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知りたくない事実


どれくらい眠っていたのだろうか。

あまりの体の重さに目が覚める。

視界に入るのは見たことのない天井。

起き上がろうとして体に力を入れるが、全身に鋭い痛みが走りそのままダウンした。


「大丈夫かな?」


穏やかなテノール声と共にカーテンが開けられる。

その中から顔を出した人物を見て、ようやく此処が何処であるかを知った。


(保健室だ……)


ベッドの方へ近寄ってきた人物は、消毒液の匂いのする長身の男性。

眼鏡をかけており、しなやかな黒髪とは反対に身にまとう白衣が印象的だ。


近野(こんの)先生」


つい口から出た名前を咄嗟に飲み込む。


(しまった、まだ近野先生とは会ったことがないんだった)


何故知っているのかと疑われたらどう返そうか、と逡巡する。

しかし、私の心配を余所に、彼はふふと笑った。


「おや? 俺の名前知ってたのかな?」


幸い疑う素振りはなく、私の横たわっているベットに腰を掛けてくる。ギシリと鈍い音が保健室に響いた。

近くで見ると想像の十倍くらい綺麗な顔立ちだ。


「体調はどうかな?」


くだらない感想を心中で語っていた私に近野先生がそう問いかけてくる。

そこでようやく、先程の出来事が駆け巡ってきた。


(さっきの出来事は何だったんだろうか……)


一瞬夢か、とも思ったが、自分の腕を見る限り夢では無いようだ。

腕に巻かれた白い包帯が事の酷さを物語っているように思う。

頭から硝子を浴びたのは初めてだったが、それよりも何かに追われていたあの感覚の方が怖かった。思い出すだけで嫌な汗がドッと噴き出る。


「何があったの?」


何かに顔を顰める私に気づいてか、近野先生が私の額に手を置きながら話しかけてきた。

その距離感と暖かな手に思わずドキドキしてしまう。

だが、そういえばここは恋愛ゲームの世界であることを思い出し、スンと表情を戻す。

近野先生も千神学園恋戦記の登場キャラである。少しチャラい養護教諭、というポジションはかなり人気があったが攻略対象キャラではなく、公式に文句を言っていたファンも多い。


「私にもよく分からないんですが、何かに追われているような感じがして逃げたんです。そしたら窓が割れて……」

「成る程、窓が勝手に割れたんだ」


私は見逃さなかった。

近野先生が眼鏡の奥で一瞬目を細めたのを。

この人は明らかに何かを知っている。


「君、新入生だよね? 名前は?」


此方の怪訝など知らぬ顔で、近野先生は華麗に話題を変えてきた。

私の名前を聞かれる、ということは無事にストーリーが進んでいるということだろうか。

ゲーム内では烏野薫と近野先生が直接話している場面はなかった。だが、ここで名乗らないというのも変な話だ。

少々思案した後に、掠れる声で名乗ることにした。


「烏野薫、です」

「薫ちゃんね」


凄い、初対面の生徒を堂々と下の名前で呼んでいくスタイル。

流石チャラい初恋ハンターとファンから呼ばれていただけのことはある。


「ねぇ薫ちゃん。この学園の五つの謎って聞いたことある?」

「五つの謎、ですか? 知りませんけど……」


急に振られた話に、私は首を捻った。

七不思議とかの類ではないのだろうか。

不思議そうに相手の顔を見上げると、近野先生は額に置いてあった手で私の乱れていた前髪を整えはじめた。


「そっか、知らないか……実はね、この学園って結構出るんだよね」

「出るって……何がですか?」


一瞬の沈黙。

嫌な予感しかしない。


「変なのが」


少し低めのトーンで囁かれる。

イケメンボイスにドキっとしている場合ではない。

変なのってなんだ? 幽霊とか?


「例えば、さっき薫ちゃんが遭ったような出来事とかね。もっと調べれば五つどころじゃないと思うけど」


苦笑いを浮かべ、先生は窓の方を見つめている。

その意味深発言で、私の脳内は非常に混乱していた。同時に冷や汗が背中を伝っていく。


「窓がいきなり割れるっていうのも謎の1つにあってね、“門番さん”って呼ばれているらしいよ。まぁ、あくまでも生徒達の噂だけど」


なんと言った?

今、目の前の先生は何と言った?

聞き間違いで無ければ「門番さん」と言わなかったか?

思考が完全に停止する。

背中の冷や汗が全身の血の気も一緒に冷やしていく。いや、それどころではない。

だって私はその名前を知っているのだ。

脳裏を駆け巡るのは、前世の記憶。前世で聞いたことがある、その名前。

その名前を聞いたのは、孫がやり込んでいたホラーゲーム「せんのかみがくえん」という、全てひらがな表記の珍しいゲームだった。

主人公は入学した学園である日を境に身の周りに異変が起き始め、様々な怪異に巻き込まれてしまう。

それも、普通の学校生活をしている中で繰り広げられるので真っ昼間から怪異に遭遇してしまう、斬新で新感覚のホラーゲームだ、と孫が言っていた。

あまり演出自体は怖くはないが、出会う幽霊達の過去やストーリーがとても拘られており、大人気ホラーゲームとなったらしい。

そう、そうだ。

自分の記憶が正しければ、そのゲームの主人公の名前は…



「かおる」



私は本日二度目の気絶をしてしまった。


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