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トーナメント一日目⑦

 

 休憩から戻った俺が選手控え室にログインすると、液晶を食い入るように見つめる港さんの姿があった。


 小さくなったケビンを肩に乗せ、腕組みした状態でピクリとも動かない。

 少し離れた隣にはレイの姿があり、液晶と港さんとをチラチラ観察するような仕草を見せていた。


 召喚時と今とでかなり距離が詰まったなと感じつつ、明らかに様子のおかしい港さんに声を掛ける。


「戻りました」


「おう。――とりあえず、コレを見てくれ」


 今日はずっと行動を共にしているから、挨拶もそこそこに……という例えは正しいのか定かではなかったが、港さんは俺に視線を向けるなり、単刀直入にそう云った。

 言われるがまま、俺は液晶の方へと視線を移すと、次の対戦相手であろうパーティがそこに映っているのが見える。


「統率の取れたいいチーム……ああ、なるほど」


「マイヤ信者とは違う意味で、厄介な相手だ。ともあれ、こっち(・・・)のヤバイは大歓迎だがな」


 さも楽しげに語る港さんの見つめる先――液晶に映るのは、抜群のチームワークを見せる“紋章ギルド”のパーティだった。


 見る限り、銀灰(ぎんかい)さんやアリスさんの姿がない事から、同じギルドメンバーという情報しか分からない。けれども、液晶越しからでも分かる俊敏な動き、判断力、タイミング。そのどれもが“積み重ねてきたもの”を感じさせる、完成度の高い代物だ。


 あの早い段階から、本部内に競技場を設けて備えていたギルドであるから……それに所属する隊員が相当に仕上がっている事は、想像に難くない。


 思わず見惚れる俺に苦笑を向ける港さんは、右手でプレートを操作しながら解説を加えてくれる。


「ダイキが知ってるかどうかは分からないが、俺はこのパーティの数名と、以前一緒に戦った事がある」


 俺と組む前は、色々なプレイヤーと最前線を戦っていたという港さん。

 姫の王や戦乙女にもその存在を認知されていた程だ、紋章ギルドの面々と共闘していても、なんら不思議ではない。


「じゃあ強さも……」


「ああ、把握済みだな。が、映像見る限りじゃ、連携の練習はこれに向けて相当積んできた事が窺える。何度も言うようだが、厄介な相手だぜ」


 姫の王のギルドメンバーの時とは違い、港さんは“強者”に対する警戒をしていた。

 楽しげな声色とは裏腹に、その目には闘志めいた何かが宿っているのが分かる。


 港さんは鎧を身に纏ったプレイヤーを指すように、顎をしゃくってみせた。


「こいつは紋章ギルドの三番隊隊長。身の丈以上ある盾と手斧を得物とする盾役(タンク)でパーティの要。要注意人物の一人だな。技能(スキル)は知る限り、今見た限りでもオーソドックスな自身強化系のみだが、なにしろ技能(スキル)的にもステータス的にもレベルが高い」


「それはまた……」


 とんでもない人が混じっているな。と、滅入るような声になるのを抑えつつ、液晶の方へと再び視線を移す。


 重厚な大盾(タワーシールド)を構え、肉厚の斧を振り回すそのプレイヤーは、かなり特徴的な顔をしていた。


 上顎から伸びた二本の牙と、口の周りに生えた硬そうな髭。つぶらな瞳と物騒な斧、鎧、そして盾はミスマッチと言わざるを得ないが、迫力という意味ではモンスターをも上回っているかもしれない。


 確かこの動物は――


「セイウチですね」


「セイウチだな」


 殆ど人の原型がない、そのままセイウチの顔を取って付けたようなアバターに、少しだけ戦意が削がれてしまう。

 部長を相手にしているような、そんな罪悪感まで湧いてくる可能性すらある。


 に、しても。


「獣型である部長やキングは分かりますが、あの方は人型をしてますから獣人族ですよね? ここまで獣よりの顔をした人も、なかなか見ませんが……」


「まあ、アバターに目が行くよな。ソース(情報元)は掲示板だが、獣人族を選ぶと“度合い”ってのが決められるらしく、0に近いと人の顔に、100に近いとベースとなった動物の顔になるらしいぜ」


 キャラメイキングの時に決められる、種族毎のオプションみたいなものか。

 俺は特徴のない《人族》を選んだから特に弄る部分も無かったが――なるほど、この人のような獣人族だったり、もしかしたらアリスさんのような竜人族だったりも、その対象かもしれないな。


 猫のような耳と尻尾を付けたくて獣人族になった人もいれば、猫そのものになりたくて獣人族を選んだ人もいる。そんな幅広いニーズに応えるための“度合い”機能だろう。


 これでは何というか、そのまんま(・・・・・)だな。


「ちょっと脱線したな――ま、要注意人物はセイウチだけじゃあない」


 云いながら、港さんはセイウチ顔の後ろに控える巨人族のプレイヤーを指差した。


 いつか見た、戦乙女の召喚獣と同じ種族。周りのメンバーとの体格差は顕著であり、彼女(・・)の持つ薙刀も、俺の知る規格(大きさ)を逸脱している。


「こっちが三番隊の副隊長さんだな。どうやら紋章ギルドは、隊毎に面子を絞ってそのまま参加させたようだ。……まあ、普段から連携は意識しているんだろうから、完成度は野良パーティの比じゃないだろ」


 後頭部を掻きながら、呟くように云う港さん。

 液晶内では、セイウチ顔の男性プレイヤーと巨人族の女性プレイヤーのツートップで戦闘を繰り広げる様が映し出されており、相当なレベル差があったのか、ものの数分で相手は壊滅状態までに追いやられていた。

 続く三回戦目、四回戦目も圧勝で通過しており、控える四人のプレイヤーは誰も戦っておらず、彼らの技能(スキル)は疎か、職業すら不明だ。


「この薙刀大女が、このパーティのエース攻撃役(アタッカー)。今までの試合は、この二人だけでほとんど突破しているようだな」


「この盾役(セイウチ)攻撃役(巨人族)を先に潰すことができれば……」


 云いながら港さんの方へ視線を向けると、彼は液晶から視線を外さぬままに、ゆっくりと首を振る。


「いんや――後ろにいる回復役(ヒーラー)のこの男。コイツもかなり敏腕だし、他の三人も相当レベルが高い」


 それじゃあまるで。

 そう言いかけて、一度台詞を飲み込む。

 港さんの言いたいことが、なんとなくわかったからだ。


「隙が……ないんですね」


「そうだ。相手は超大型ギルドの三番手だから当たり前だが、トーナメント五回戦目に当たる相手としたら上玉も上玉――今までの相手とは“格”が違うな」


 港さんにここまで言わせる相手となれば、ダリアやケビンの広範囲高威力魔法を先制撃ちできる隙があるとも、先走って孤立するプレイヤーが居るとも思えない。

 文字通り、全力で当たらなければならない相手と言える。

 

「時間が惜しい。とりあえず、相手技能(スキル)の大まかな把握と武器や防具の特徴……無駄かもしれないが、弱点たる部分の選出。それに基づいた、俺たちの最初の陣形の確認を済ませよう」


「わかりました」


 それから――過去の試合映像と、昔港さんが共に戦ったという経験から彼らの職業や技能(スキル)を想定し、簡単なシミュレーションを進めていく。




『――ダイキ』


『……ん? どうした、ダリア』


 連戦がしんどいのか、いつも以上にダレつつ口数の少ない部長と、レイの傍で手を振ってくるアルデ。この二人の頭を交互に撫で、港さん達が立つ試合会場入り口の前に進む。

 既に戦闘態勢に入っている港さん達を横目に、俺の足をちょいちょいと突くダリアへ視線を落とした。


『ありがとう』


 出口を見つめ、ぽつりと云うダリア。

 俺は、何故彼女に感謝されたのか、理解できなかった。


『ダリアも 部長もアルデも いままで攻撃を受けた事はほとんどない それは ダイキが守ってくれていたから』


『よせよ、くすぐったい。俺はお前達の親で盾役(タンク)なんだから、当然の役目ってわけだ』


『そうだけど そうじゃなくて――』


 何を今更。と、苦笑しつつそれに答えると、なんとも煮え切らない物言いで、もじもじと身体をよじらせるダリア。


 姫の王ギルドのメンバーの件に関係しているのだろうか? ともあれ、あの時は結果としてダリアを守れなかったんだけどなあ。


『ダイキと同じ種族でも いろんな人がいるのがわかった』


『……ダリアは人の醜い部分に当てられたのは初めてだもんな。それに関しては、俺から謝るよ。この先、ダリア達は沢山の人と出会うはずだから、今回限りとは約束できない』


 試合で負けて頭を冷やせた――そんなプレイヤーが、あの中にどれだけいるだろうか。逆上し、更に嫌がらせされる可能性の方が高い。

 俺が標的であるならば、召喚獣であるダリアや、部長やアルデを強制的に巻き込んでしまうのは明白。

 この先、あんな陰湿な手を使って憂さを晴らしてくる輩に対応していく上で、彼女達を悲しませてしまう場面がくるだろう。


『拙者は、ダイキ殿と居られればそれで十分だぞ』


『わたしも。他が楽しければ気にしないよー』


 思いもよらぬ娘達からの告白に、何か込み上げてくるものを感じた。

 何か言葉を返そうにも、突然の事でうまく頭が回らない。


 部長とアルデ、交互に視線を送りながら、この感情の正体が“喜び”であるとわかる。


 まだ幼い彼女達には早すぎる、人間の醜さを見せてしまったという“後悔”と、この先、それらに巻き込んでしまうという“悲しみ”。

 どちらの感情をも(しの)ぎ、真っ先にやってきた“喜び”。愛した彼女達から向けられた純粋な気持ちは、言葉にされると余計に効く(・・)


『いろんな人がいる 特別にしてくれるのはダイキだけ 愛してくれるのはダイキだけ だから改めて――ありがとう』


 そうか。


 落ち込んでたのはダリアじゃなく、俺だったのか。そして、彼女達にはそれが分かっていた。



 ――俺の方こそ、ありがとうだ。



「……さ、さあ。試合が始まるぞ! 気合い入れていこう!」


 試合開始時刻はもう間もなく。

 入り口の扉がゆっくり開くのを確認した俺は、気合いを入れるように声を上げる。


「お、気合い十分だな、ダイ……お前、なんで泣いてるんだ?」


「なんでもないです!」


「そうか? 戦う前からプレッシャーにやられたのかと思ったが、まあ普段通りやろうや」


 なんだよ。VRには涙を表現する機能まで備わっているのかよ。


 そこまでのリアルは、求めてないぞ。


『――いこう』


 様々な物から吹っ切れた俺たちは、試合会場へと一歩、踏み出した。

 

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