新たなる竜の生まれた日7 ~ハッピーバースデイ~
割を食ったまぁちゃんの話。
新しい朝が来た!
希望の朝が!
訂正:まぁちゃんにとっては、絶望の朝が。
その日、まだ夜の明ける前のこと。
かすかに空の色は闇を薄めつつも、未だ日の昇りは遠い。
そんな、時刻に。
「……………ん…むぅ………んぅー…?」
違和感を感じて、まぁちゃんの意識は急速に浮上した。
ごそごそ、ごそごそ。
何かが蠢き、もぞもぞと動き回る気配がする。
それも、この腕の中。
布団の、中で。
「ん……りあんか、せっちゃ……? ………はっ!?」
一瞬、リアンカやせっちゃんかとも思った。
だけどどうやらサイズが小さいと思い至った瞬間、異常を察知して目がばっちり冴える。
咄嗟に上半身を起こすと、掛け布は腰の位置までずり下がる。
闇の中、凝らすまでも無く夜目の利く目は、掛け布の不自然な膨らみを目に捉える。
冷や汗が、だらだらだらりと流れ出た。
もぞもぞ、もぞもぞ。
ナニかが、動いている。
最初は何かと、不審な思い。
そろりと掛け布を、ゆっくり小さくめくって………
見てはいけないものがちらりと見えて、まぁちゃんは即座に掛け布を掛けなおした。
一瞬、此方を見ようと僅かに動いたその物体は…
艶々ときらめく、水色の鱗を持っていた。
目が合う前に強引に掛け布を被せ直した自分の反射神経に、内心で拍手ー!
「こ、これは………って、あ゛」
記憶の中を検索した結果。
まぁちゃんは昨夜の己を襲った事件を思い出していた。
寝起きのとろけた頭は、急速大回転!
それでもどうしたもんかと途方に暮れた。
「あの卵の様子だと…孵化なんてあと五年は先だったはずなのに」
竜の卵は、孵化するのに数年かかる。
真竜の卵は、育まれる赤子の気が現世に馴染み、器が安定するのにかかる年数も格別だ。
見た感じ、リアンカ達が拉致って来た卵はまだ未熟。
少なくともあと五年は、卵のまま孵化など遠いはずだった。
な の に
今、魔王子の布団の中では、きっちり生まれた子竜が動き回っている。
その体のどこにも、未熟な部分は見当たらない。
きちんと発達し、赤ん坊として完成した姿。
孵化しても異常などどこにも見当たらない、健康な赤ん坊がいる。
「何の奇跡だ…」
よりにもよって、こんな場面で起きなくても。
絶望深く、まぁちゃんはそう嘆いて腕に顔を埋めた。
しかし、いつまでもこうして嘆いている訳にも行かない。
いよいよ活発になってきた子竜達に、危機感を覚える。
真竜の子竜は、遥かなる古代より続く野生の本能と習性を、未だに色濃く継いでいる。
つまり、刷り込みするのだ、この大きなトカゲさんは。
生まれて最初に目の遭った個体に、無条件に懐いてしまう。
弱肉強食、強いものが弱いものを淘汰し、合い争う。
そんな世界で生きていた頃の、習性。
子が親に逆らわず、親が子を円満に育てるための。
生まれて最初に上下関係を刻み込む、そういう習性だ。
不思議と子竜同士でこの習性は発動しないらしいが………
厄介なことに、子竜同士でなければこの習性は、多種族にも有効なのである。
【竜の谷】では孵化の近づいた卵は別室に移され、誕生を待つらしい。
しかし予想外のタイミングで生まれた事実と、魔王城という無防備な環境。
この中で、子竜の自尊心を守るのはかなり厳しい。
とりあえず自分が刷り込みを発動させない為に、寝台から滑り出る。
大きな動きに気づいた子竜が、続こうとしてか動きを見せるが…
どうやらシーツと掛け布が手足に絡んで、充分に動けないらしい。
布の下でもだもだと、藻掻く様に短い手足でばたばたしている。
無用心に出てきてしまわぬように、まぁちゃんは念入りに子竜達を掛け布で包み直した。
一応、布の端を縛って袋状にしてしまう。
「ふぅ………これで、出られまい」
後はこの状況を如何にキープし、【竜の谷】に返還するかだが………
卵の頃とは、訳が違う。
今や誘拐被害者は自由に動き回り、行動する体を持っている。
問題なくいけるだろうかと、まぁちゃんが不安に駆られた時。
更なる不安を運ぶ、不吉な足運びが寝室の外から聞こえてきた気がした。
『まぁちゃ、もーおっきしてるかなー?』
『りゃんねー………せっちゃ、ねむねむにゃのー…』
お子様達だ。
戦慄とともに、魔王子様の背筋を氷柱のような冷や汗が滑り落ちた。
そして、まぁちゃんの気遣いを無に帰す形で。
悲劇は、起きる。
「あー! あかちゃんだー!!」
「ちっちゃいとーげちゃん♪」
「待て! リアンカ、せっちゃん、待て!! ……………あっ」
こうして、二人の女の子は将来それぞれの使役となる竜と出会った。
赤い果実が夕日よりも色鮮やかにたわわと実り、恵み多き潤いに満ちる月。
真竜の誰もが祝福した、とある夫婦が婚礼を挙げた翌々日。
この世に、異例の事態として二頭の真竜が誕生した。
後に魔王と呼ばれる少年の、苦労と気遣いを無駄にして。
その後、少年は両親とお目付け役により、年長者の責任としてこっぴどく叱られた。
元凶の一人であるリアンカの父である村長は、そんな少年に土下座で侘びを入れたという。
後一話、補足をつけて子竜誕生話は終わります。




