情報
放課後、里佳の誘いを断って一人で図書室へ向かうことにした。
一人で校舎を動き回るのはリスクがあるが、あまりにも知識がないことの方が怖い。
「せんのかみがくえん」というゲームの主人公であるのだとすれば、必ずどこかで怪異対処のためのヒントを得られるはずだ。
何か情報を探すときは図書室から、というのは恋愛ゲームでもよくあること。
図書室は校舎の東側に位置していて、2階建てになっている。1階と2階は図書室内の階段で繋がっているらしく、ジャンルによって階を分けているようだった。
今月のおすすめの本、という棚の横に貼られた館内図を見る。
(ジャンル的には……学校の歴史、とか)
どうやら歴史関連の書籍は2階に揃っているらしい。そこに学校の歴史に関する本も置いてあると良いのだが。
2階へ上がってくると、1階の活気ある空間とは異なり、落ち着いた空気が流れている。
数人の自習している生徒を横目に、目的の棚を探し出した。
「歴史……学校の歴史、はここか」
棚の一角にそれらしき本をいくつか見つけたが、卒業生に関するあれこれや、創立何周年の行事に関する本ばかりである。
以前、近野先生が言っていた「学園の五つの謎」というのが私を襲ってくる怪異と関係があると予想はしていた。
ホラーゲームのあらすじも「学園にまつわる謎を解き明かしていく」みたいな感じだったはずだ。
(まぁ、当たり前だけどこんな分かりやすくは置いておかないよね)
少々ジャンルを変えて調べてみるか、と思いつつ適当に卒業生に関する本を引っ張り出すと、隙間から何かが落ちてくる。
不思議に思い下を見ると、一つの紙切れが足下に落ちていた。
7月8日 1年C組
少し丸みのある字でそれだけ書かれている。
一体なんのことなのか分からないが、そのメモが妙に気になった。
「7月8日……」
「7月8日がどうした」
独り言だと思っていたのに、急に返事が返ってきた。
驚きすぎて変な息が喉で鳴る。
ぎこちなく向かいの棚を見れば、読書中の宇田川先輩と目が合った。
「そんな驚かなくてもいいだろうが」
いや、驚くだろう。普通に。
反撃の声が喉元まで出たが、宇田川先輩という人は「俺に話しかけられたら誰でも嬉しいだろう」くらいのことを思っている人だ。気にしちゃいけない。
「それで、7月8日がどうした」
何やら難しい顔で再度聞いてくる彼は、読んでいた本をわざわざ閉じた。
どうして宇田川先輩がそこまで私の話を気にしているのかが分からない。
「いや、何でもないんですけど……」
変に宇田川先輩と関わって里佳のストーリーに影響が出るのが怖い。
今は少し距離を取ろう、と言葉を濁したが、彼は食い下がってきた。
「それ、卒業生の名簿や文集が載ってる本だろ。何でそんなものに興味があるんだ」
「ええと」
「新入生が最初に選ぶ本ではないだろ、普通はな」
彼の鋭い指摘に、今度は私が難しい顔をする。
「別に、どんな本を読もうが関係ないと思いますけど――」
「お前、昨日何と遭った」
私の声を遮って、問いを重ねられる。
しかし、その問いは私の思考を停止させた。
何、という訊き方も、遭った、という言い方も、おかしい。
まさか、という気持ちで彼を見れば、恐ろしいほど真っ直ぐな瞳が私を映していた。
「やっぱり、お前が今年の生け贄なんだな」
――生け贄?
話についていけずに顔を顰める。
だが、それだけで此方の意図を読み取ってくれたらしい。
「この学園にある噂話だよ。いや、ただの噂じゃねーな……本当に起きることだし」
苦々しい表情と、重々しい唇。
私には、目の前の人を眺め続けることしか出来なかった。
「四年に一度、新入生の一人が神隠しに遭う。今年はちょうどその年。お前が神隠しに遭う新入生……生け贄ってことだ」
四年に一度、神隠し、生け贄。
今年の新入生の中で、神隠しに遭う人がいる。
それが、自分。
言われたことをそのまま反芻させて、やっと話を飲み込むことができた。
私が知らなかった、ホラーゲームの「かおる」という主人公が怪異に巻き込まれる理由。
それが、宇田川先輩の話に繋がるのか。
(だから、神隠しという名の怪異に遭わないように逃げているんだ……)
孫が熱を込めてやり込んでいたゲームの内容を初めてちゃんと知った。
いや、前世でもっと聞いておけばこんな苦労はしなかったのだろうが。
「嘘とか冗談だって言わないんだな」
私の反応を窺っていたらしい宇田川先輩が声を掛けてくる。
普通はこんな話をすんなり信じることはないのかもしれない。だが、私は前世の記憶のおかげで納得すらしてしまっている。
宇田川先輩から怪訝そうな目を向けられているのも仕方がないだろう。
(……それよりも気になるのは)
「先輩はその話について詳しいんですか」
恋愛ゲームの主要キャラクターである彼が、この話を私に振ってきたことが一番気になる。
まさかホラーゲームの方にも宇田川先輩が登場している、なんてことはないだろう。派生ゲームというわけでもないだろうし。
私が問いかけたとき、宇田川先輩の眉がピクリと動くのを見逃さなかった。
「俺は生徒会の会長だからな、学園の問題は大体把握してるんだよ。過去にここでいくつか事件があったことだって資料を漁れば出てくる話だからな。それに、この学園の生徒なら一度は聞いたことがある噂話なんだよ。こんな物騒な噂話を生徒会が放っておくのもおかしな話だろ」
彼は流暢に話しながら腕を組み直す。
「噂が正しいならちょうど今年の新入生で神隠しに遭う奴がいるだろうってことで、生徒会もその新入生を探してたってわけ。そしたら窓が割れた現場にお前がいて、目を付けてたらこんな本を探しに来て……どう考えてもお前が今年の生け贄だろーが」
確かに、四年に一度の頻度で生徒が神隠しに遭っているなら、事件として資料が残っていてもおかしくはない。それに、宇田川誠というキャラクターは学園や全生徒のことをとても大切にしており、その熱い想いで生徒会長を務めている男だ。学園の有名な噂話なのであれば、彼が知らない筈はないし、なにか手を打ってくるのも頷ける。
(恋愛ゲームとホラーゲームの内容がクロスオーバーしてる部分があるってことか)
もしかすると、烏野薫というイレギュラーな存在がそうさせてしまったのかもしれない。
(ということは、二つの話に影響が出てきている……?)
思い返せば、クラスの席順などゲームの元の設定と異なる部分はあった。
本来、交わることのない全く別のジャンルのストーリー。
これ以上無いミスマッチさに、思わず頭を抱えた。