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第二話

 終業のチャイムが鳴り、現国の教師がそれじゃ今日はここまで、とチョークを置く。

 4月8日月曜日。今日も一日が終わった、と遥は小さく伸びをする。県内でも高偏差値の高校といっても、所詮は高校一年生のレベル。二周目の遥にとっては小学生の内に終わらせてしまったようなレベルだ。


「はーるかー帰ろーぜー」


 そういって、後ろの席に座る池沢隼斗が遥の肩を叩く。短く切り揃えられた黒髪に、ヤンチャ坊主のまま成長しましたと言わんばかりの屈託のない笑顔。人より大柄の身体を持ちながら威圧感を与えないのは彼のこの笑顔のなせる技であろう。百万ドルの価値のある笑顔だ。

 後ろの席が彼で良かったと遥は強く思う。

 学力で集められた集団の中には様々なタイプの人間がおり、隼斗のさらに後ろの席の宇部などは遥とは少し違った毛色の人物であった。


 なんで自分のことを拙者とか呼ぶんだよ……。忍者かお前は。


「ありがとな、池沢で」


 そう言い、遥は隼斗の肩に手を置く。小さく泣き真似をするのも忘れない。

 困惑する隼斗を余所に自身の帰り支度を済ませる。授業が終わったばかりだというのに部活動があるもの達は既に教室から出ていっている。一年生の行動は基本的に小走りでなければならないのだろうか。


「あれ?朝比奈君達もう帰るの?」


 隣の席に座り、同じように帰り支度をしていた菜奈が遥に声をかける。彼女の頬は今日も赤い。


「うん。部活にも入ってないし、急いで帰る理由も無いけど学校にいる理由もないしね」


「そっかー、朝比奈君は部活入らないの?」


「今のところはねー。なにかやりたいものがあったら入ろうかなと思ってるよ」


 そうなんだー、と菜奈は呟き席から立ち上がる。


「じゃ私、部活行くね!また明日!」


 うん、また明日、部活頑張ってね。と返し、教室から去っていく菜奈を見送る。

 真面目で元気で明るい彼女とは会話していても疲れない。隣の席の人物にも恵まれているな、と遥は朝比奈という名字に感謝する。


「いいよなー菊地さんの隣ー」


 羨ましいぜー、と帰り支度を終えていた隼斗が遥に声をかける。


「そっちだって隣は女の子じゃない。しかも同じ中学出身って言ってなかったっけ?」


 椅子から立ち上がり、隼斗を連れ教室を出る。


「同中って言っても、一度も同じクラスになったことなかったから話したこと無いし……というか楠木さんとどんな話をすればいいのか分かんねーよ」


 ガクリと分かりやすく肩を落とす隼斗。

 確かに、隼斗の隣の席の人物ーー楠木涼香はあまり口数の多いタイプではなさそうだと遥は思う。

 挨拶をすれば返してくれるが、あちらから話しかけてくることは無く、こちらから話しかけても、二三言の短い文で返答、それで打ちきり。隼斗も始業式の日から積極的に話しかけてはいるようだが、暖簾に腕押し糠に釘といった状態のようだった。


「それでも、ああいう子が笑ったりするとすごい可愛かったりするんだよ」


 うんうん、そうなんだよ!遥はやっぱりわかってるな!と隼斗は強く頷く。

 ま、頑張れよと隼斗の肩を叩き、昇降口へ向かう。いつまでも学校にいてはいけない。

 極力意識しないように、隣を歩く隼斗との会話に集中して歩く。

 廊下には部活に向かう生徒、帰宅する生徒、友人と駄弁っている生徒。多くの生徒がいる。


 それであるにも関わらず見つけてしまう。


 他のクラスの出入口で名前も知らない生徒達に囲まれ何か話をしている彼女を。

 

 服装が違うからとか、佇まいが違うからとかそんな理由ではなく。


 彼女だけ切り取った世界に自分が入り込んでしまったような。


 遥の目は、耳は、鼻は、脳は、遥を構成する全ての細胞が彼女を見つけてしまう。


 彼女だけ色があり、音があり、香りがあるような。


 そんな特別な感覚を彼女に覚える。


 ん?どうした?と急に立ち止まった遥の視線を追い、彼女の存在に隼斗も気がつく。

 お、奈津美先生じゃん、と隼斗が彼女に手を振る。それに気がついた彼女が手を小さく振り替えす。


「可愛いよなー奈津美先生。遥はあーいう年上のお姉さんみたいのが好きなんだー?」


 ニヤニヤとしまりの無い表情をした隼斗が遥の脇腹を肘でつつきながら尋ねる。


 そんなんじゃないよ。と再び歩き出した遥は答える。彼女との距離が縮まる。


 彼女はやっぱり笑っている方が可愛いな。


「ほんとかー?正直に言った方が身のためだぞー?」 


 彼女が朝比奈遥に気がつく。

 

「奈津美先生さよーならー!」


 水野冬馬はもういない。


 水野冬馬がいなくても彼女は笑っていられる。


「はい、さようなら!池沢君に朝比奈君!」


 だから彼女を思ってはいけない。


「さようなら、佐伯先生」


 彼女と関わってはいけない。



 彼女と会話したそうな隼斗の意思をヒシヒシと感じるが、無視し歩みを止めずに昇降口へ向かう。


「どした?奈津美先生と会話する折角のチャンスだったじゃん」


 下駄箱から外履きを取りだし、室内履きから履き替える。


「んー、なんとなく、他のクラスの奴らと話してたし悪いかなってね」 


 本当はそんな事は全く考えていなかったが。とは付け加えない。遥には遥にしかわからない事情があり、それは誰にも言うことのできないものだ。


 それに、と続け


「佐伯先生は綺麗な人だなって思ってるけど、ちょっと年の差がね」


 そう笑ってみせる。


 彼女が今笑えているなら、泣いていないなら、朝比奈遥の出る幕ではない。

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