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第ー話

 梅の花も散り、桜が花を咲かせる春。

 朝比奈遥は仕立てられたばかりの汚れ一つ無い制服を身に纏い、入学式に出席していた。 

 入学式独特の緊張感の中、遥はまた一つ欠伸を噛み殺す。

 壇上では校長先生が祝辞を述べているが、それを真面目に聞いているのは教職員と、一部の優等生と呼ばれる新入生だけであろう。 

 残りの新入生達のほとんどはこれから始まる高校生活に胸を躍らせ、友達百人出来るかなと浮わついていてこれから大した接点を持たないであろう校長先生の話など聞いてない。

 校長先生は偉人のありがたいお言葉とその解釈について語っているところである。

 何日もかけて考えて来たんだろうな。ほとんどの生徒は聞いていないけど。

 そう考えると校長先生が可哀想に思えてくる。せめて自分くらいは、と一生懸命話を聞こうとするが、やはり退屈な話は退屈であることには変わり無く、欠伸を噛み殺すことに必死になってしまう。

 校長先生の話はまだまだ続きそうである。


 自分が生まれ変わったと気がついたのは遥が七歳の夏であった。

 朝目が覚めて、自分が前世では水野冬馬という人物で、昨夜トラックに轢かれて死亡したと理解した。

 推測でしかないが、死亡と同時に冬馬は遥になったのであろう。憑依とも言えそうだが、遥という器に無理矢理冬馬が入ってきたのではなく、元々遥は冬馬であり、それに気づく事ができたのが七歳の夏であったという風に遥は考えている為、生まれ変わりであると解釈している。

 憑依であろうと生まれ変わりであろうと、遥にとってはどちらでもよく、朝比奈遥という人物にとっては水野冬馬という十七歳の知識や経験が手に入り、水野冬馬という人物にとっては朝比奈遥という生きて動く肉体が手に入ったという、二者にとって両得な生まれ変わりであろう。

 そして、冬馬が遥に生まれ変わって一番最初にしたことは自身の死亡事故をインターネットで検索することであった。

 興味本意八割、自身の死の確認二割といったところであろうか。

 なんにせよ、インターネットで自身の死亡事故の記事を見つけ、遥は自分が一度死んだのだと強く実感を持ち、今後は水野冬馬としてではなく朝比奈遥として生きていく事を心に決めた。


 それから今まで、なんと楽な道のりであったことか。遥は目を閉じ、この八年間を思い返す。正確には、睡魔に負け目を閉じついでにこの八年間を思い返す、であろうか。

 ポンポンポンと学業は当然、人間関係の面に至っても前世より良い成績でここまで来ることができた。

 前世において決して優等生ではなかった遥であるが、二周目のアドバンテージは計り知れない。全力を出していたら神童と呼ばれていたかも知れない。しかし、騒がれるのは本意では無いため常に上の下をキープし、目立たないけど実は優秀という評価を狙って得てきた。高校では遠慮無くトップを狙いに行き推薦で上位の大学に入学、首席で卒業。その後官僚となり、ゆくゆくは日本を我が物に。と、回想が妄想にシフトチェンジした頃、肩を軽く叩かれ遥は目を覚ます。

 いつの間にか入学式は終わっていて、新入生は退場するようだ。

 遥以外は皆立ち上がっており、起こしてくれた人物が誰か分からなかったがとりあえず立ち上がり体育館を後にする。


 教室に着き、最前列窓際という五十音順に割り振られた自身の席に遥は座る。どうやらこのクラスには相川さんも秋月さんもいないらしい。

 担任となる教師はまだ来ておらず、教室内は微妙な緊張感に包まれている。県内でも高偏差値のこの高校では空気に負けず話を始める強心臓の持ち主はいないようだ。だがそれでも浮わついているのは皆同じのようで、どこからともなく小さな声が聞こえてきて、そこから波紋の様に挨拶の輪が広がっていく。

 どことなく微笑ましい気持ちになり、教室の様子を見ようと遥が視線を動かすと隣の席に座る人物と目があった。


「こんにちは、初めまして菊地菜奈です、よろしくね」


 首を少しかしげ、微笑む菜奈。髪は先端が内側に向かって軽くカールするセミロング、ほんのりとチークが入れてある頬は肌荒れも見られず、ささくれのない綺麗な指にマニキュアは塗られていないが綺麗に整えられている爪。


「初めまして、朝比奈遥です。こちらこそよろしくね」


 そういって右手を差し出す。握手は人との距離を詰める良い道具だと考える遥は好んでよく用いている。

 少し驚いた表情を浮かべた菜奈であったが、笑顔を作り、よろしくねと遥が差し出した手を握ってきた。その頬が赤いのはチークのせいではない。

 遥は美男子であり、そしてそれを自分で理解している。

 七歳で冬馬の知識の得た遥はその両親から受け継いだ良質なDNAに頼りきった成長を良しとせず、ストイックに自身を高めていった。

 その効果は中学で既に遺憾無く発揮され、『百人切りの朝比奈』と男子からは尊敬の眼差しを、女子から恐れと好意の混じった熱視線を注がれていた。遥自身は百人切りなどする予定は無かったのだが、迫り来る女子生徒をちぎっては投げちぎっては投げと繰り返した結果、そう呼ばれるようなってしまった。ストイックに自身を高めたのは事実であるが、あくまで目的は自身を高めることそのものであり、モテるということは遥にとって副産物に過ぎない。いつかは役にたつだろうと考えてはいたが、まさか、中学で百人切りを達成することになるとは、とその点に関してだけは遥にとっても大きな誤算であったといえる。


「朝比奈君はどこの中学出身?私は南中だよ」


 このクラス南中の人が全然いないんだよー残念。と菜奈は小さく唇を尖らせ、わざとらしく眉をしかめて見せる。その頬は赤い。


「俺は西中から。西中からここ来てるやつも全然いないんだよ」


 だからさ、仲良くしてね。と遥が続けたところで、このクラスの担任であろう教師が教室に入ってきた。一瞬にして静まり返る教室。この反応速度の速さは素晴らしいなと遥は小さく笑う。

 その教師は慣れた様子でスラスラと自己紹介を始め、自分が担任であること、一年間よろしくなと生徒達に簡潔に告げた。そして、生徒達にも自己紹介をするように促す。当然名前の順である。

 それじゃ、出席番号一番朝比奈遥から、と担任の教師が告げた時。

 教室の引き戸が開き、スーツ姿の女性が入ってきた。


「すみません!遅くなりました!」


 ドクン。と心臓が強く鼓動する。

 担任の教師とその女性が何か会話している。どうやら新しく赴任してきたばかりで、職員室に用がありその為遅れてきたらしい。

 じゃ、朝比奈君の前に挨拶してもらおうかな、と担任の教師が告げる。

 ドクンドクンと鼓動が強く早くなる。


「みなさん初めまして!このクラスの副担任の佐伯奈津美です。この学校ではみなさんと同じ一年生なので一緒に頑張って行きたいと思っています」


 少し切れ切れの息を弾ませながら女性ーー佐伯奈津美が言葉を口にする。


 あぁ、こんな声をしていた。緊張すると早口になる癖も変わっていない。

 髪を短くしたんだね。似合ってるよ。とても大人っぽくなったね。

 元気でよかった。先生になれたんだね。言ってたもんね。良かったね。

 少し痩せたかな?でも、相変わらず綺麗だね。


 奈津美の挨拶が終わり、担任が再び遥に自己紹介を促す。

 ハイ、と返事をして遥は立ち上がる。


「朝比奈遥です。西中学出身です。中学時代はーー」


 自己紹介を考えておいて良かった。なんだかとても今泣きそうだ。


 順に生徒達が立ち上がり自己紹介をする。

 だが、遥にはその声は遠く、ただ、奈津美の小さく相槌を打つ声だけが強く耳に響いていた。

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