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まぁちゃんの3分じゃ済まないクッキング ~勇者様困窮編~

以前の「Mr.バレンタインの惨劇」の続編になります。

さてさて、あの時タイムアップしてしまった勇者様は…?



 村中を賑せた過日の騒動(イベント)、『バレンタイン』から約一月。

 当日中にイベントに乗り切れなかった少数の為に。

 そして当日の『お返し』を望む者たちの為に、新たなイベントが設定された。

 バレンタインから丁度一ヶ月後。

 村長さんの好きな花の色にちなんで、『ホワイトデイ』と名付けられた日。


 その、前日。

 勇者様は頭を抱えて作業机に突っ伏していた。

 手元には、編もうとしつこく努力した末に訳のわからない末路を迎えた草。

 腕輪になる予定だったそれを握って、勇者様は途方に暮れる。

 

 感謝には言葉を。

 友情には腕輪を。

 恋情には花一輪。

 そして愛情には菓子籠を。


 過日、勇者様はリアンカから腕輪と、カードと、そしてお菓子をもらっている。

 そのお返しも兼ねて腕輪を作ろうとしたが…

 結局、一か月経過しても腕輪は形にならなかった。

 一応、不器用ながらも何度か完成らしき姿になったことはある。

 しかし勇者様の美意識は納得できず、妥協を許さなかった結果、明日が当日だ。

 このままでは、一か月の猶予も意味がなくなってしまう。


 勇者様は恥を忍び、誇りを捨てる覚悟をした。



「まぁ殿、助けてくれ」

「そこで俺かよ」


 まぁちゃんは、呆れた顔を隠さない。

 途方に暮れた顔の勇者様が、深く頭を下げる。

 腰の角度は直角90°だ。

 わざわざ魔王城まで麗しの魔王様を訪ねてきた勇者様。

 器用なまぁちゃんならできるはずと、無言の信頼を前面に押し出してじっと見つめる。

「はぁ…」

 勇者様の眼差しに、魔王様は溜息一つ。

 肩を竦めて、こう言った。

「ここじゃなんだから、奥に来い」

 なんだかんだ面倒見の良い長男(おにいちゃん)気質な魔王様は、年少者の頼みを無碍にできなかった。


 そうして、草の編み方指導をすること暫し。

 まぁちゃんは、本格的に呆れていた。

「おまえ…」

「……………」

 勇者様の手には、草の残骸。

 籠一杯に積んで来ていた緑の葉っぱが、みるみる減ってこの様か。

「不器用って訳じゃねぇのにな、お前……なんでこうなんの?」

「やっぱり、やりつけてないことが原因かと…」

 生産性のあることや、家事など。

 そういうことをこれまでやったことがほぼ皆無の勇者様。

 魔物や魔獣、獣の解体は上手いが料理ができない彼らしい。

「花を編んだりとか、木を彫って組み立てたりとか、そういう遊びはしてこなかったのかよ」

 自身の幼少期を思い出して眉を寄せる男二人。

 己の過去を振り返り、勇者様は結論を述べた。

「暇があれば、強くなるために体を鍛えていたから…切実な理由もあったし」

「野遊びとかしなかったのかよ?」

「人間の権力者の子供っていうのは、結構面倒なんだ。護衛が何人も必要になるし、大人の目が離れる場所には行けない。それもあってあまり外遊びはしなかった気がする。

(たま)に森なんかに行った時は狩りの練習とかばかりだった」

「生産性のない奴…」

「まぁ殿が生産性ありすぎるんだ。魔王なのに」

「生産性のある魔王、バトゥーリ21歳」

「…まぁ殿、俺をからかっているんだな? つまり、そうなんだな?」

 まぁちゃんの襟を、勇者様が掴み上げる。

 まぁちゃんはそれに余裕の笑みを浮かべているばかりで、歯牙にもかけず。


 つまり、勇者様は正真正銘本格的なモノづくり初心者である。

 草の腕輪は、ほどけてバラバラになったりしないように作るにはちょっとしたコツがある。

 そのコツは、村人だったら幼少期の遊びを通じて会得しているものだが…

 コツも何も、その存在すら知らない勇者様は苦戦し通しだ。

 こりゃあ、徹夜仕事かとまぁちゃんは覚悟した。


 黙々と、まぁちゃんの指示通りに草を編む勇者様。

 勇者様の現状を理解したまぁちゃんの指示は細かい部分にまで及ぶ。

「そこ、草が千切れないように慎重に、かつ優しく力を込めて引きしめろ」

「優しく力を込める?」

「草が千切れないようにな」

「………」

「言ってる傍から千切れるだろうが!

そうじゃなくて、じっくり、ゆっくり、ぎりぎりと僅かずつ力を込めるんだよ」

「こうか…?」

「そうそう……って、気を抜くんじゃねぇよ! 反対側が千切れそうだろ」

「くっ…難しい」

「ぶっちぶっちに千切ったら、腕輪にならねぇだろ」

 勇者様は、額に汗を浮かべて腕輪制作に根を詰めていた。

 次第に、指導するまぁちゃんもそれに引き込まれていく。

 

 そしてとうとう完成した頃には、とうに深夜を回っていて。


「かん……せ、い…」

「おおぉ!! やったじゃねぇか!」

「やった…。やった、まぁ殿……!」


 まだどことなく歪ながらも、どこがおかしいとは言えない形。

 完成した腕輪は、勇者様の手によって作られたにしては整っていて。

 完成したと言い切れる程度にちゃんとしていた。


 野郎二人は肩を叩いて喜びあう。

 そして緊張に集中を重ねて作業していた為に摩耗した神経。

 こみ上げる眠気の命ずるまま、二人はその場にひっくり返ってしまった。

 気を失うようにして眠りについた二人。

 勇者様の手には、しっかりと完成した腕輪が握られていた。



 そして、当日の朝である。


 魔王城に泊まり込んでしまった勇者様と、それに付き合った魔王陛下。

 二人が仲良く朝食を共にしている時。

 ふと、何気なくまぁちゃんが尋ねた。


「そういや、お前。腕輪以外に何か贈んねぇの?」

「え?」


 口をつぐんで、互いの顔を観察し合う二人。

 結論に達したのは、同時で。

「つまり、用意してないんだな」

「ああああああっ どうしよう!?」

 腕輪にかかりきりになるあまり、他のことを考えていなかった勇者様。

 しかし彼に贈り物をしたリアンカは、少なくとも他にカードと菓子をつけているのだ。

 それに、まぁちゃんが付け加える。

「お返しや仕返しは十五倍返しが常識だろ?」

「それどこの常識だ! 十五って数字はどっからきた!?」

「伯母さん…リアンカの母さんが前に言ってたぜ?」

「ってことは、確実にリアンカにもその考えが植え付けられて…!?」

「あー…リアンカは意外にその辺、気にしやしないと思うけどなー」

 勇者様のハードルが、無情に上がった。

「とにかく、何かないか考えてみる…」

 そう言う勇者様の口調は、ぐったりしていた。



 リアンカの家で準備してもネタばれになるだけという現実を前に、勇者様は未だ魔王城にいる。

 期限(タイムリミット)は今日一日。

 その間に、彼は最適な贈り物を考えだせるのだろうか…。

 取り敢えず腕輪を包装しながら、勇者様は思いつくものを検討してみる。

「宝石、は…そんな物を贈るような仲じゃないし、リアンカの性格だと喜ばないし。

装飾品は意味ありげになってしまうから却下だな。

実用品…は、そもそも俺より此処に定住しているリアンカの方が持っているし。

毛皮や食用肉は常から持って帰ってるし。

服はともかく、小物類…いや、やっぱり元から持ってるだろうし」

 考えてみれば、身一つ状態の今の勇者様ができる贈り物は、驚くほどに選択肢が限られる。

 あまつ、ここは魔境だ。

 生粋の人間の国育ちの勇者様。

 彼の持てる富、権力と言ったものが十全に作用するのもまた、人間の国々においてである。

 結論として言うならば、いわゆる魔境初心者の勇者様に現地調達できる贈り物など…

 魔境玄人のリアンカを前には、どう考えても太刀打ちできない。


 物じゃないよ、気持だよ…と。

 そんな綺麗ごとを勇者様は口にしなかった。

 それが何であれ、がっかりされるような物しか贈れないなど男がすたる。

 どうせ贈るのなら、喜ばれたいのが当然だ。


 だから、勇者様は考える。

 考えるうちに思考は迷走し、意味を考えずに口走る。

「花、は…」

「勇者?」

 口から言葉が零れた瞬間、微笑むまぁちゃんが勇者様の肩にポンと手を置いた。

「………」

「……………」

 無言でまぁちゃんが指さした先には、考えるにあたって先に書き出していたメモ。


  感謝には言葉。

  友情には腕輪。

  恋情には花一輪。

  愛情には菓子籠。


「「……………」」


 勇者の額を、冷や汗が一筋流れていった。

 まぁちゃんは、変わらず微笑んでいる。

 だけどうっとりするような声で、言った。

「リアンカに花を贈るというのなら、まずはケジメをつけなきゃ、な?」

「ぐ、具体的には…?」

「生き方を見つめなおした上で今後の身の振りを完了させ、それから俺に殴られろ」

「それは身辺整理した後で死ねという意味か!?」

「ああ、間違えた」

「何をどう間違えたって言うんだ…!」

「取り敢えずリアンカを受け止められるだけの度量を示した上で受け入れ態勢を整え、それから俺を倒せ。それが無理な奴に、リアンカは渡さん」

「どちらにしろ死ねって意味じゃないか!!」

 物言いは変わっても、意味は変わらない。

 そう言って、勇者様がまぁちゃんをがくがくとゆする。

「大体、さっきのは言葉の綾だからな!?」

「んなの分かってるよ。ただうっかりやらかさねーように釘刺しといただけだろ」

「釘刺しでうっかり命の危険を感じたんだが!?」

「危険を感じなかったら釘刺しにならねぇだろーが」

「くっ……この危険人物め!」

「魔王が危険じゃなかったら、一体何が危険なんだよ」

「……………いそぎんちゃく」

「お前、変な精神的外傷(トラウマ)刻まれたな…」

 うっかり同情して、まぁちゃんの気も逸れた。

 

  →勇者様は、うっかりはまりかけた危険回避に成功した!





 いくら悩んでも時間の無駄と、すっぱり切り捨てたのはまぁちゃんだった。

「用意できない物について、どんだけ考えても無駄だ。確実に渡せる物はねーのか」

「花は当然却下だしな…」

「そもそも花なんぞ贈っても、リアンカなら薬の素材かなんかにされて即終了だろ」

「ああ、それ凄くそれっぽいな…。珍しい動植物も同じく、かな」

「ある意味、別の方向で喜ぶな。けど、リアンカは大概の素材は調達できる縁故持ってるし」

「今更、俺が探して調達できるような物は贈られるまでもない、と」

「ま、その通りだな」

「あーもう、どうしたものか」

 頭を抱えて唸りだした勇者様に、まぁちゃんは溜息。

 仕方ないな、此奴という顔で。

 このままじゃ日が暮れると思ったので、まぁちゃんの方から提案した。

「よし、厨房行くぞ」

「厨房?」

 有無を言わせず、まぁちゃんは勇者様を厨房に連行した。


「菓子の返礼には、やっぱ菓子だろ?」


 そんな言葉を、勇者様に投げかけて。

 彼らは魔王城の数ある厨房の中でも、今は使用人が使っていない厨房へ向かう。

 今は使われていない其処は、人手の増える行事ごとの際に使われる場所。

 しかし行事のない今は、まぁちゃんやりっちゃんの自由に使える私的厨房と化していた。

 まあ、あまり使うことはないのだが。

 それでも突発的な使用に耐えるだけの、十分な設備と材料がそろっている場所だった。






続きます。

これから書きます。

今晩中に投稿できる様に頑張ります。

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