第六話 新しき戯びの始まり。
崇は朝の4時に起きてパソコンのメール着信音に気付いた。どうやら昨日パソコンゲームをやりながら眠ってしまったらしい。電源を入れっぱなしにしていたにも関わらず、パソコンは生きていた。メールを開くと一気に目が覚める。
『おはよう。人狼さん。1時間後に桜ノ山公園で待っているわ。 アマテラスオオミカミ』
《アマテラスオオミカミ》の文に驚いてしまう。人狼と言うのは俺のパソコンゲームのアバター名だ。とりあえず桜ノ山公園に行くしかないかと思い、身支度をする。鷹矢に連絡しようと思ったが今日は休みだしまだ4時になったばかりなので後でしようとパソコンを閉じた。
桜ノ山公園は桜が散って少ししか残っていなかった。
「寒っ!」
「そりゃあ今日は花冷えだしね。」
後ろを振り向くとそこには咲枝がいた。一瞬口を開けてしまう。咲枝は眼鏡を外していた。
「……松三浦?どうしてここに?それに朝の4時……。」
「んー。だってここに来てって言ったじゃない。早く来てビックリだけど。」
咲枝はそう言った。
「あぁ、そういうこと?え?」
崇は目の前の女子を見つめる。
「……ずっと……近くにいたんだな。」
「何か怒ってない?」
咲枝は笑いながらそう言った。
「鷹矢が《アマテラスオオミカミ》を探していること……友達になりたいってこと知ってたんじゃないのか?」
「……知っていたよ。《ツクヨミ》と名付けた由来もね。」
咲枝は微笑みながらそう言った。少し恐ろしく感じた。
「それを知って……何故伝えなかった?って言いたいんでしょ?」
「分かってるならそうするべきじゃないのか?」
崇は親友のことを想ってそう言った。咲枝は表情を固め、ため息をついた。
「君さ、天地君の事に関しては優しいけど私には優しくないんだね。彼のことしか考えていないじゃない。」
その言葉に黙りこんでしまう。咲枝は笑いながら展望台への階段を上った。
「……ね、取引しない?」
「取引?」
崇は首を傾げる。咲枝は頷きながらこちらを見つめてきた。
「近頃私は《ツクヨミ》に攻撃を仕掛けるわ。その際に君は手を出さないでくれる?」
「お前が《アマテラスオオミカミ》ということをばらすな、ということか?」
「そうだね。ヒントをあげるのもダメ。」
「取引は互いに条件が必要だ。」
「パソコンクラブに今すぐ入るってのはどう?」
う、と呟いてしまう。パソコンクラブがあと少しで解散するところだったんだ。すっかり忘れてた。
「……むしろ私がパソコンクラブに入ることで利益があると思うけど?」
咲枝は笑いながらそう言った。
「それでも足りないって言うんなら……」
「いや、いい。ヒントをあげなければいいんだろ?」
「そう。」
「……何を仕掛ける気だ?」
「まずはチェスでもしようかな?」
「チェス?」
「そう。色んなことを仕掛けようかな?《drop of sun》への準備だよ。」
「なんのためにやるんだ。」
咲枝は手すりにもたれた。
「試すんだよ。果たして《ツクヨミ》の名を名乗るのにふさわしいか。友達として信用を置いてもいいのか。」
咲枝はあの事件がまた起こるのを恐れている。崇は表情を曇らせた。少しの間沈黙が流れる。
「……君は《ツクヨミ》の友達だし親友だから仕掛けるなら《ツクヨミ》の方が楽しそうじゃない。」
「……あいつがお前の目にかなう奴じゃないなら切り捨てて構わない。でも少しでも希望があるなら、友達になってやってくれ。」
崇はそう言った。咲枝は微笑んだ。
「いいわ。じゃ、新しき戯れ(あたらしきあそび)の始まりね。」
そう言った彼女に桜の花弁が復活を祝うように舞っていた。