勇者様が強くなった理由
こちらは以前「3」に乗せた番外編と同じ物です。
内容に変更もありません。
ただただ、勇者様の女難歴の一部を連ねた物です。
俺には、自衛の手段が必要だった。
手っ取り早く鍛えた結果、鍛錬の積み重ねに実力が付いてくる。
王国最強の剣士と呼ばれる様になる頃には、自信と経験が俺を強くしていた。
強くなったと、思っていた。
そんな俺にも恐いモノがあって、自分の矮小さに時々落ち込んでしまう。
この世にたった、三つだけ。
三つだけ、俺には恐いモノがあった。
一つは他人の目。
俺自身が悪い訳じゃないアレやコレやの事件が重なり、酷い噂を流された。
貴族達は皆、退屈が嫌いだ。
退屈を紛らわす為に、面白可笑しく他人の噂に飛びつく癖がある。
所詮は他人事だからな。
酷い醜聞を被せられて以来、俺は他人にどう見られるかを気にする様になった。
二つ目は、過剰な期待。
元々王族と言うこともあり、人々は俺に勝手なイメージを押しつけてくる。
そしてそこから逸脱した時、俺を一方的に悪いと責め立てるんだ。
俺は傍目や肩書きからくる印象と中身にギャップがあるらしく、何度も責められた。
他人を気にしすぎだと何度か側近に諫められたこともある。
それでも、期待を掛けられると、その分頑張らねばと思ってしまう。
当てはめられたイメージに近づかなければと、強迫観念に襲われるんだ。
そんな流されやすい自分に、自己嫌悪する回数は少なくない。
三つ目…これが、一番の恐怖だ。
俺はこの世で一番、女性が恐い。
兎に角恐い。ひたすら恐い。
幼子や老婆は良いが、丁度年頃で…俺と年回りに問題が無い年代の女性が特に恐い。
それはもう、一種の恐怖症に近いものがある。
そしてこんなに恐いと感じる様になった理由も、勿論ある。
もしかしたらソレは、他人から見たら馬鹿らしいと思う様なものかも知れないが。
記憶にある限り、俺が人生最初に女性に恐怖を覚えたのは、三歳の時。
その時俺は、何故か深夜の廊下に連れ出されていた。
真っ暗に伸びる、長い道。
其処を、若い女に手を引かれて走る。
俺の小さな歩幅も考慮して貰えず、半ば抱き上げて攫う様な…
………事実、俺はこの夜、攫われる一歩手前だったそうだが。
幼子に、そんなことが分かるはずもなく。
どうして夜中にたたき起こされたんだろう。
どうして夜中に廊下を走っているんだろう。
自分の身に降りかかった厄災に気付くこともなく、俺は手を引かれていた。
ただ、度々振り返って俺の顔を覗き込む、若い女の顔が恐かった。
目が、暗闇の中で異様にギラギラと光っている。
そこに鬼が宿っている気がして、本当は逃げたくて仕方なかった。
凄い力で引っ張られ、恐くて悲鳴も上げられず。
当直の兵士に見咎められて、女は捕まった。
普段、俺の身の回りの世話をする侍女の一人だった。
俺は引っ張られて走ったことしか覚えていなかったが…
調書に記されている通りなら、王子の誘拐未遂をやらかした女はこう言ったそうだ。
『あまりにも王子様が可愛らしくて…自分だけのモノにしたかったんです』
育ってから好奇心で調書を読んだこと、心の底から後悔した。
ぞっと背筋を這い上がる、誤魔化しようのない悪寒。
この拐かしが未遂に終わって良かったと、俺は天に感謝した。
女を見咎めたという当時の兵士もわざわざ探して、直接頭を下げに行った。
命と貞操の恩人だった。
このことは俺の心に立派なトラウマを作ってくれたが、この身に降りかかった不幸がこれだけだったなら、ただのちょっと嫌な思い出で済んだ。
だけど悲しいことに、俺のトラウマはこれだけじゃない。
何が原因だったのか、考えるのは苦しいけれど。
何故か俺にはこの後も、似た様な災難が度々降りかかる事になる。
細かなモノなら、本当に度々。日常に紛れて何回も。
大きいモノなら、二年に一度。まるで計ったかの様に、定期的に訪れる。
俺が女を恐ろしいと思う様になるまで、さして時間はかからなかった。
五歳の時は、国賓として隣国から来ていた王女に誘拐されかけた。
年上の奇麗な少女で、まるでお姉さんの様に思っていたのに。
眠り薬で意識を奪われた末、荷物に隠して攫われそうになって国際問題になりかけた。
異常な執着で俺を自分のモノだと口走る王女の顔は凄絶で、俺は高熱を出して寝込んだ。
…王女はうちの国を出入り禁止になり、遠い国に嫁がされたらしい。
七歳の時は、仲の良かった乳母の娘に何故か両手両足を縛られた上で「お医者さんごっこ」を強要されそうになった。具体的に何をするつもりだったのかは分からない。
下着まで剥がされる前に、間一髪で侍従が見つけてくれなければ、どうなっていたか。
自由を徹底的に奪われた上で服を剥ぎ取られていく恐怖は、俺に本気の悲鳴を上げさせた。
三歳年上だった乳母の娘が、本当に無垢な子供で他意はなかったのだと俺は今でも信じたい。
九歳の時は、遊びに行った従兄の別荘で、また薬を使われた。
俺自身は薬で意識がなかったので覚えていないが、何か大事件が起きかけたらしい。
目が覚めた時、涙ながらに従兄が「未遂で良かった…!」と口走ったのが印象的すぎる。
結局何があったのか、何が未遂だったのか、恐すぎて確かめていないのだが…
その事件直後、従兄の母親が姿を消し、以来一度も会っていない。
親戚の優しい貴婦人だと思っていたのに…。
十一歳の時には、生まれて初めて『許嫁』に引き合わされた。
相手は一つ年下の、内向的で大人しい少女。
だけど俺に過去最も酷いトラウマを与えたのも彼女。
この一件で俺は『内向的で大人しい』女性を得体の知れないものと恐れる様になった。
何しろこの少女は、引き合わされて2人きりになるや即、俺のことを異様な熱情込もる瞳で見つめてきて…それだけなら、まあ、トラウマにはならなかったのに。
俺が十歳の少女にされたこと。
それは簡単に言ってしまえば、拉致監禁だった。
今まで誘拐されかけることはあっても、全部未遂だったのに。
それをこの少女は、直ぐに破綻したとはいえ成功させた。末恐ろしい。
俺を攫って強引に連れ帰り、鍵の付いた部屋に閉じ込めて…
俺は、両手首に手錠をかけられ。
首に、頑丈な首輪をかけられて。
そのまま、ベッドに繋がれた。
恐ろしく、人の話を聞かない少女だった。
うっとりと恍惚の瞳で俺を見て…
「これで王子様は、わたくし1人のもの。永遠にわたくしたちは2人きり」
大人の女の様な顔でにたりと笑う、その顔に。
俺の恐怖心はピークに達して………
其処から何があったのか、何故か俺は覚えていない。
だけどそれ以来少女の名前を耳にする度、冷や汗と震えが止まらない。
だから、何かあったのだろうとは思う。
しかし何があったのか、追求する気にはなれなかった。
触らぬ神に祟り無しとの言葉を、俺は身に染みて知っていた。
その後当然ながら縁談は破談となり、俺の絶望的な未来は回避された。
だが婚約話が出る都度、似た様な問題騒動が起きる。
最終的には両親も諦め、将来は俺の意思に任せるとのこと。
嫁は自力で見つけてこいと言うことだろう。
そのお陰で俺は今でも婚約者という怪物に縛られずに済んでいる。
大国の王族としては、年齢的にあるまじき事なんだけどな。
思い出すのもおぞましい、俺の女性関係のトラブルは続く。
辛いのは俺が何かした訳じゃないのに、気付いたら狙われていること。
女性というイキモノが恐くて仕方ない。
社交界デビューを経て、十五歳になる頃には…すっかり立派な女性恐怖症になっていた。
いや、だって恐いんだよ。あの肉食獣ども…。
表面上はお淑やかに振る舞っていても…俺を見る、ギラギラした目が隠しきれてない。
したくもなかった経験を詰んだ結果、俺は真剣に自衛手段を考慮する必要に迫られていた。
主な自衛対象は、女性。
相手が自分よりか弱いと思いこんで、油断してはいけない。
女が油断ならなく、気を抜いたら仕留めにかかるイキモノだと、俺は身に染みて知っている。
万が一にも体力技術で競り負けない様、俺は必死になって剣術の修行に明け暮れた。
その甲斐あって、気付いたら騎士団長から余裕で一本が取れる様になっていた。
努力と、その積み重ねって素晴らしい。
でもその努力を積んだ理由がアレなだけに、たまに泣きたくなる。
だけど必要に迫られていたからこそ、目に見える成果が嬉しくて仕方ない。
しかし個人的に強くなったとしても、気を抜くことはできない。
女性は腕力体力で劣る分、知謀知略に気の回るイキモノだ。
現に今までだって、薬を使われたり自由を奪われたり、散々だった。
再度薬を使われても対処できる様、身体をあらゆる薬物に慣れさせた。
結果、風邪薬さえ効かなくなったので、些細な病気も自力で治す羽目になった。
身体を鍛えたお陰で、あまり病気にならなくなったのは幸いだった。
いざというとき、自分一人ではどうにもならないと分かっている。
信頼できる側近を側から離せず、常に連れ歩いていたら、変な噂が立った。
その内容があまりにも俗っぽすぎて、側近に慰められながらも泣くかと思った。
…どうやら、精神面も鍛える必要があるらしい。
俺がようやっと気を抜けるようになったのは、城の中、俺の私的空間から女の使用人を一掃する許可を正式に父王からもぎ取ることに成功したあとだった。
女が身近にいる限り、安らげない。
そのことを実感し、両親に修道院で暮らすことを願ったのだが…
結局、その許可だけはいつまで経っても貰えなかった。
勇者様…!!
全然馬鹿らしくないよ! 怖くなってもおかしくないよ!?
どうやら勇者様は、奇数年齢の時に特に酷い女難が襲いかかるようです。
→勇者、いま十九歳。