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トーナメント一日目 混合戦②

 

 快勝した一回戦目に続き二回戦目も難なく突破した俺たちは、ダリアと部長に出迎えられ選手控え室へと帰還した。


 床に届かない足をふらふらと動かしながら、手に持ったフライドチキンをかじるダリアが俺たちの方へと視線だけ向け、淡々とした口調で『おかえり』と呟く。

 その横にいる部長はクリンさんに買ってもらった、吹くと音を出しながら四方に筒が伸びるオモチャに夢中になっており、部屋の中に“ピロピロ”という、間の抜けた音が広がった。

 初戦と同じく、アルデの強力な一撃によって圧勝した俺たち。緊張がほぐれたアルデは『ただいまー!』と元気よく答えてみせ、ダリアと部長の元へと駆け寄っている。


 ダリアも部長も、特に心配している様子はない、か。


 俺たちの試合が流れていたであろう液晶は、次の試合までのカウントダウンが表示されており、俺は次の対戦相手の試合を観るべくチャンネルを合わせていく。


「一回戦、二回戦と、かなり安定した戦闘ができてるのは大きいな。ワンパターンで攻め切れているのも、他の情報が隠せて好都合だ」


 理由として、相手が俺たちよりもレベルが低いプレイヤーだったというのが大きい。

 現在までの混合戦における俺の盾弾き(シールドパリィ)は成功率100%であるし、確定criticalによってアルデの高火力が更に底上げされている。

 俺と同レベル帯の魔法職を凌駕していると評価されるダリアより、魔力と筋力という違いはあれど、数値的には上回っているアルデ。相手の装備に合わせた武器変更をするまでもなく、技能(スキル)(アーツ)を使用せず、剣王の大剣一本で戦えている。

 今までの二戦は、試合と呼べるほど拮抗したものではない。


 次の対戦相手の試合風景を観ながら、ダリア達と戯れるアルデに声をかける。


『アルデ。次の試合も、一方的な結果になりそうだ』


 液晶に映るのは、鎧を着込んだプレイヤーと、袴のような装備を身に纏った侍風のプレイヤー。

 作り込まれた歴戦の戦士風アバターの貫禄は熟練のそれだが、使っている(アーツ)から見ても、それほどレベルの高いプレイヤーではないと考えられる。それは偏に、鎧のプレイヤーの装備する武器が俺と同じジャンルに属しているからであり、ここぞという時に彼が使う(アーツ)は、現状三光剣がもっとも火力が高かったからだ。

 俺とアルデ同様、奥の手を隠しているとも考えられるが、現在液晶に映る試合はかなり拮抗したもの。勝ち負けが決まるような場面でも、それらを隠し続けるのはリスクが高いと分析できる。

 もし仮に、彼らの実力が俺の分析通りならば、先の二試合同様に俺の盾弾き(シールドパリィ)からアルデの攻撃を入れていくスタイルで問題なさそうだ。


『拙者と同じ匂いが……!』


 侍の方に視線を向けるアルデに緊張の影は無い。

 見ようによっては“油断している状態”なのかもしれないが、彼女はそういう(・・・・)タイプではないから心配はしていない。


 むしろ、心配するなら四戦目――


 次の試合の予習もそこそこに、俺は第四試合目でぶつかるであろう対戦相手へと、画面を切り替える。


「かなり凝った作りの装備……見るからに高そうだな」


 画面に映るのは、身の丈ほどある黄金の杖を振るう、豪華絢爛なローブを纏った男性プレイヤー。

 夥しい数の魔法陣が画面を包み、直後、轟音と爆風と共に試合を終了させていた。


 黒地に金と銀の刺繍が複雑な模様を描き、それが足首まで伸びたローブの細部まで施されているのが見える。

 そこから覗く靴も、同様の加工が施されており、“とびきり趣味の悪いファンタジー世界の貴族”という感想が一番に浮かんだ。

 エルフの象徴たる尖った耳は浅黒く、漆黒の瞳には青色の炎のようなエフェクトが揺らいでいる。

 オールバックにセットされた黒色の髪は、両手の指全てに嵌め込まれた指輪のように美しく光沢を放ち、杖の先端で存在感を放つ宝石も相まって、彼自身がひとかたまりの宝のようだ。


 試合風景を一試合目のものから、二試合目のものへと切り替える。


 一試合目同様、フィールド全域を取り囲む魔法陣から極太の光線がいくつも降り注ぎ、瞬く間に戦場を墓地へと変えていく。

 もはや数合わせとして手配されたと思われる味方のプレイヤーも、圧倒的な魔法の暴力を近場で目の当たりにし、腰を抜かしている始末。


 一回戦目、二回戦目共に、彼らは無慈悲で苛烈(かれつ)な一撃で突破していた。



 ――《大兵器》――



 掲示板で話題になる“トッププレイヤー”と呼ばれる者の一人。


 一人でレイドを支える規模の回復魔法を操り、それらを完璧なタイミングで展開する状況判断能力を見せた姫の王や、その彼女が支援するパーティーを完全に抑え込んだ銀灰さんなど、規格外のプレイヤーが名を連ねるその中で、魔法職最強格と謳われるプレイヤー。


 好んで使うとされる範囲系魔法は、極振りされた魔力によって凶悪な威力を孕んでいると聞く。

 タイプ的にはダリアと似ているが、動画を見る限り、彼の戦術は戦術であって戦術にない。ただ強力な魔法を開始直後に展開する。これだけであっさりと勝ち進んでいた。


 数多のプレイヤーが参加する混合戦で、こんな早い段階にトッププレイヤーとぶつかるのは運が良いのか悪いのか。


『あれ? 姉御、ここにあった拙者の肉巻きおにぎりは?』


『悪くなっちゃうから 食べてあげた』


『ならないよ! 楽しみにしてたのに!!』


 雨天さん達に買ってもらったおやつを巡って、ダリアとアルデが熱いバトルを繰り広げている。

 肉料理だったから勢いで食べてしまったのだろう。ダリアの目が泳いでいる。

 ドタバタと、二人が追いかけ合う様を、部長がおもちゃを吹きながら眺めているのが見えた。

 まるで緊張感がないが――せっかく緊張がほぐれたアルデに、四試合目で当たるビッグネームの事を言うのも可哀想か……プレッシャーを与える必要もないだろう。


 そもそも次の試合だってあるわけで、三試合目の前から四試合目の心配をするというのも、次の相手に失礼な話だと言える。

 そういう意味でも、今この場で四試合目の話をするのはナンセンスか。


『試合開始まで、残り五分となりました。選手の皆様は試合の……』


 会場への重い扉がゴリゴリと開く音と共に、試合開始時間を告げるアナウンスが届く。

 俺が声をかける前に既にアルデは俺の方へと体を向けており、大きく頷いてみせた。


 


 選手控え室へと戻ってきた俺の元へ、ケンヤとライラさんからメールが届いていた。

 次の四戦目へ向けた激励の言葉でも綴られているのだろうか。と、メール内容の予想を立てながら、一通目のケンヤのメール画面を指で軽く叩く。

 アルデが自分のおやつを横取りした部長を追いかけている風景を遮るように、目の前に半透明のプレートが出現した。


「対戦カード見たぞ。お義父さんが大兵器とぶつかるってんで掲示板は大盛り上がりだ。勝敗予想は9:1で大兵器だが、勝算はあるのか? ちなみに俺は大兵器に一万G賭けたがな……ったく」


 大兵器の弱点や攻略部分が書かれていればなと、少なからず期待した自分が馬鹿だったと、読み終えた瞬間そう感じた。

 ケンヤからのメール内容を読み解いてみるに、名前だけ有名な俺と、名前も実力も有名なトッププレイヤーとの試合は、俺が想像していた以上の人間に観られていると考えられる。

 俺は戦闘能力において並だと自覚しているが、姫の王と紋章ギルドの一番隊の試合みたく、名が売れた同士の試合が注目を集めるのは必然といえば必然か……その試合が異次元だっただけに、過度に期待されている可能性も大いにある。


 折角、アルデの緊張がとれたと思ったら、今度は俺が緊張してきたな。と、急に違和感を覚えた腹部を、確認するように二、三度さすって次のメールを開く。


「面白い試合、期待してるねー。ちなみに私は大兵器に一万G賭けたよ……まったく。二人ともいいキャラしてるな」


 この人もかよ! と、心の中で声を大に突っ込みつつ、“爆損(ばくぞん)して半ベソかくなよ”という内容のメールを返信しておいた。

 大方、俺たちが娘達のおやつを買いに店を出たから、エールを送れなかった侘びとしてのメールだと予想がつく。その証明に、最後に挨拶を交わして別れた雨天さんとクリンさんからはメールは来ていない。

 二人も混合戦に出ると食事処で言っていたから、彼らの試合も応援している事も添えておく。もちろん、彼らだけでなく、雨天さんやクリンさんにも頑張ってもらいたい所だが。


『アルデ。次の試合、作戦Cをやるぞ』


 ケンヤ達からのメールによって、俺の中で“勝ちたい”という意志が高まっている事に気付いた。

 大人数が観る前で、その上大多数が相手が勝つと予想している試合で、負けるのは全く面白くない。


 なによりも、相手が大兵器だからこそ(・・・・・・・)、俺の中で確固たる自信があった。


 試合開始時間を告げるアナウンスと共に、重厚な扉が開かれ、俺はアルデを抱き上げ歩き出した。

 




 俺たちと対面した大兵器は、まるで芸能人と遭遇したかのような反応をみせ、声をあげた。


「うおぉ! 知ってる知ってる! 君、お義父さんだよね! いやあ、光栄だなあ!」


 動画で見たとおり、煌びやかな服装に身を包んだ褐色のエルフは、興味深そうに俺とアルデとを見比べた。

 隣に立つ大兵器の仲間のプレイヤーは、俺たちの事も、そして試合の事も興味がないのか、頭の後ろで手を組んでその様子を傍観しているだけだった。

 舐められている。とは感じない。むしろ、大兵器の方がこの試合を舐めていた事だけは、はっきりとわかる。

 

 大兵器の反応は、とても自然と言えた。


 それ故に、彼が“試合の予習”を怠っているのも同時に分かった。

 事前に試合を観ていれば、次の相手の情報くらいは手に入る。


「ダイキと申します。よろしくお願いします。こっちはアルデといいます」


 こちらが丁寧に挨拶してみせると、大兵器サイドも釣られるように挨拶を返してきた。


「僕はOさん。“さん”までが名前だから、Oさんさんって呼ばないように! こっちは即席パーティーを組んだ……A君だっけ?」


 大兵器――Oさんは柔らかい口調で簡素な自己紹介を済ませる。

 傍にいるA君と呼ばれたプレイヤーは「AKiRAって名前が……」と呟いているが、大兵器はお構いなしに続ける。


「可愛いお嬢ちゃんと参加じゃないんだ」


 少し意外そうな声色で言う大兵器。


 俺としては部長もアルデも可愛いお嬢ちゃんに含まれるのだが、彼の言うお嬢ちゃんはダリアの事を指していると予想がつく。

 俺の名称と同じくらいに、ダリアの存在は有名になっているからだ。


「ダリアは顔が知られている分、多くの情報がバレてしまっています。情報は武器ですからね。その点この子はまだ情報の露出は少ないので」


 抱き上げたままのアルデを、被り物の上から撫でつつ大兵器の反応を見る。

 大兵器は右へ左へ、体を揺らしながらアルデを観察した(のち)、「ふーん」と、興味を失ったように呟いた。


「まあ、なんでもいっか。とりあえず、試合よろしく」


 自分の勝利に絶対の自信があるかのように、余裕な口調で手をひらひらさせる大兵器。


 ――こっちとしても、やりやすい。



 開始位置まで距離を空け、審判がカウントダウンを進めていく。

 大兵器は豪華な杖を構えながら、既に勝利を確信した顔で佇んでおり、隣に立つA君は腕を組んで戦う気すら無いポージングをしているのが見える。

 対する俺たちも、俺がアルデを抱き上げている状態を解かぬまま、試合開始の合図を待っていた。

 端から見れば俺たちの方が、A君よりも試合を捨てているように思えるだろう。



『試合開始!』



 開始直後、全速力で駆ける俺の周囲――というよりも、フィールド全てを包む魔法陣が展開されていく。

 一つの巨大な魔法陣ではなく、膨大な量の魔法陣がびっしりと並んでおり、その中心に光が収束している様が見て取れた。


 大兵器が杖を振るう。


 魔法陣から勢いよく放出された光の束は、標的を俺たちへと定めず、フィールド全てを貫くかのように無差別的に降り注ぐ。


「はやっ!」


 自らが組み立てた魔法陣と、それらから放たれた魔法に恍惚の表情を浮かべていた大兵器は、常識を超える速度で近付く俺たちに目を見開く。

 彼の魔法が完成する数秒前――俺は隼斬りを使い、一気に大兵器との距離を縮めていた。

 しかし大兵器の動揺は一瞬だけ。すぐに迎撃用の魔法を展開し、素早く杖を振るうのが見える。


『アルデ!』


 目の前に迫る巨大な光線を、アルデは剣で吸い込むようにして掻き消した。

 アルデの剣は、光の束と同じように、白色に発光している。


「うそ、ちょっ、まっ!」


 範囲魔法を避けられた段階で、咄嗟にもう一つ魔法を展開する頭の回転は賞賛に値する、流石はトッププレイヤーと呼ばれるプレイヤーだとも思う。


 ――しかし、だ。


(“本人曰く、魔力全振りのため近付かれたら終わりらしいが、そもそも近付くことの出来るプレイヤーが皆無である”)


 つまりは攻撃超特化型の魔法職であり、初手の範囲魔法をかい潜って攻撃できるようなプレイヤーが彼の天敵であると、昔見た掲示板の書き込みにはあった。

 団体戦で万が一トッププレイヤーと当たった場合のシミュレーションを港さんと行った際も、大兵器の本領は離れた距離からの回避困難な範囲魔法と持久戦であり、大兵器を相手とするならば“速攻で近付き一撃で倒すのが絶対条件”と言われた程。

 裏を返せば、範囲魔法をやりすごす手段と、反撃の魔法を許さぬ力を持つ者が居れば、攻略可能となる。


 俺は彼を倒すシミュレーションを、トーナメントが開始される前、港さんと試練の洞窟で骨戦士と戦っている時から行っていた。

 俺たちへの対策や作戦を練らなかった大兵器が、この不意打ちに対応する術はない。


 開始早々、範囲魔法で敵を一掃するのなら、それより早く懐へ潜ればいい。


 迎え撃つように展開された黒色の魔法は、上から叩きつけるように射出された光の塊によって爆散。

 分厚い大剣と共に叩き込まれた膨大なエネルギー砲は、大兵器のLPを一秒と経たずして消し飛ばす。

 アルデの魔法剣は大兵器を戦闘不能にするだけにとどまらず、隣で驚愕の表情を浮かべるA君までも一緒くたに貫き、なおも衰えぬエネルギーがフィールド外の壁に突き刺さった。



『試合終了!』



 審判の声を聞き、そこで初めて実感が湧いてきたことに気が付ついた。

 隣で片腕に拳を作り、嬉しそうに掲げているアルデを『よくやった』と撫でてやる。


 俺が持つ(アーツ)と、迎え撃つ魔法を無効化できるアルデの技能(スキル)。そして、相手を確実に一撃で仕留める攻撃。


 短期決戦しかあり得ない。

 そう決めていた。


 アルデの能力を活かし、且つ大兵器を下す事のできる手段――One(唯一に) of(して) the(最高) best(の手)


 ジャイアントキリングを達成したこの試合は、皮肉にも俺たちが戦った混合戦の三試合のどれよりも早く、決着したのだった。

 

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