女教師達のナンパ体験談 (*性別反転学園パロ)
前話同様にほとんど会話のみ。
性別反転した彼ら彼女らの、日常的風景。
今日も今日とて先生達は、生徒がひぃこらお勉強に精を出す授業時間中に暇を持て余し、食堂で談話中。
都合よく空き時間が揃ったもの、または相方に任せてきたもの。
そもそも暇を持て余していたもの。
いつもの五人が一堂に会し、早めのランチと洒落こんでいる。
そんな中。
今日も暗い顔で、抱えた悩みに重い溜息を吐くのはALTのラン先生。
麗しいご尊顔が、影を帯びて憂い顔と化している。
それでも彼女の容色は衰えることなく、今日も一級品の美しさを誇っていた。
「おい、飯時にどうしたってんだ? ランせんせ」
「なんか悩み事ー?」
「あはは。まぁちゃんも画伯も聞くまでもないよ?」
「聞くまでもなく、ラン先生の悩み事でしたら高確率で異性関係に関することでしょう」
「ちょ……っ 教頭先生、そんな人聞きの悪い言い方は止めてほしい。まるで私が異性との関わりが派手みたいに誤解されるから」
「でも、ある意味では派手だよね」
「梨杏先生……笑い事じゃないんだよ」
「んだよ、どうしたラン先生。今日はいつになく深刻そうな面してんじゃねーの」
「………………鬱だ。明日、市街地まで出なければならない」
そう言ったきり、がっくりとテーブルの上に突っ伏してしまうラン先生。
盛大に影を背負った彼女の姿は、まるで背後霊に集られているようですらある。
「へえ、珍しいねぇ。普段っから学校以外の時間は職員寮に籠りきりであまり外に出ないラン先生が。ついにヒッキー予備軍になりつつある自覚が出来たの?」
「な……っ横須賀先生!? 私は別に好きで外に出ない訳じゃない。むしろ人目さえなければアウトドアは好きな方だし。まかり間違っても、私は引籠りじゃないからね?」
「でも外に出ないじゃん。買物だってほとんどネットじゃん」
「ありがとう、インターネット技術。あれが普及してくれていなかったら、私はもっと精神的に消耗していた。でもそうじゃない、そうじゃないんだ横須賀先生……!」
「そうだよね、ラン先生。お外嫌いじゃなくって、お外だと難があるだけだもんね」
「え、梨杏先生ってばどういうこと?」
「あっはっは、簡単だよ画伯! ラン先生、外出てナンパされまくるのが嫌だってだけだから!」
「うわー……滅べリア充」
「横須賀先生は私の私生活が充実しているように見えるのか!?」
「あ、うん、ごめん。むしろ呪われてるように見えるわ」
「わかってくれて有難う! だから誰か私に知恵を貸して下さい……!!」
切実。
そう、彼女の様子を一言で表すのであれば、それはきっと切実という言葉になったことだろう。
明日は久々の外出だというのに、ラン先生の様子は憔悴が見て取れた。
「一体何の知恵を貸せって?」
「理事長……貴女なら、きっと貴女なら分かるでしょう? ナンパされて、強引に誘われて……そんな時、一体どうしたら良い? どうしたら、当たり障りなく切り抜けられるだろう。激昂させず、執着させず、意固地にさせずに逃げる方法が私にはわからない……!!」
とうとうラン先生は頭を抱えてしまい、言動の端々からかつての苦労が偲ばれて、四人は一斉にラン先生に憐みの目を向けた。
一応、この場にいるのは皆一定水準以上に位置するものばかり。
それは顔面偏差値という意味でも同じこと。
大なり小なりナンパに関しては経験談がありはする。
それを踏まえて貴重なご意見求むとラン先生は言っているのだ。
「う~ん……私の場合は純粋なナンパよりキャッチとかAVのスカウトとかの方が多いからなぁ」
「すれ違うだけでも匂い立つんですね、貴女の卑猥臭さ」
「ちょっと律子、私だって普通にしてただけだもん。そんなに卑猥な格好だってしてなかったし。むしろなんであんなに声かけられるのか私だってわからないわ」
「あー……安奈、てめぇブラのサイズは?」
「やだ、理事長セクハラ! えっち! 65のHよ」
「って、答えるんのかよ! っつうか、65H……やべぇな、そのサイズ。それのせいじゃね?」
「画伯の胸、たっぷりしてるもんね。垂れるよ?」
「いやぁ……!! 梨杏くん、洒落にならないからやめて!?」
「貴女の発育は局所に偏り過ぎです、安奈……」
画伯のナンパ経験談でひとしきり斜めの方向に騒ぐ教員たち。
そんな中、経験談を最も求めていたラン先生が首を捻る。
「…………えーぶい?」
「あ、ラン先生は知らなくっていいよ! 別に覚えなくても良いことだからねー?」
「……?」
「え、ええと、画伯の経験談はこれ以上掘り下げるとヤバいね。ラン先生の日本習俗知識とか良識的に」
「んじゃ、次は律子な」
「私ですか?」
「お前のナンパ経験談ってなんかあっか?」
「ありませんね」
「え、まさか……律子って、一部の野郎には絶大な支持を誇りそうな外見してるのに!?」
「どういう意味ですか、横須賀先生……?」
「ひぃっ 氷の微笑!」
うっすらといっそ優しげな微笑みを浮かべる律子先生。
しかしその手には、いつの間にかフォークが握られている。
りっちゃんの今日のお昼ご飯は、イカ墨パスタだった。
「で? お前の面で本気で一度もねえってこたねぇだろ」
「本当にないんですけれど、理事長」
「…………種明かしは?」
「常に手に防犯ブザーと特殊警棒を持って歩いているような女性に面と向かって特攻を駆けて来るような勇気をお持ちの方はそうそういらっしゃらないようですよ。現代社会」
「用心が過ぎてむしろ危険人物っぽくなってんぞ、お前」
「えぇと、防犯ブザーと特殊警棒を……」
「あは☆ 待って、ラン先生。見習うなら防犯ブザーまでで止めとこ?」
メモ帳に何事か書きつけようとするラン先生の肩を、梨杏は掴んで諌め止める。
何げに身体能力が高く、また変質者ほいほいでもあるラン先生。
彼女が特殊警棒を持ち歩く日が来たら、過剰防衛を見咎められて捕まりそうだ。
……まあ捕まったとしても、まぁちゃんの裏ワザですぐに解放されるだろうが。
「チッ……顔面偏差値高めの連中が揃いも揃って碌な経験しちゃいねえな」
「じゃあそろそろ真打ちってことで、まぁちゃんの実体験を話してもらおうか」
「ああ? んな語れるような経験はしちゃいねえが……あー……そうだな、玉尾家に代々伝わる撃退法なら教えてやっても良いぞ」
「それで充分に有難いです……! ナンパも困るけど変質者だって困るから……変質者にクラスチェンジしないで済む様な方法なら尚のこと嬉しい」
「ラン先生、外を出歩いた時のエンカウント率凄いもんね。笑えるくらい」
「笑わないでくれ、梨杏先生……」
「でもまぁちゃんのお家の方針はちょっと特殊だし……実践するのも大変だと思うけどね」
「え?」
そうして、我らが大家まぁちゃんが語って下さったことには。
「まず、声を掛けられてきたらみなまで言わせるな。相手がまだ喋ってる、つまりは気が逸れて隙のある内に先手必勝。出だしで決める」
「……理事長?」
「まずは顔面に一撃、威力がなくても大抵は初っ端にそんなん喰らったらそこで怯む。ちょっと引けた瞬間を狙ってすかさず狙いは鳩尾だ」
「えっと、格闘技の試合とかじゃありませんよね? え、それ実践して……?」
「体勢が崩れたとこを狙って、叩き伏せるでも捻じ伏せるでも何でも、とりあえず地面に引きずり倒す」
「取り敢えずでなんてことを!? それ普通に暴力沙汰じゃ……っ」
「そこで終わりじゃねーぞ? 立ち上がれない程度の力加減で、相手の頭を踏みつけながら力関係をしっかりと脳裏に焼きつけさせんだよ。具体的に言うとなるべく威圧的な言葉で「なに? 私と遊びt――」」
「まぁちゃーん、そのへんにしとこっか? ラン先生がエクトプラズム分離させちゃいそうだからー」
「あの光景って立派な『女王様降臨』にしか見えないよね、お陰で筆が進むのよね☆」
まだ全てを語り終えた訳ではない。
しかし拝聴していたラン先生の良識に限界が来たため、まぁちゃんの隣にいた梨杏と画伯がストップをかける。
「代々……っこんなのを、代々! なんで傷害事件に発展しないんだ!? 理事長、貴女の経歴は白くないんじゃ……」
「あ? 失礼だな……経歴に傷はないぜ? 傷はな」
「ラン先生、非常に残念ですが……公式記録に残らなければ、白いままなんですよ」
「日本の警察は何をしているの……!!」
「ばぁか。被害届けが出ねぇのに対処するはずねーだろ」
「そもそもそれ以前に、まぁちゃんに声かけて撃退されちゃった人達って悉く下僕化するもんねー……誰もまぁちゃんを訴えないどころか、警察内部ほか関係各所に食い込んでまぁちゃんをバックアップしちゃってるから」
「それで良いのか、公共機関が!?」
「取り敢えず出会い頭に声かけてきた奴は〆る。〆たら既に軍門に下った奴らに任せる。これで一週間もすりゃ他の奴らに徹底的にルールを仕込まれて従順で忠実な下僕化すっからな。最初の一回さえ私がどうにかすりゃ後は他人任せで良いんだから楽なもんだ」
リアル女王様が、ここにいた。
それがSM的な意味ではないことが、より一層の恐怖を煽る。
なんだ、ここは彼女の一大統治国家なのか
「ストーカー化する恐れがあるなら先に下僕に堕とせば良いなんて凄い発想だよ。まぁちゃんの御先祖様」
「それなりに苦労でもあったんだろ。ひいひい爺さん直伝の対処法だかんな。潰えてねぇってことは代々それなりにお世話になってんだろ」
「こんな調子だからまぁちゃんって、ちょっとした非合法組織率いちゃってる感じなんだよね」
まぁちゃんがどうやってナンパに対処しているか。
それを懇切丁寧に教えて差し上げたら、ラン先生は頭を抱えてしまった。
「信じられない……日本は治安の良い国じゃなかったのか?」
「治安? 良いよ、基本的には」
「理事長の下僕共も社会的ルールには従うよう規律立ててありますから、風紀的にはほとんど無害です。気にしなければ空気のように気になりませんよ」
「どうしてそこで気にせずにいられる……? おかしい。絶対に頭がおかしいよ、理事長」
「そこで堂々と面と向かって言っちゃうラン先生もよっぽどじゃない?」
苦笑する同僚達に囲まれ、ラン先生はこの学校に籍を置く教師達がおかしいと改めて感じていた。
しかし改めるまでもなく、この学校の教師はおかしい。
そんな中に自分もしっかり加わっていることを、彼女はまだ自覚していない。
「――そういえば、参考までに伺いたいのですけれど。ラン先生はどのような体験を?」
「………………え、聞きたいと?」
「何となく予想は付くけど、ちょっと気になるよね~。私も自分の想像が合ってるのか、それとももっと酷いのか気になるなぁ☆」
「聞いてもつまらないと思うけれど……腕力を使って強引な連れ込み事件に発展しかけたこと、83回。殺傷力の認められる各種刃物を突きつけられる脅迫事件に発展したこと47回。自分の命を張っての脅迫は95回、あと無理心じゅ……」
「ストップストップ、もう良いよ!」
「お前、なんか変な呪いでもかかってんじゃねーの?」
「それもうナンパじゃないよ!」
「よく今まで無事で生き延びられたよね……」
「私は大丈夫だったんだけど……ボディガード達は凄まじい激務だったとだけ言っておく」
ラン先生はそれ以上何かを言おうとはしなかった。
だが、遠くをぼんやりと見つめる眼差しの中には、哀しい何かが秘められている。
それは何とも言い難いナニかが淀んで濁った光を放っていた。




