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安心と不安


保健室の戸を開くと、意外な先客と鉢合わせた。


「おお、烏野。おはよう」

「新島先生、おはようございます」


爽やかな笑みと一緒に挨拶してくれたのは、新島先生だった。

数学の教師が保健室に来る、というのは少々違和感があったが、何か用があったのだろう。

新島先生は丸い椅子から立ち上がると、近野先生に「じゃあ」とだけ言って帰ってしまった。


「ごめんね、先客がいて」

「いえ、先生方も保健室に来るんですね」


何の意図も無くそう返せば、近野先生は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「どうしました?」

「いや、なんでもないよ。それより、体調はどうかな?」


明らかに話題を逸らされたことが引っ掛かる。

だが、特に追求する理由も無かったのでそのまま話を続けることにした。


「体調はだいぶ良くなりました」

「それは良かった。あと、腕の包帯を取り替えようと思って呼んだんだ」


ここに座って、と示された椅子に大人しく座り、包帯が巻かれている腕を差し出す。

近野先生は包帯を優しく解き、怪我の消毒を始めた。

普段飄々としている先生の真剣な表情に、むず痒い感情が湧く。

当たり前だが、恋愛ゲームに登場する皆さんのビジュアルが良くて困る。

何となく視線を泳がせた私は、ふと先生の机の上を見た。

救急キットや色々な書類の中に、1枚の写真が飾られている。

卒業式に撮られた写真のようで、男子が二人、真ん中に一人の女の子を挟むように立っていた。


「はい、終わり! もう出血は止まっているけど、激しい動きはしないようにね」


写真に映った人達の顔をよく見ようとしたところで、声をかけられる。

意識を近野先生の方へ戻すと、真っ白な包帯が綺麗に巻き直されていた。


「ありがとうございます」

「明日の朝も取り替えた方がいいから、保健室に寄ってね」

「わかりました」

「あと……」


そこまで言って、先生は口を閉じる。

そして、困ったように眉を寄せたまま私の方をじっと見てきた。


「あんまり無理はしないこと。何か困ったことがあったら誰かに言うこと」


その言葉は、懇願にも似ているように思った。

含みのあるそれは、今の私の状況を知っているかのようにも受け取れる。

だが、恋愛ゲームの登場キャラクターである近野先生がそんなことを知っている筈がないのだ。

確かに近野先生は、ゲーム内でも主人公の話を親身になって聞いてくれるし、アドバイスをくれるキャラクターでもあった。きっと、烏野薫という悪役に対しても同じなのだろう。

何とも言えない違和感を抱きながらも、素直に首を縦に振って応えると、柔らかい笑みが返された。






今日から通常の授業が始まった。

各教科の担当の先生が自己紹介と共に、簡単な授業のカリキュラムを説明してくれる。

どことなく退屈そうな生徒もいる中で、私はある種のやる気を見せていた。

だって今はどんな情報でも命綱だ。ハードモードな学校生活を送るうえでは、持っていて損な情報などないだろう。

教室を移動することも多いので、少しずつ校舎の仕組みが分かってきたことも有難い。


「それじゃあ、次回からは実際に授業を進めていくから、教科書とノートを忘れずに!」


化学の先生がそう言うと、ちょうどのタイミングでお昼を告げる鐘が鳴った。

「疲れた」「やっとお昼だ」というクラスメイトたちの声を聞きながら、私も片付けを始める。お腹空いたな。


「薫ちゃん」


ポンポンと肩を叩き、名前を呼んできたのは里佳だった。

手には教科書と一緒に見慣れない財布が握られている。


「このお財布、私が座ってた机の中に置いてあったの。誰かの忘れ物だと思うから、先生に届けてくる! そしたら一緒にお昼食べよう!」


今朝のこともあったので、一緒に食事をすることに抵抗感はある。

だが、里佳のキラキラした目を向けられて、否を唱えられるほど悪役にはなれない。

自分の意思の弱さに悲しくなりながら、里佳を待つことにした。

先生は化学準備室の隣の部屋にいるらしい。そんなに遠くもないので、そのまま化学室でぼんやりと窓の外を眺める。

すると、窓に反射して、自分自身の姿が見えた。

その背後に、誰かが立っている。

反射的に振り返ったが、室内には私以外誰もいない。

(……まさか、化学室って)

嫌な予感がした。

私は「せんのかみがくえん」というホラーゲームを殆ど知らないので、勿論知らないのだ。

何処で怪異が発生するのか、ということを。


「――!!」


思わず教科書を落としてしまったが、それを拾う余裕すら無く出入り口へと駈け寄る。

しかし、扉は出ることを許してはくれない。


「っなんで開かないの!」


ホラーゲームって、こういうときは鍵が開かないものだよ、と脳内で孫に言われた気がした。

焦りすぎて逆に変なことに思考が走ってきている。

ふと、自分の体温が妙に高いことに気付く。

いや、体温ではなく、室内の温度が高いのだ。

例えば、そう、火に近づいたときのような――


「薫ちゃん?」


突然開いた扉に、そのまま前のめりに倒れ込んでしまった。

扉を開けた相手は驚いたように一緒に倒れ込む。


「だ、大丈夫?! 私がいきなり開けたから転んじゃった?!」

「だ、だいじょうぶだよ」


むしろ、里佳が扉を外側から開けてくれなかったら私は今頃どうなっていたのだろうか。

そう考えただけで額から冷たい汗が滲んでくる。

高かった体温も、廊下の風を浴びて段々と落ち着いていくのがわかった。

本当に、怪異は時間も場所も構わずに襲ってくるらしい。

安心できる場所なんてない。学校にいる間は全て命懸けだ。

里佳の手を借りて立ち上がり、化学室の方を振り返れば、何事も無かったような静けさだけがあった。


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