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冒険者ごっこ 1



 ある日、とある喫茶店で。

 悪魔のヤマダさんが拳を強く卓に打ち付け、魂の叫びを吐き出した。


「どうしてこの世界には! ファンタジー世界のくせに冒険者ギルドが存在しないんだ!」


 ※ファンタジーはファンタジーでも、王道からは斜めに逸れる系ファンタジー風コメディだからです。

 

 と、そんな風にこの世界の人には通じないネタで嘆きをあらわにする山田さん。

 彼に強引に誘われて卓を囲んでいた他の面子は少々呆れ顔だ。

「……君が壊滅させた地区の、再建方針で話があるんじゃなかったか?」

 特に呆れの色が強いのは、勇者様と呼ばれるこの国の王子様。

 普段は魔境で生息しているが、流石に自分の国に関することで呼ばれれば参じない訳にはいかなかった。

 いや、それが些末事であれば拒否もしたかもしれないが。

 何しろ彼にとって生国は、女難の危険性が格段に高まる危険地帯でもあるのだから。

 だが呼び出してきた相手が相手だけに無視はできなかったらしい。

 一時は王都の一画で大規模な破壊活動を行い、一般人では到底敵わぬ強さを見せつけた悪魔。

 今は自分が壊した区画の責任を取って、再建作業に従事するヤマダさん。

 そんなものの相手は、人間の中でも勇者様以外には難しい。

 何かがあっては遅いし、自分の庇護するべき国民に何かされては堪らない。

 だから対応は、仕方のない話だけれど。

 どうしても勇者様が矢面に立つ必要があった。

 何せ勇者様なら、ちっとやそっとじゃ壊れない。

 人外生物が多少手荒に扱っても耐え抜く根性と肉体強度と精神力の持ち主なので。

 そんな訳でいざという時には体を張る覚悟で、勇者様は腹心のオーレリアスさん達を連れてヤマダさんと話合いの席についていた。

 ……その話合いの席で聞かされた話の大半が、勇者様の考えていた路線からは大幅に脱線していたのだが。それでも一応、話を聞かない訳にはいかないところが立場を持つ者の悲しい義務である。

「何がそんなに悔しいのかは知らないが、冒険者ギルドなんて単語は聞いたことがない。それは、そんなになくてはいけないものなのか?」

 首を傾げる勇者様に、ヤマダさんは熱く語った。

 冒険者ギルドとは何なのか、それがどんな役割を果たすものなのか。

 彼の知る多くの物語で語られる、冒険者ギルドのセオリーを。

 そしてまだヤマダさんが人間だった頃、この世界に迷い込んで冒険者ギルドが存在しないことを知った時、どれだけがっかりしたのかを。

 ヤマダさんが悪魔となり、悪魔達の世界に引っ込んでから幾星霜。

 時代も変わったし、もしかしたら今度こそ冒険者ギルドが設置されているのかも――と。

 期待して探して調べて、やっぱり存在しないことを知って。

 そのことに彼がどれだけ落胆したことか。

 律儀に根気強く、面倒見のよいこと長々聞く羽目になった勇者様は。

 全てを聞き終えた後、重々しく頷いた。

「ええと、戦う力を持った者達が有償で魔物の討伐をしたり遺跡の探索をしたり、そういった仕事を斡旋してもらえる組合の窓口――だったか?」

「うん、そう」

「そんなもの、行政がしっかり機能していれば必要ないだろう。どう考えても国がそれぞれ専門家を派遣するべき事案じゃないか」

「俺が求めているのはそんな感想じゃないんだよぉ!!」

「それ以外のどんな感想を求めていたんだ?」

「あんた『勇者様』なんだろー!? ファンタジー職業の代表格じゃないか! それなのになんでそんな夢のないことを平然と口にできるんだ!」

「確かに俺は『勇者』だけど、それ以前に行政側の人間だって理解しているか?」

「くっそこの王子様、全然メルヘンじゃない! リアルで絵本に出てきそうなキャラのくせに!」

「キャラってなんだキャラって!?」

 金髪碧眼、正統派の超絶美形。

 文武両道で仁を尊び、慈愛と良識を重んじる人格者。

 だがしかし、それは勇者様の素であって、決して狙って本人がキャラを作っている訳ではない。

 キャラとか言われるのは不本意だ。意味はわかっていなかったけれど!


 結局ヤマダさんの愚痴なのか言いがかりなのかよくわからない『冒険者ギルド』への未練節は、日が暮れるまで続いた。

 途中で席を立つでもなく、ヤマダさんが満足するまで話を聞く羽目になった勇者様は疲れ果てていた。うんざりだ。

 そんな疲労困憊状態で、下僕の駄竜を酷使して。

 魔境に帰り着いた時には、ヤマダさんの呼び出しに応じたことを心底後悔していた。


「ヤマダさんの用件ってなんだったんですか? 区画整備に関する相談事って話でしたけど……あの面白おかしいヤマダさんが本当にそんな普通の案件で勇者様を呼んだんですか?」

「リアンカ……そんな予測をしていたんなら、先に言ってくれないか? 実は、ヤマダの用件というのが物凄くよくわからないネタで……」

 そんな疲れた状態だったから。

 だからうっかり、居候先のお嬢さん――リアンカちゃんに尋ねられた時、ぽろろっと零してしまったのだ。

 彼女達が食いつきそうな、面白そうなネタを。

「ぼーけんしゃ? なんですか、それ」

「俺も話に聞いただけだからよくわからないが……命を懸けて冒険する者のことらしい」

「冒険、ですか。敢えてわざわざそんな枠を作って特別な感じにしなくとも、生きていればそれだけで毎日が大冒険だと思いますけど」

「そうだな……! 特に魔境(ここ)はな! 言葉通りの意味でな!」

 こてんと首を傾げて持論を述べるリアンカちゃんの言葉は、ありふれた日常感を漂わせながらも実体験豊富な勇者様の胸に強く響いたのだった。


 そして、この三日後。

 勇者様は「生きているだけで大冒険」という言葉を強く意識することになる。

 隣の魔王城……その主に呼び出されたことで。


 考えてみれば当然の話なのだが。

 なんとなく面白げなことをリアンカの耳に入れて、その情報が魔王城に住まう麗しき兄妹に伝播しない訳がないのである。むしろ即座に情報共有されることを考えて然るべきだった。

 呼び出され、用件を聞かされて。

 その時になってから改めて自身の予測の甘さを思い知り、勇者様は深く後悔することになった。

 『冒険者』なんていう、よくわからない概念の話をリアンカちゃんにしたことを。


 勇者様を呼び出した魔王……まぁちゃんの言葉は、簡潔明瞭だった。


「よっし、面子が揃ったな。今から『冒険者ごっこ』しようぜ!」


 その日、勇者様は望んではいなかったが体験することになる。

 無駄に気合の入った、『冒険者ごっこ』を――




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