをするような動きは見られないが、この数値を蔑ろにはしないだろう。
目線だけ王の居る席まで動かしていくと、玉座に腰掛けたまま微動だにしない王様の姿が確認できた。
団体戦始まってからずっと同じ場所に居るが……本当に試合を観ているのだろうか?
「そうだ、トルダ。得意の弓を使って、王様をズームで見る事とかできないのか? 顔が見たいんだ」
このゲームには武器を上手く扱うために存在する補助的な技能も多く存在しており、トルダは灼熱洞窟のボスから手に入れたスキル取得券を使い、それを習得していた。
彼女が取ったのは単純な視力強化とは違い、弓を構えた時にのみスコープ技能を発揮する特殊な技能。これにより、常軌を逸した距離まで狙う事ができるようになったという。
そこから中てるようになるまでは、また練習を重ねると語っていたのを思い出す。
水から跳ねた魚を射抜いたり、落ちてきた葉っぱを連続して撃ち抜いたりと、職場で語る彼女の特訓の日々は、おとぎ話などに出てくる達人の域に到達しつつある。
「馬鹿言わないでよ。ゲームだとしても、一番偉い人に武器を向けるなんて、常識的に考えてできるわけないでしょ!」
「冗談だよ」
俺の提案を、トルダはとんでもないといった様子で却下した。
あれだけ警護のNPCが居れば武器を向けるだけで捕まえに来る可能性はある。王の周りは近付けないようになっているので、易々と見る事はできなそうだ……気になるというのは本音なのだが。
俺たちのやりとりに、雨天さんが意外そうな顔をしてみせた。
「ダイキさんも、冗談っぽい事を言うんですね」
「あれ? 俺、そんなに固い人間じゃないですよ? 雨天さんと初めて会った日も、ケンヤ達に便乗して揶揄った記憶がありますが」
謙也と椿以外の人には敬語を使っているのが原因だろうか? と、過去の自分を振り返っていると、雨天さんは思い出したかのように「そういえば」と、口を押さえて笑って見せた。
そのまましばらく雑談していると、ダリアがしびれを切らしたように俺の体を揺さぶってきた。顔は無表情のままだが『おやつ』を連呼している。
「そうだ、トルダ。この子達のおやつって買ってあるか?」
「あるよ。とりあえずいっぱい買っちゃったから、これ全部トレードで送るね」
思い出したかのように云う俺に、トルダは待ってましたとばかりにトレード申請を飛ばしてきた。
雨天さんやクリンさんみたく、甘やかして買いすぎてなければいいんだが……って、全部ってなんだ?
トレード画面には屋台で売ってるたこ焼き、お好み焼き、イカ焼き、焼きそば、骨つき肉などに加え、アルデの好きな甘い物がどっさりと、部長の好きな野菜と果物がどっさり……用途不明のおもちゃまでも、数え切れない量が並んでいた。
全部で30種類まで一度にトレードできる画面は、おやつとおもちゃでパンパンになっている。
「待て待て待て。俺はここまで頼んでないぞ! 第一、これだけ買うのにいくら掛かったんだよ。渡したGじゃ足りなかったろ」
気を遣ったとか、それ以前の問題である。屋台の食べ物はお祭り料金で高い物が多い。
慌てる俺に対し、トルダは澄まし顔で送信ボタンをタップした。
「いや、別にいいよ差額分は。私の好きで買ってきたんだし」
「好きって……有難いけど、序盤も中盤も関係なく金は必要になるんだから、あまり気前よくくれてやるもんじゃないぜ?」
「私、実はギャンブル運があるみたいだからさ」
「なんだって?」
秘密。と、悪戯っぽい笑みを浮かべ話を締めくくったトルダから、ダリア達用のおやつとおもちゃを入手した。
姉達に盗られるのは可哀想だし、試合中はアルデのおやつを俺のボックス内に保管しておいてやろう。
一連の流れから何が行われたのかを察したダリアが、背中から抱きつくようにぶら下がり、肩越しにアイテム欄を覗き見ている。
「ダリア。お前達の“あればあるだけ食べる”精神には感服した。故に俺にも考えがある」
『いい子に する』
アルデのおやつ同様に、ダリアと部長の分も俺が管理しようと考えた矢先、ダリアがそれを見透かしているかのように甘えてくる。
ふむ、トルダから貰ったおやつは、とても食べきれる量じゃないし、渡しておいても流石に大丈夫……いや、ダメだ甘やかしては。こうやってダメ親が生まれるんだ。
「ダメだ。これは俺が管理する」
『もういい 雨天に 買ってもらう』
「賢い奴だな」
俺とラリーする事なく早々に見限ったダリアは、てくてくと雨天さんの方へと歩いていく。
すかさず抱き上げ、膝上へと座らせた。
「俺も大概だが、周りの人達も甘いからダメだ。あと何戦か進めば混合戦も終わるから、それまで我慢な」
『ざんねん』
いやに聞き分けが良かったが、何も企んでいない事を願うばかりだ。
試合の時間が近付いている事に気が付き、流石にいつまでも和んではいられないと席を立つ。
アメリカンドッグを頬張るダリアを右手に、イチゴシロップのかき氷をつつくアルデを左手に、ひょっとこのお面を被った部長を頭に乗せ、Seedの面々とトルダに別れを告げた。
「まだ試合まで八分くらいあるけど?」
「道中が大変なんだよ。また来る」
いつの間にか息を吹き返していたケンヤに手を振りながら、足早に選手控え室へと足を進めていく。
控え室までは距離にしたら大した事はないが、ここは俺の心配性が発揮された。
行き同様に、多くのプレイヤーからエールを送られながら進む俺たちを、どこかで聞いたような声が呼び止める。
「幼女神様!! 幼女神様!! 僕、ボクぅ!」
人の群れをかき分けながらやって来たのは、ダークレッドのハッピを纏った巨漢――マーシーさん。
縁のある眼鏡を上げ、出てもいない汗を拭うような仕草の後に、まくしたてるように声を上げる。
「店の方が落ち着いたから応援にきたお! それで! 幼女神様は何ブロックの何時から試合なんでしょうか!?」
「えっと……」
――言いづらい。
既にダリアの出番は終わってしまった事も、ある試合の内容が極めてショッキングである事も。
背中にはアニメチックに描き、プリントされたダリアのイラストがウインクしているのが見える。
この日のために作ってくれたのだとしたら……なおさら言いづらい。
「終わっちゃったよ。ダリアちゃんと部長ちゃんの試合」
――と、またまた聞いた事のある声がしたと思えば、近場に居た二人のプレイヤーが歩み寄ってきているのが見える。
その言葉にマーシーさんは絶望の表情を浮かべ「そんな馬鹿な!!」と、嘆くような声を発しながら駆け抜けていった。
なんか、悪い事しちゃったかな。と、彼の後姿を見送りながら反省する。
声を発した女性の方は透明の容器に入った緑色のジュースを啜り、人当たりのいい笑みを浮かべる男性は両手にたこ焼きを持っている。
『あ。柔らかいのりもの』
頭上のひょっとこがジュースを啜る女性の胸元へと飛び付き、女性はそれを慌てて抱きとめた。
無事に着地した部長は満足そうに寛いでいる。
「おお、マイさん。ブロードさん」
「久しぶり……ってほどじゃないか。順調に勝ち進んでいるみたいだね」
たこ焼きごと手を振るブロードさん。
こぼれ落ちたたこ焼きが地面を跳ね、光の屑になり消え去った。
「馬鹿! もったいないなあ」
「ごめんごめん」
まるで仲のいい夫婦のような風景に和みつつ、二人の近況について聞いていく。
「私達も混合戦に出てたんだけど、二回戦で呆気なく負けちゃったのよね。この人が支給アイテム全部を倉庫に忘れたのが主な原因ですけどね!」
「いやあ、面目ない」
全く反省している声色ではなかったが、マイさんの方もそこまで気にしている雰囲気でもないようだった。
彼らもSeedの面々と同じように、試合といえどゲームと割り切り、勝ち負けにこだわらずに楽しんでいるタイプのプレイヤーらしい。
アイテムを忘れて焦るブロードさんと、それを烈火のごとく怒るマイさんの試合風景が目に浮かぶ。
「それはそうと、ダイキ君――次試合じゃないの?」
あ。
「失礼しますっ!!」
速攻で部長を回収した俺は、飛び交う声を聞き流し、全速力で駆け抜ける!
駆ける!
駆ける!
駆ける!
控え室の長椅子にダリアと部長を下ろし、アイテムボックスから適当なおやつを置いていく。
そのままアルデだけを連れ、試合会場へと続く扉をくぐった!
『おやつはこれ食べて! じゃな!』
『がんば』
『いってらっしゃーい』
『いってきます!』