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第四話

 バスを降り、遥は生徒の流れと共に校舎に向かう。入学式を飾った桜はもう殆ど散り、緑色の葉がその姿を見せている。


 彼女とまともに会話をしたのは何年振りだろう。

 彼女の声が、意識が自分だけに向いていることがこれほど嬉しいことだなんて知らなかった。

 もっと聞きたい。もっと話したい。


 でも、それは叶わない。叶えない。


 校舎に入り室内履きに履き替え、名前も知らない他のクラスの生徒と挨拶を交わしながら教室に向かう。


「おはー!遥!」


 教室に入り席に着くと同時に隼斗が話しかけてくる。朝から良い笑顔だ、と遥は心が癒されるのを感じる。


 そうなのだ、結局、朝比奈遥は朝比奈遥でしかなく、どう足掻いても水野冬馬には為れない。

 彼女と遥の関係は、一教師と一生徒。それ以上でもそれ以下でもない。

 彼女が遥に向ける感情は教師から生徒へ対するもので、遥が彼女へ向けて許される感情も生徒から教師に対してのものだけで、彼女から遥へ向けられる全ての感情は、遥が水野冬馬であった時に向けられるものとは全く性質の異なるものである事を忘れてはいけないのだ。

 彼女が今、泣いていない事を確認できただけでも偶然に感謝し、満足しなければいけない。欲を出してはいけない。

 そう遥は自分に言い聞かせる。


「おーい、はるかー?」


 聞いてるかー?と隼斗が遥の眼前で手を振る。


「ごめんごめん、ちょっとぼんやりしてた。それでなんの話だっけ?」


 大丈夫か?と隼斗が心配そうな表情を作るが、大丈夫だよ、と笑顔を返し先を促す。


 「今日学校が終わったらさ、四人でどこか遊びに行こうって話をしてたんだよ!」


 隼斗ではなく、隣の席の菜奈が答える。いつの間にか登校していたらしい。


「あれ?二人共今日は部活は無いの?」


 菜奈も涼香も部活に入っていたはずだ。菜奈はバドミントン部に、涼香は……確か美術部に。


「今日は部長達が集まりがあるだかなんだかで部活休みなんだよー。ラッキーだね!」


 予算会議だよ、と涼香が補足をいれる。


「菊池さんも楠木さんも二人共が部活無いなんてあまり無いだろうし!せっかく席も近いんだから親睦を深めようってことでさ!」


 俺達はいつでも空いてるけどね、と隼斗は落ちを付けて遥の返答を待つ。

 

「そうだね。それなら四人でどこか行こうか。せっかくの機会だしね」


 気分転換にはいいかもしれない。今は頭の中を埋め尽くす彼女から少しでも意識を反らしたい。


「じゃ、放課後までに何するか決めよー!」


 隼斗が乗り気なのはわかっていたが、どうやら菜奈もとても乗り気なようだ。どことなく涼香も嬉しそうなように見える。


 私ね!行きたいところあるんだー!っと菜奈が始業までそれほど時間も残っていないにも関わらず行きたい場所の案を次々と出し始める。話を纏めるほど時間がないとは分かっていても楽しい事の話はすぐにでもしたいという意志が強く感じられるようで遥は微笑ましい気持ちになる。


 なんとなく、本当になんとなくだけど、菜奈は彼女に雰囲気が似てるような気がする。彼女もこういうタイプだった。表情にそれがすぐに表れるところなんかも似ている。もしかしたら菜奈も彼女のように泣き虫なのかもしれないな。


 と、また彼女の事を考えてしまっていた自分に遥は気が付く。


 これはもう病気だ。たった十五分程度隣に立ち、話して居ただけなのに彼女のことから頭が離れなくなる。


 始業前の余鈴が鳴り、生徒達は授業の準備を始める。 


 消えろ。消えろ。考えれば考えるほど、伸びてしまった汚れのように、思いは広がっていった。




「というわけで!本日はファミレスで軽くお茶ということになりました!」


 ドリンクバーから各自飲み物を取ってきた後、遥の隣に座った隼斗がにこやかに開会を宣言する。


「そうだねー……せっかくだしみんなと話したいしねー」


 そう答え、菜奈はプラスチックのコップに入った紅茶にストローで空気を送り込む。自身の提案が却下された事に対しての彼女なりの抗議のポーズなのだろうが、彼女の提案はテーマパークであったり大規模アミューズメント施設であったりと、放課後から行くには時間が足りなさそうなものばかりであった為却下されてしまうのは当然だろう。


「そう不貞腐れないで。菜奈が行きたい所は休みの日にみんなで行こうよ?ね?」


 涼香が菜奈の髪を撫でながら言う。相変わらず涼香の口数は多くはないが、少なくとも話を打ち切ろうという意思は感じられなくなった。


「うん、休みの日にでもみんなで行こうよ。一日使って遊んだ方がきっと楽しいよ?」


 幼い子をあやすような口調で遥が言う。菜奈も本気で不貞腐れているわけではないようで、約束だよ?とようやく紅茶に空気を送り込むのを止めた。

 こういった子供っぽさを可愛いと感じてしまうのは自分の実際の精神年齢が彼等より年上だからだろうか、と遥はふと考え、でも宇部君が同じことやっても絶対に可愛いとは思わないんだろうな、と小さく笑う。


「何笑ってんだー遥?」


 遥の笑い顔を見逃さなかった隼斗が尋ねるが、なんでもないよと遥は誤魔化す。


「なになにー?なんで笑ってたの!?」


 菜奈も乗って来てしまった。涼香も遥に注目している。困った、と顔には出さず遥は考える。

 この状況で「宇部君の事を思い出したらさ」と言うのはあまりイメージが良くないだろう。

 ならば、


「いや、こんな可愛い子達とこうして一緒にお茶できるなんて幸せだなーって思ってさ」


 ニコッと微笑むのも忘れない。

 誤魔化す時は大袈裟に誤魔化した方がいい。


「すらすらとセリフが出過ぎ!そういえば西中出身の子に聞いたよ!朝比奈君、あなた中学の時は大層おモテになられていらしたようですね?」


 そんなこともなかったようだ。

 いらないことをした。


「え、なにそれ!?俺それ知らないよ!教えて菊池さん!」


 隼斗が即座に反応する。こういう時でも良い笑顔だ。


 そこから遥の中学時代の話へと話題はシフトし、しばらくしてまた別の話へ、そしてまた別の話へと話題は移り変わっていく。


 どこにでもいる高校生達の放課後の時間は、どこにでもいる高校生達らしく過ぎていった。

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