Mr.バレンタインの惨劇 乙女の純情モンスター編
菓子篭かかえて勇者様♪
一体どこまで行きなさる?
「ちょっと、処刑場まで…」
それはあらあら、お気を付けて♪
逃走しながらも、勇者様は己の使命を全うしようと忠実に動いた。
その逃走経路を計算し、次々と目的の人物に近づいては風の様に接近する。
それから手紙を渡して稲妻のように去り消えるのだ。
競歩で。
電光石火という言葉を身に纏った、メッセンジャー勇者様(競歩)。
即席郵便屋さんは、山羊以上の確実さでもって着実に伝令をこなす。
進みながら、一通一通指名された相手に渡していった。
その道程半ばで、勇者様はようやっと到着した。
村から離れた場所にある、川の堤まで。
川の堤防……そう、つまり此処こそが。
此処こそが、村長夫人からのお使い、そのお届け物の目的地。
村長さんが人足を率いて作業をしている現場に他ならなかった。
「村長さん、お届けでーす!」
この頃になると、勇者様はもうヤケだった。
「うん? 何を届けに…弁当は持って出たはずだが?」
困惑顔の村長さんは、荷物置き場に燦然と鎮座するバスケット(愛妻弁当)を目で確認する。
確かにある。
決して、忘れてきた訳じゃない。
だと言うのに何を、と。
村長さんの鋭い眼差しは、あからさまに乙女チックな存在を主張する物体…
勇者様が腕に抱える、その篭に目を向けていた。
しかし、流石は村長さん。
村の毎日に目を光らせる村長さんは、当然の如く皆の関心や話題も熟知していた。
だから、直ぐに思い至る。
ぽんと手を打ち、村長さんは言った。
「ああ、バレンタイン。わざわざ届けに?」
「その通りです…」
「しかし、ただの届け物にしては、勇者さんがやけにボロボロになっている様な…」
村長さんの目敏い目が、勇者様の全身をじろじろと見ている。
本気で怪訝そうに、訝しげな目を向けられている。
苦笑しながら、全身に冷や汗が滲んで止まらない自分から、勇者様は必死に目を逸らしていた。
どうか絶対に、この悲劇に気付きません様に…!
内心で普段滅多に祈らない神々へと祈りを捧げつつ、勇者様はずずいっと篭を差し出す。
キーワードは首、若しくはギロチンだ。
幸いにして、村長夫人から託された篭自体は綺麗な物だった。
奥さんの気持ちを守るべく、勇者様が我が身を呈して守っただけはある。
首だけは、手遅れだったが。
遅きに失した首も、しかし完璧に修復済。
それにあれ以来、他に損傷箇所はない。
村長さんに声をかける前に、入念に何度も何度もそこは確認済だ。
あとはそれに気付いてくれるなと、勇者様は祈るのみ。
「……………」
果たして、村長さんはそっと大事そうに受け取ってくれた。
しかしながら、無言で。
気付いているのか、気付いていないのか、どっちなのか。
分からなくて、勇者様の背中に滲む冷や汗は量を三倍に増やした。脱水症状を起こしそうだ。
何とか無事とはいかないまでも、問題なく使命達成にこぎ着けた勇者様。
だが、やはり村長さんは肝心なことは言わない。
「ご苦労様、ありがとう」
簡潔な例の言葉を口にして、あとはもうずっと篭の中身を見ていた。
主に、その飴細工様の首のあたりを。
居たたまれなく、追求されるのが恐ろしくて。
これ以上、ボロが出るのを想像すると恐ろしすぎて。
「じゃあ、俺はこれで…」
勇者様は一言だけ残して、背を向けその場を走り去った。
それはもう、脱兎の勢いで。
幸にして、もう競歩に拘る必要はない。
お使いを完遂し、届け物を渡した今となっては、幾らでも思うまま存分に走ることができるのだ。
本当に、そのことだけ。
そのことだけが、今となっては唯一の救いだった。
好きなだけ存分に逃げようと。
勇者様は自分に全力疾走を許した。
ここに来るまでに使った道を引き返す訳にはいかないから。
追いつけずに遅れている追っ手の散らばる道は危険すぎるから。
来る時に使ったのとは別の道に足を向けて、勇者様は疾風の様に駆けていった。
どうしようもなく凄まじい、罪悪感に苛まれながら。
帰ったら、奥さんに謝ろう。
勇者様は硬く、胸の奥に決意を固めていた。
それから暫くは、リアンカから頼まれた残りの郵便配達に精を出すことだけに集中した。
それに加えて、女性の引く手から逃亡することに。
彼の鮮やかな身のこなし、熟練といえる程に手慣れた逃走手腕。
肉食系乙女達は勇者様の身のこなしに翻弄され、一人、また一人と脱落者を零していった。
一番厄介なのは、未だに勇者様の追跡に食らいついていたのだが。
その厄介さは、遠からず発露した。
勇者様の足取りが沼地に差し掛かり。
そして足場の不安定さに歩みを否応なく鈍らせた時。
その瞬間を見計らったように、凶行に及んだ者がいた。
中々接触できない。
気持ちを渡せない。
そんな変わらぬ状況に、とうとう業を煮やしてしまったのだ。
その者の名は、ミュゼカ・チェズ。
人は彼女を、クレイマー・ミュゼと呼ぶ。
そしてミュゼは、ちょっと思い詰めやすい性質だった。
一度も話したことのない勇者様に、菓子篭を渡そうと思い立つくらいには。
『gyaaaaaaaaaaaaa!!!』
そして轟いた、化け物の声。
その姿は、ミュゼ特製のロック・ゴーレムと同等の姿をしていた。
「な、なんで沼地にゴーレムが…!?」
ミュゼは、腕の良いゴーレム職人(錬金術師)だった。
「勇者様…おまちになって………」
陰気な艶のない黒髪をたなびかせ、ぼんやりとした声を響かせる。
何の小細工もしていない声は、なのに何故かエコーがかかったように聞こえる。
「ねえ、勇者様…私の気持ちを受け取って欲しいの………」
「気持ち!? 受け取るだけで良いのか!?」
見返りを要求されないのなら、受け取るだけなら吝かないと勇者様は思った。
元来、勇者様は王家の出だ。
贈り物は慣れているというより、義務。
それが悪意の込められた物でもない限り、受け取り返礼は当然として育てられている。
特にそれが罪のない一般庶民からの貢ぎ物とあれば、選り好みせずにその場で受け取って微笑みながら御礼を言うのは王族にとって必然の礼儀だ。
だからこそ、贈り物を貰うことそのものに抵抗はない。
問題なのは、贈った相手が望む返礼が何か、だ。
返すことはできないのに、気持ちを望む相手が特に困る。
だから特別な気持ちの籠もった贈り物は、勇者様個人として言うのなら凄く困る。
受け取りも躊躇してしまって当然というくらいに困る。
そして今一番困っているのは、目の前で受け取りを要求する彼女の存在。
彼女が、どう見ても明らかに感情の遣り取りを望んでいることだ。
果たして、ミュゼは言った。
「ううん、受け取るだけじゃ、駄目…」
「それじゃあ、何を望む」
勇者様の言葉に、ミュゼは間髪入れず応えた。
「結婚しt…」
「よし、土下座で許してくれ」
そしてそれに対する勇者様の言葉も、間髪入れない物だった。
勇者様の十九年で磨かれ、卓越した勘と女を見る目が語っていた。
目の前のこの女は、婉曲な言葉を曲解する手合いだと。
遠回しに優しいことを言っても、自分に都合の良いように解釈して泥沼化するタイプだと。
自分も彼女も不幸にしない為には、率直にきっぱりと否定するのが一番だと。
だからこそ、勇者様は自分に偽ることなく正直に言葉を選んだ。
彼女が思いを断ち切れるよう、断腸の思いですっぱりと酷な言葉を選んだのだ。
「「……………」」
暫し、沈黙が流れる。
ただロック・ゴーレムと思わしき何かだけが、やたらと元気に張り切っていた。
ゴーレムを従えた女ミュゼは、きゅっと眉を寄せ、悲痛な声で、
「駄目…いや、いや、いや………駄目よ、だめ……………」
目を潤ませ、何度も何度も首を横に振る。
その度に、黒い髪がまるで蛇のように舞った。
ばさ、と。
その髪が、一度ミュゼの顔の全部を覆い尽くす。
そのまま一秒、二秒。
三秒目で、変化を表した。
ばさっとミュゼの右腕が髪を払うと、其処にいたのは…
例えるなら、そう、鬼子母神だった。
彼女は、そう、情緒不安定な女だった。
「けっこんしてよぉおおおおおおおおおおっ…!!」
「何処のホラーだぁあ!!」
切実に恐怖を感じているらしい勇者様の声が、ミュゼの声を掻き消そうと頑張る。
ミュゼは悲しげに鬼の顔でしくしくと泣きながら、逞しいゴーレムの足に縋り付く。
「なんでよう…どうして私じゃだめなのよう……」
「強いて言うなら、気持ちを無理強いしてくるような相手は、ちょっと…」
突き詰めていってしまえば、そう言う相手が勇者様の天敵だ。
皆、無理強いしようと薬やら強硬手段やらで勇者様を我が物にしょうとしてくる。
そんな相手と戦ってきた苦節十九年。
勇者様は、恋愛に関してはノーと言える青年に育っていた。
刺激しすぎたらやばいと感じた相手には、その限りではないが。
ミュゼは、ショックを受けた様子でよよよ…と泣き崩れる。
「そん、な…わたしの気持ちを押しつけ、だなんて……」
「違うのなら、謝る。だけど察して欲しい。俺も今日昨日会った様な相手とは結婚できない」
「じゃあ…っ」
「だからといって、知り合えばいいと言う問題でもなく。君とは結婚できないんだ」
「なんでよぅ…」
しくしくと泣き崩れる女性を前に、流石に勇者様は言えなかった。
単純に、結婚も恋愛も君とする気にはなれそうにないからだ、とは。
肝心の所で詰めが甘く、優しい勇者様。
泣き伏す女の子を置き去りに去ることもできず、だからといって優しさを示すこともできず。
期待する様なことはできないと分かりながら、案じて立ち去れずにいる。
すると、ミュゼがポツリと言った。
「せめて…」
勇者様を虚ろに見つめて、最後の要望を告げてくる。
「せめて、私の気持ちを受け取って下さい。それだけで良いの。私の菓子篭を受け取って……」
神妙な様子で、勇者様はこくりと頷いて了承した。
泣き疲れ、ミュゼが疲れ果てつつも観念した様子だったから。
もう、身勝手な要求を押しつけてはこない。
敏感にそれを感じとって、せめて気持ちだけ受け取ろうと思った。
有難く受け取ろうと、この時は思ったのだ。
「それで、君の作ったお菓子は…」
手ぶらのミュゼを前に、肝心の菓子は何処だろうかと。
きょろり見回しながら、勇者様が問う。
本当に不思議で、首を傾げてしまうが。
勇者様の目は、地面に転がった菓子篭だけを目に留めた。
地面に横倒しになった篭の中には、菓子の影形すらない。
真顔で問う視線をミュゼに向ければ、さっと目を逸らされる。
嫌な予感を感じながらも、視線を逸らすことなく見つめ続けると…
視線に負けた様に、ミュゼがおそるおそるそっと。
そっと、指で弱々しく一点を差した。
視線を指の差した先へと向けると…
そこには、逞しく元気な様子を見せるゴーレムが一体。
「………………」
「………………」
硬直した体。
固まる顔。
ぎこちなくも、ゴーレムを見つめ続ける勇者様。
まさか、ゴーレムがロック・ゴーレムではなく、ロッククッキー・ゴーレムだったとは。
勇者様の逃走手腕に業を煮やして、当の本人に渡すはずの菓子をうっかり妨害要員にしたとか。
渡して食わせるはずの菓子を、後先考えずにゴーレムの材料にしちゃったとか。
そんなこと、お天道様でも思うまい。
後先考えない行動の代償。
色々な意味で手遅れな惨状が、そこに広がっていた。
「………」
「………………えへ」
「いや、えへ、じゃなくて。他に言うことは?」
「お願い、私の気持ちを受け取って…ううん、食べて…?」
「あの状況を前に、尚言うのか!?」
勇者様は、ミュゼの根性と面の皮の厚さに本気で吃驚した。
「食べろと言うが…」
食用希望のゴーレムは、両腕を振り上げて勇者様を威嚇している。
地響きの様な叫びを上げて、闘う意思を見せていた。
→ encount!
【クッキー・●ンスター】があらわれた!
【乙女の純情】があらわれた!
「私の思い、あなたに食べて欲しいの…」
「君は、威嚇してくる上に意思を有するゴーレム化したクッキーを、それも沼地の地面に直に接して、泥まみれになったも同然のクッキーを人に食べさせようというのか…!!?」
育ちの良ろしい勇者様が、そんなことは考えられないとばかりに驚愕するが…
信じられないと目を見張る彼を前に、クレーマー・ミュゼは平然と言いはなった。
「良いから、食え」
純情な乙女は、紛うことなきモンスターだった。
こうして、勇者様の避けられない戦いの火蓋が切って落とされた。
勇者様と乙女とゴーレムの、熾烈な争いが始まった…!
…が、今日中に醜い泥沼の戦いを描ききれる自信が無いので、次回までの間にあった物として割愛させて頂きます。
次回予告☆
「え、この手紙は…」
次回:Mr.バレンタインの惨劇 決着のサプライズ編
次でバレンタイン編は最後です。
頑張って今日中に(これから)書き上げますので、よろしくお願いします。
追記:今日中に書き上げられなくても許して下さい。




