とある女魔王の鬱
「3」に置いていた番外編の一つです。
内容はマルエル婆がお仕えした、まぁちゃんの曾婆ちゃんについて。
妾は女魔王、名はセネアイーディ。
年は妙齢28、女としても艶やかな花の様に咲き誇る頃合い。
…の、はずであったが。
結婚とは義務。子を残すことは宿命。
であるのに…
妾は未だ、独身であった。
何故じゃ。
「--いや、原因なんて、明らかじゃん?」
「あ、五月の蠅が」
傍らの部下がとても五月蠅いので、鳩尾に一撃くれてやったわ。
とある女魔王の鬱
こんなにも麗しく、力強く、麗しいのに。
何故誰も、妾の婿に成りたがらぬのか。
魔王の配偶者になろうという、猛者はどこかにおらぬのか。
誰にも負けぬ魔境最強の名を女の細い肩で背負い、支配する日々。
そんな妾を唯一人、慈しみ支えてくれる者を切実に求めておるのに。
悩んでも分からぬので、意識調査を部下に命じた。
命じたら、城内の男子を対象にアンケートをとっておった。仕事が速い。
アンケートの題はそのものズバリ「当代魔王陛下の婿になりたいか」。
ちょいとズバリすぎやしないじゃろうか。
しかし、期待もある。
もしかしたらこれで原因が分かるかもしれぬし。
それにもしかしたら、婿になろうという猛者がいるかもしれぬ。
妾の胸は、期待に膨らんだ。
「…いや、期待に膨らむ胸なんてないでしょ」
「あ、五月の蠅がまた」
傍らの部下がまたまた五月蠅かったので、今度は臑を蹴ってやったわ。
悶絶する部下を横に、妾の侍従がアンケートの集計を出してくれた。
さてさて、何が書いてあるのかのう…
「あなたは当代魔王陛下の婿になりたいと思いますか」
集計結果:Yes 13票 / No 8691票
「………………」
「うわぁ…ちょっと露骨すぎますね。分かりますけど」
「何故じゃ!?」
妾は急いで、理由の欄に目を走らせた。
そこには、アンケートに書かれた理由で多かったものが書かれておるが…
「Noと答えた人に質問です。率直な意見で理由をお聞かせ下さい」
・ 変態にはなりたくないから
・ ロリコンの汚名を被りたくないから
・ 傍目の印象から罪悪感が半端ないから
・ 倫理的に手を出したらヤバイと思うから
・ ツルペタには興味がないから
……………ets.
「……………………………」
「ちょっと率直すぎね?」
「………おい、誰か。ちょっとコレ書いた奴を燃やしてこい。
特に、忌まわしいロリなんとかとツルなんとかの単語を書いた奴」
妾は断じて、ロリなどではない。
妾は28歳の、妙齢の大人の女なのじゃ…。
………ちょっと見た目の成長が、著しく遅いだけじゃ。
「まあまあ、元気出してくださいよー陛下。
それでも婿大歓迎って答えた物好きなペド野郎が13人もいるじゃないですか」
「………くっ」
投げやりな部下の励ましが、心底煩わしい。
歯がゆい思いをしながらも、しかし一縷の望みを感じるのも確か。
妾は気力を振り絞り、不本意ながらアンケートの少数意見を読みあさった。
「Yesと答えた人に質問です。率直な意見で理由をお聞かせ下さい」
・ 永遠の幼女! 正に理想です
・ お人形さんの様な姿を、ガラスケースに収めて保管してしまいたい…
・ 貧乳派なので
・ まるで幼気な子供を相手にする様で、とても興奮する
「………全てホンモノの変態ではないかあああっ!!」
「あ、陛下! 破いちゃ駄目ですよ!
これ、書いた奴らが何かやらかした時の裏付け材料や調書に使うんですから」
「ええい! 誰ぞ、これを書いた者共を刻んで参れ!!」
「駄目ですよ、まだ罪も犯してないんですから! 刻むのは性犯罪に走った後です」
「それまで待っておったら、妾の身が危ないわああっ」
「自衛して下さいよ、魔王陛下なんですから」
「自分が守ろうという意欲はないのか、この側近!」
「えー…ちゃんと守ってますよーぅ。主に風評被害から」
「…それは大変有難いが、風評以外からも守ってくれ。主に物質的な危機から守ってくれ」
「だって陛下、私よりずっと強いじゃないですか」
「それでも必ずしも隙がないとは限らぬのじゃから、護衛する意思を捨てるでない!」
「陛下は充分用心深いので、護衛は正直必要ないと思います」
「もしかしたら妾の父君様の様に、思わぬ所で命を落とすかも知れぬじゃろうが!」
「あれ、陛下の父君ってなんで命を落としたんでしたっけ?」
部下がきょとんと、妾を見下ろしてくる。
ええい…見下ろすでない。
不満たらたらに睨んでやるが、心の臓腑が図太い部下は全然堪えぬ。
それが忌々しくもあり、羨ましくもあった。
妾は今年で在位20年。
実に8歳から魔王の座に君臨し、最強の名を守り続けてきた。
幼少から魔王として努めておるが、前任にはしかしそれでも敵わぬ。
前任…先代魔王は、妾の父君様であった。
そして父君様は妾が幼少の頃、不慮の死を遂げた。
魔王を退治せんと城まで攻め入ってきた勇者と戦っていた最中のこと。
不幸な事故であった。
妾8歳の夏。
城に勇者が来た。
小麦色の髪と茶色の目をした勇者であった。
「魔王! 勝負だ…!」
勢い飛び込んできた勇者は、挨拶も無しの第一声で挑戦を叩きつけてきた。
幼い妾を膝に乗せ、あやしながら父君が左手を挙げる。
ゆったりとした、余裕そのものの動き。
妾の相手をしながらじゃったから、どうにも面倒そうではあったのじゃが。
柔らかなものなど何処にもない、冷たく整った顔。
表情などという余計なものは微塵もない。
クールな父君様は、誰よりも美しかった。格好良かった。
妾の理想であり、目標の体現者であった。
父君様の手指が閃き、冷たい輝きを宿した闇が迸る。
闇は「どひゅんっ」という音を後に残し、勇者の髪を掠めて飛んだ。
強弓よりも尚早く、誰よりも強い魔法の力が駆け抜ける。
父君様の放った魔法は勇者の真横を通り抜け、城の壁に穴を空け…
--遠方の山を消し飛ばした。
父君様の一欠片の慈悲が込められた、威嚇射撃であった。
その威力を確かめる様に一つ頷き、視線を流して勇者に向ける。
「--で?」
勇者にかけられた一声には、つまらなさそうな響きが込められていた。
勇者の顔色は蒼白になっており、何かが紙の様に薄っぺらく希薄になっておった。
多分薄くなっておったのはやる気とか根性とかその辺じゃと思う。
ぎりぎりの顔をした勇者は、振り絞る様な声で言った。
「……………つ、釣りで、勝負だ!」
何が勇者を駆り立てたのか、釣りとの言葉に空気が止まった。
その勝負に何故に父君様が乗ってしまったのか……
幾ら考えても、妾には未だにわからない。
父君様と勇者は、濁流に呑まれ姿を消した。
以来、その姿を見た者はおらぬ。
妾の即位後、初の仕事は大変に妾の頭を悩ませた。
それは、父君様の墓碑に刻む文言について。
幼子が考えるには難しすぎる。
しかも末尾に死因を刻むのが伝統じゃ。
………凄まじく、難題であった。
『魔王、釣り勝負の最中、河に落ちて死す』
そんな身も蓋もない文章を刻まずに済む様、国中の賢者を妾は集めた。
そうして助言を受け、何とか円滑かつ遠回しに事実をぼかした文言を考え出した。
妾の20年に及ぶ在位期間中、最も難しい問題であった。
見届け人として試合の判定に付き添った者が言う。
あんな大物は、後にも先にもあの時以外に見たことはない。
釣り上げられる姿を見られなくて、無念でならないと。
いや、獲物はどうでも良いから助けぬか。何故そこで魚を気にするのじゃ。
父君様の命を見失うた愚か者は、妾の即位後、責任を取らせて斬首した。
何故か満ち足りた顔であったのが腑に落ちん。
妾は魔王の地位につきつつも、亡き父君様を偲んで時に枕を濡らした。
最初は純粋な悲しみと、寂しさからじゃ。
じゃが、しかし。
それがいつしか悔しさと苛立ちにとって変わってしまうとは。
数年が経過し、明らかに成長していない己の異常性を理解するまで思いもせなんだ。
妾の成長は、父君様の死と共に止まってしもうた。
そこに父君様の呪いが…
ご本人でさえも思いも寄らぬ、埒外の呪いがかかっていようとは。
父君様が生前、妾を膝に乗せて度々言うことには、
『姫よ、そなたはもう暫く余の可愛い小さな姫でいよ。--余の目の届かぬところで、大きくならずとも良い』
その言葉には実子への慈しみだけが込められ、深い意味は無かったじゃろうに。
強すぎる父君様の魔力が、ただの言葉に力をもたらした。
父君様自身すらも与り知らぬ所で、力を持った言葉が勝手に働き出す。
父君様が命を落としさえしなければ、問題はなかったじゃろう。
父君様が見守っていてくれさえすれば、それは目の届くところでの成長じゃ。
じゃが、死んでしもうては目など届きようもない。
妾の身体が一向に成長せぬのは、父君様の何気ない言葉故。
そうして妾がその呪いを跳ね返せぬのは、未だ妾の魔力が父君様を越えぬ故。
成長さえすれば、全てが上手くゆくというのに。
妾は未だ、父君様を越えられずにおる。
慕っていたはずの父君様を恨めしく思う程。
妾は婿問題を阻害する幼さが恨めしい。
妾は一日千秋の思いで、我が身の成長を渇望するしかなかった。