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魔道書の書き方 入門  作者: 見上香月
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東門 ―黒猫の憂鬱

本当はもうちょっと練っていきたいのですが、そんな事いってたらいつまでたっても続きがかけないので投稿いたします。至らない点が多々あると思いますので、ぜひご指摘をいただければと思います。

 昼時の喫茶店。休憩中の会社員やおば様方の茶会で混雑しそうなものだが、ここに限ってそれはない。学園都市のど真ん中、住民の九割を学生が占めるようなこの町で、ランチメニューすらない喫茶店に来る客などたかが知れている。今日は休日ではあるが、学生のデートの行き先としてはこの店は少々不都合が多すぎる。


 あまりに前時代的なレンガ造りの建物は、アンティークショップや小洒落たバーが立ち並ぶこの通りにあってもなお古めかしく、やや背の低い生垣に囲まれて赤茶けた壁には蔦が這う。見るものになんともいえない後味を残すその様子は、古城や遺跡、退廃を愛する人種にはたいそう受けるのかもしれない。


 店内の彼はつまり、そんな退廃を愛する人間の一人だった。閑散として、ゆっくりと光の溶け込む窓辺に、かすかに紅茶の香るような、そんな雰囲気が気に入ってこの店に足しげく通っていたのだ―そう、霧島祐はその静かな雰囲気が好きだったのだ。それなのに、それなのにこの有様は何だ?


 ドアベルの音こそあまりならないが、外に並んだ椅子、椅子、椅子。二桁はあろうかというその椅子のすべてが、妙にテカテカとした大型の男どもに埋め尽くされ、店内はもはや男祭りといった様相である。みているだけで暑苦しく、少し寒いくらいに調整されているはずの店内にはもや(・・)がかかって見えるほどだ。


 紹介が遅れてしまったが、ここは「黒猫の憂鬱」という、由緒ある喫茶店だ。店が前時代的なのも当たり前で、つまりはその前時代から続く喫茶店なのだ。それこそ、本当にこの席には探偵が座っていたほどに。


 しかしながら―誠に残念でならないことだが―、時代というのは、良くも悪くもどんどんと変化する生き物だ。いまや苔の生えた探偵などは娯楽小説の一説にしか活躍の場もなく、浮気調査も家出捜索も、ひいては猫探しやどぶさらいまで’機械’が行う時代である。


 かつての記憶に楽しみを見出す人間というのはいつの時代も少なからずいて、この喫茶店の代々のオーナーもそんなクチだった。店内の磨きこまれたカウンターや未だ現役のジュークボックス、机に置かれた呼び鈴といった調度品の数々は、その全てに代々のオーナーのこだわりが見える。


 そんな中、当代のオーナーのこだわりと言うのが・・・


 「お帰りなさいませ、ご主人様。お茶のご用意ができております。」


 店員は全員が女性であり、かつメイド服を着用している。ジョークグッズのような安っぽい裁縫ではなく、そのロングスカートは裾にいたるまでしっかりと、しかし下品にならない程度にフリルがついている。店内は満員でやや蒸す中、立ち回りの多い給仕にも汗ひとつ浮かべず、お辞儀の角度までもがきっちりと―


 つまりは、メイド喫茶である。サービスの主役はメイドの給仕ではないので、かつて一世を風靡(ふうび)したといわれるメイド喫茶ともまた違うのかもしれないが。霧島祐かていちおうは男の端くれ、メイド服を着たかわいい子に給仕をされるというシチュエーションには、胸に来るものも無くはない。特にここの店員のレベルは高く、ホールに出ている店員は三名ほどだが、その全員がはやり(・・・)の電子アイドルもはだしで逃げ出すほどのかわいらしさである。


 特に目を引くのは黒髪の少女。遺伝子操作によるものか、虹彩は黄色く、猫のように縦長の瞳孔を持つ大きな瞳は、やや赤みを帯びて浅黒い肌に炯炯(けいけい)として際立つ。体型は一般的な成人女性よりはるかに小柄ではあるものの、その嗜虐心をあおるようなメイド服とあいまって男性の目をひきつけて離さない。ロリコン疑惑があるほどの祐にとってみれば、タイプであるどころかど真ん中もど真ん中、ストライクでスリーアウトでも余裕のノーチェンジである。もはや何を言っているのか意味不明である。仕方ないとはいえ、欲望というものは実に御し難い。


 当代のオーナーが長年チャンスをうかがいつつも、溢れん愛ゆえに求めるクオリティが高すぎて実行されず、結局諦めかけていたこだわり。容姿だけでオーナーの心の火に薪をくべた少女の、その完璧なまでのメイド然としたたたずまいに、店内の男共は完全に呑まれていた。


 よく見ると無表情であり、声もどこか平坦で、会話にも足りないパーツが多い。姿かたちはともかくメイドとしての振る舞いはたいして完成されてはいないのだが、やはり重要なのは容姿なのだろう。あるいはその「無口キャラ」というキャラ付けこそが大事なのかもしれないが、彼女の普段を知っている祐からすれば、それがキャラ付けでもなんでもないのがむしろおかしく思えてくるほどだ。


 さて、そんな男の夢をかなえてくれるすばらしい喫茶店の一番奥、窓から遠く一日を通して日もあたらぬこの七番席には、いつもいつも予約済みの札が立っている。利用する客のほとんどが学生であるこの店であるからにして、まるで埃の如く降り積もるその噂、噂、噂。裏社会のボスを呼び出す窓口だとか、その存在さえ都市伝説化している市長の予約席だとか、マスターの死んだ恋人の名残だとか…。

 

 

 週の中日、水曜。迷える子羊が、今日も今日とて重厚な扉を開く。絶望のふちにあった少女は、しかし、闇の中に一筋の光明を見出す。ランプの魔人を呼び出す呪文は、少々ふざけたおかしな文言。曰く。「ハヤシライスとレディグレイ。七番席のイカしたお兄さんへ。」


 黒猫と憂鬱の日、退屈を持て余した魔女たちが、気まぐれにいけにえを待っている。イカしたやつらが求める刺激に、あるいは力を貸してくれることもあるだろう・・・・

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