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新たなる竜の生まれた日6 ~闇に包まり、夢を見る~

 ずっと、狭苦しいここ(・・)でじっとしていた。

 変化も無い、起伏の無い毎日。

 ずっとずっと、息苦しいここ(・・)で身を丸めているだけ。

 日に日に過ぎていく時間を切なく思っても、動くことすらできない。

 退屈で、退屈で、退屈で―――

 気が狂いそうなほど、時間は変わりなく過ぎていく。

 毎日って、一日っていつからいつまで?

 朝はいつ来るの? 夜っていつのこと?

 まだ目で見ることの叶わない世界は、どれほど美しいのだろう。

 想像すら出来ない美しい世界を、この目で見るためにみんな生まれてくる。


 そう、それは、この身動きもままならない自分も………



 だけど、それまではまだ間がありすぎる。

 時間の概念さえも掴めないのに、それだけははっきり、この身に知れる。

 まだだよ。

 まだまだ。

 まだ、体は出来上がっていない。

 まだ、時間を費やさなくちゃ。

 まだ、まだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ―――


 それって、いつまで?




 いつまでなんて、わからない。

 ただ、この身の準備が整うまで。

 今日より、明日。

 明日よりも、明々後日。

 この身は日々、出来上がっていく。

 この身は毎日、完成に近づいていく。

 だけど、完成がいつになるのか。

 いつになったらこの身を出来上がったといえるのか。

 それが、それ自体が、この身を有する自身で分からない………


 いつになったら、この世界に変化が訪れるのだろう。

 ゆったりと出来ていくこの身は、完成するのだろう。

 見ることも想像することも叶わない先々に、気が狂いそうだと何度思ったか…

 

 変化の無いことを惜しみ、時の流れの掴めぬ身を悲しみ、何も出来ないことを嘆いた。

 でもそうしていたって、何も変わらない。

 そのことを何度も、何度も何度も何度も何度も突きつけられる。

 突きつけられて、磨耗する。

 何が?

 分からないけれど、まあるいしろい、やわらかい何かが……

 それが心と呼ばれるものであることすら、この時点では知らなかったけれど。

 それが壊れていくことが、どうしようもなく恐ろしいことなのだと知っていた。


 わかっていた。

 これは、みんなが通る道。

 みんな、みんながこの変化のない白い闇に耐えて生まれてくる。

 この身は完成したら、とてつもなく強くなるだろう。

 出来上がったら、比類なく強靭な一族に名を連ねることになるはずで。

 そうして、その肉体に相応の精神を持ち得るために。

 こうして、生まれる前からみんな過酷な練磨に耐えている。

 耐えることができなければ、一族の若子として生まれる資格すらない。

 そういった子は得てして、生まれる前に死んでしまうのだと。

 本能に近い部分で、知っているからみんなは耐える。

 我慢できずに死を願ってしまう前に。

 誕生を待っていてくれるはずの、美しい世界を瞳に映すことを待ちかねながら…


 でも、それは物凄く孤独で。

 たった一人、見ることの叶わない世界を夢想しながら、どうしようもなく寂しくて。

 誰一人触れ合うこともできない。

 言葉を交わすことも、視線を交わすことも、同じ空気を味わうことも。

 誰もが同じ闇に耐えているけれど、誰もが恐怖を共有できない孤独の中。

 一人ぼっちの悲しさに、押し潰されそうになりながら。

 それでも折れてしまわないように、噛み締めるような思いで耐える。


 ああ、本当に気が狂いそうだ。

 もう何度、そう思ったのかは本当に分からないけれど………



 変化の無い日々、起伏の無い毎日。

 退屈と、孤独と、悲しくなるほどの寂しさと。

 誰も触れ合ってくれない、言葉をかけてくれない。

 交流なんて出来ない。

 ああ、何も変わることの無い時間が、今日も過ぎてい―――


「うわぁ………きれーい!」


 ―――か、なかったようだ………今日は。


 この身を包む、闇の外。

 今まで聞いたことの無かった、それ。

 無音の闇を切り裂いて、この身に届く。

 自我を有して初めて耳にする、他者の………『声』。

 声、と認識した音が、この身を真っ直ぐ貫いた。


 ぽぅっと、胸の奥。

 気が狂いそうな退屈と孤独の日々の最中で。

 恋焦がれるように求め続けた『変化』。

 それがこの時、誰にとっても想定外の機会を得て訪れたのだと。


 ………そして、この『変化』はこの時を逃せば、もう二度と掴めないのだと。


 卵の中、孤独と不安の闇の中。

 耐えることのみを課せられていたこの身は、誰かの温もりに飢餓を感じていて。

 それを満たす手段が、目の前にある。

 それをどうして逃せようか。

 

 つかめ。

 

 遠慮も、躊躇いも無用。

 逃したくないのなら、今、このとき。

 どんな手段を持ってしても、気を引け。

 つかめ、掴めと。

 胸の奥、心臓の鼓動と同じ脈拍を打つ声がする。

 まだ生まれてもいないこの身の、奥底に眠る本能。

 それが、狩猟と闘争に生きた古代の血が、叫ぶ。


 さあ、今、いまを持って。

 目の前の機会を果実のようにもぎ取り、手に入れろと―――



 卵の中の、手も足も出ない身ながら。

 切実なまでの渇望に突き動かされ、この身は制御できない衝動に取り込まれていた。






   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ 



「あー………酷ぇ目に遭った」


 おやすみなさいの枕を抱え、子供たちはベッドに行く時間。

 お布団にもぐっておやすみなさい!

 お月様にさよならしよう。


 …と、メルヘンに言ってみたが。

 要は就寝時間だ。

 時間制限という世知辛い現実に追いやられ、子供たちはベッドに押し込められつつあった。

 夕飯の後、だらだらととどまっていたリアンカちゃんも、結局お泊り決定! 

 魔王城においてあるマイ枕とうさぎのぬいぐるみを抱えて、誰かの布団にもぐりこむ気だ。

 今夜はまぁちゃんの寝床に狙いを定めたのか、まぁちゃんの寝巻きの裾を握りこむ。

 自分の部屋を持っているせっちゃんだって、同様に。

 お気に入りのアリクイのぬいぐるみ片手に、まぁちゃんの手を握っている。


 このまま三人は、一緒のベッドに入ろうとしたのだけれど………


「………あ」

 

 掛け布をめくって、まぁちゃんが固まった。

 そこには、堂々と鎮座する二つの卵。


 まぁちゃんは今の今まで、その存在をすっかり忘れていた。


 窓の外をちらりと眺めやる。

 もう既に日は遅く、夜の月も眠たげだ。

 このまま、これから外に向かうのも、明日改めて出かけるのもあまり変わるまい。

 何より、こんな夜更けに警備の厳重な魔王城を抜け出すのは、何より面倒だ。

 それにそんなことをしようものなら、隣にいるこの二人が騒ぎ出すだろう。

 曰く、

「一人だけどこいくのー!? まぁちゃんだけおでかけずるーい!」

「せっちゃーも! せっちゃも、いくぅ! あにぃ…つれてって、にゃのー!」

 ………子供って、深夜徘徊とか真夜中の冒険とか好きだよね。

 雰囲気で抜け出そうと一瞬考えたのを敏感に察知したのだろう。

 そのあたりは、普段からつるんでいる付き合いによる杵柄か。

 まぁちゃん一人に楽しそうなことはさせまいと、幼女達はまぁちゃんの寝巻きを左右からぐいぐいと引っ張った。その力は幼児でも、遠慮がない分寝巻きが伸びる伸びる。

 布面積の少ない寝巻きがよれよれになる前に、まぁちゃんは降参の手を上げた。

「わかったわかった! 置いてかない! いやむしろ出かけねーから!」

「「そこはいこーよ」」

「お前らホント仲良ーな! だが寝ろ。お子様の健やかな成長には睡眠が必須だ。だから寝ろ」

 流石に何日もつれまわした後。

 本人達に自覚は無かろうと、その体は疲労が溜まっているはずだ。

 それを気づかずに動き回り、疲労が振り切れれば………

 それが幼児にどれほど負担か、考えるまでも無い。

 幼い子供に夜更かしなど以ての外などと、言うつもりはないが。

 無理をさせすぎるつもりも無いまぁちゃんは、二人を抱えてぽんぽんと背中を叩く。

 たったの腕二本でお子様二人を抱えてあやせるまぁちゃんは、かなり器用だった。

「ほらほら、ね~むれ~」

「うぬぅ…おのれ、子守唄め………我が睡魔をぞうちょうさせおって…」

「ねむねむ~あさきゆめみし、よいもせずー………」

「………こいつら、ホントこういう台詞どこで覚えてくんのかねー?」

 主に魔王城からだと思われます。

 お子様の謎多き語彙に首を傾げながら、まぁちゃんはゆらゆらと体を揺する。

 自然と眠たくなってくるリズムは、既に骨身に刻み込まれている。

 重たい瞼がパッチリ閉じて、開かなくなって。

 小さな口からむにゃむにゃと、意味の判別できない音がこぼれる。

 寝息とも寝言とも言い切れない声に苦笑しながら、少年は寝室からそっと忍び出た。

 向かう先は廊下を越えて、せっちゃんの部屋。

 一緒に寝ても良かったのだが、流石に幼児様達の寝相は不安が多すぎる。

 一言で言えば、豪快だ。

 それでも一緒に寝るくらい、常のまぁちゃんなら何とも無いのだが…


 不覚にも、今夜は寝台の中に大事な卵がいる。

 決して割ってはならない、宝ともいえる卵が。

 万一にも割ってしまえば、引き起こされる大惨事は………


 魔王子の広い寝台だからと、油断は出来ない。

 身軽にころころ転がるお子様達は、縦横無尽。

 スペースに余裕があるからと油断して、卵を叩き割るか床に落として割られては…

 恐ろしい想像に、齢九つの少年は自然と身震いぶるり。

 不安を無視することも出来なかったし、無謀に走るのも辛い。

 ここは慎重に行動してこそ吉だと、まぁちゃんはせっちゃんの部屋へさっさと向かう。

 女の子にはしゃいだ両親の功績により、その部屋は全体的に乙女の夢を具現している。

 広い寝台は使用者がいくら寝返りをうとうとも、揺るぐことは無い。

 丁寧に二人の女の子を寝台に下ろし、まぁちゃんは掛け布をしっかりと胸まで掛ける。

 それから白いレースと絹で作られた天幕を引いて、二人におやすみなさいのご挨拶。

「よしよし」

 小さな二つの頭を軽く撫でてから、まぁちゃんは退出し…

 

 そして、大いなる問題の残された自室へと引き返した。


 正直言って、見なかったことにして現実逃避をしたい。

 しかし目を離してもしもがあったら…その恐れが、少年の足が逃げるのを許さない。

 証拠隠滅と事件の隠蔽の為、明日になったら卵を【竜の谷】に戻しに行くつもりだ。

 勿論、こっそりと。

 だけどそれまでの間に見つかり、見咎められては堪らない。

 少年にとって、一番安心できる場所はどこか?


 それは、考えるまでも無い。


「仕方ない…」

 しぶしぶ、溜息を一つ。

 はふっとついて。

 リアンカやせっちゃんがやらかした諸々の後始末はまぁちゃんのお役目で。

 そして本人も、そのことを当然と思っていて嫌がったことなど無いから。

 今回も当然のように、疑問に思うことも無く自分がしなくてはと算段を立てる。

 明日の計画をつらつらと練り上げながら。

 少年は自分も寝台に滑り込むと、天蓋を下ろしてから掛け布を自分の胸まで引き上げて。

 当然、二つの卵を自分が抱くような形になってしまったけれど。

 幸い、自分の寝相は悪くなかったはずと記憶の彼方に確認を取りながら。

 明日は使用人が起こしにくる前に絶対に起きようと、早起きを志す。

「日の出までには起きないとなぁ…」

 うとうとと、睡魔が襲い掛かってくる。

 眠気という怪物への抵抗は、子供の体では虚しいばかり。

 早々に白旗を揚げて、まぁちゃんはゆっくり瞼を閉じる。

 リアンカやせっちゃんと眠る時の癖で、ついつい動く体。

 胸の内にいるものを、守ろうと自然と振舞ってしまう。

 庇うように、守るように。

 まぁちゃんは二つの卵を抱きしめて、遠い夢の世界へ旅立った。



 その夜見た夢は、虹色の黄金郷(エル・ドラード)

 キャラメルとキャンディで出来たモルフォ蝶を追い掛け回すリアンカと、せっちゃん。

 その二人が奈落へ向かうのを、ぎょっとした顔で捕獲するというものだった。


 当然の如く、うなされた。



 

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