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接触


「えーと……入学式の時に挨拶はしたよね?」


目の前の彼女を眺めながら、そういえばゲームでも主人公と悪役少女は隣の部屋だったよな、なんてことを思い出していた。

部屋の扉の前には、私たちの荷物が詰まった段ボールが積んである。

少々気まずい雰囲気の中、彼女は私に声を掛けてきた。


「あぁ、うん。小鳥遊里佳さん、だよね?」


ゲームの主人公という立場の彼女にぎこちなく返事をすると、相手は安心したように顔を綻ばせた。いや、私も一応登場人物ではあるのだが。現実を受け止めきれていない。


「名前覚えててくれたんだ! 嬉しい! 薫ちゃんってなんだか大人っぽかったから話しかけるの緊張しちゃって……あ、里佳呼びでいいからね!」


事故後から散々言われてきた言葉だが、改めて言われると確かに烏野薫はクール系のキャラクターだった。ここで伏線回収だったとは。

脳内で独り言を漏らしていると、彼女は私の手を取り花のような笑顔を向けてくる。


「部屋も隣だし、クラスの席も隣ってすごいよね! これから宜しくね、薫ちゃん!」

「よ、宜しくね」


呆気にとられて勢い任せに言葉を紡ぐ。

目の前に前世の自分が1番好きだった子が居て、手まで握ってくれているという夢のような光景なのに、ある意味夢であって欲しいとさえ思う。

どう考えても、ここは100パーセントあのゲームの舞台だろう。これから色々な男子と甘い恋愛物語を繰り広げていくであろう彼女が居て、それを邪魔する予定の私が居る。

そもそも「千神学園恋戦記」というゲームは、千神学園に入学した主人公、小鳥遊里佳が幼なじみ、俺様気質な先輩、生意気な後輩や爽やか好青年先生といった面々と恋愛していくストーリーだ。

キャラごとのストーリーが長いにも関わらず、全エンディング回収をし、同じストーリーを繰り返すほどにやり込んだ恋愛ゲームだったので、内容もよく覚えている。

だからと言って、そのゲームの悪役少女になりたいとは思わない。だったらモブとか取り巻きAくらいにして欲しかった。

そんなことを考えていると、彼女はそういえば、と話し始めた。


「今日ね、変な先輩に絡まれて大変だったの」



瞬間、盛大に噎せた。私が。

彼女は驚いた様に背中をさすってくれる。

いや、やっぱり良い子だな、と感心している場合ではない。

その変な先輩こそ、攻略対象の宇田川(うだがわ)先輩ではないか!

瞬時に前世の記憶を辿ると、確かにゲーム内でも一番最初に接触するのが宇田川先輩だった。

宇田川先輩は、これから彼女が入るであろう生徒会の会長である。

現在3年生で、俺様な性格なのにたまにおっちょこちょいなところが可愛い、と人気だったキャラクターだ。

入学式で新入生の主人公に一目惚れして、名前を聞いてくるイベントがあったはずだ。主人公の初期印象も変な先輩だったから間違いない。


「……それで、その変な先輩がどうしたの?」

「なんか名前を執拗に聞かれて……また今度会おうって言われたの」

「怪しさがすごいね」


冷静になって聞いていたつもりだが、入学式早々名前を聞き出して、また会うフラグまで立てていく人がいたら普通に怖い。ゲームだから許される設定だ。

苦い顔して段ボールから自分の荷物を取り出し、彼女への返答を考える。


「その先輩の名前聞いたの?」

「聞いてない」


三秒の即答。あ、そっちのルートなんだ、と喉元まで出掛かった。

名前を聞く選択肢を選ぶと、宇田川先輩ルートに入りやすくなるのだ。ということは、現状どのストーリーに進むかは分からない。

彼女が誰を選ぶのかという点を除いて、どんなイベントがあるのか、どんなキャラが出てくるのか、といった攻略方法を全て私は知っている。

同時に、烏野薫がどういった邪魔をしてくるのかも知っているのだ。

大好きな作品だったからこそ、主人公にはハッピーエンドを迎えて欲しい。だがそれは、私が悪役少女として役目を全うしなければいけないということでもある。


(いっそのこと主人公と彼らを強引にくっつける役になればいいのでは?)


思いつきではあるが、良い案だと思う。

ストーリーは知っているのだし、攻略方法だって知っている。本来邪魔を入れる場面であえて何もしない、なんてことは余裕で出来る。むしろ、すんなりと話が進むかもしれない。

何より、主人公を苛めるなんて今の自分には出来ないことも分かっていた。


(攻略方法が分かっているからこそ、悪役から相談役に変わることもできる……ある意味前世の記憶様様かな)


重たかった体が少しだけ軽くなったような気持ちで、私は荷物の整理を再開させた。




入学2日目、私は早速頭を抱えていた。

里佳とは反対側の隣の席をチラリと見る。

机に突っ伏して寝ている青年は、里佳と幼なじみの本庄(ほんじょう)大志(たいし)。かなりの美形だがいつも眠そうにしていて、ミステリアスな雰囲気を持っている。

攻略対象の一人なので、別に同じクラスであることはおかしな話ではない。問題は、席順だ。

まだ2日目にして、ゲームと設定が変わっている。本来は里佳の前の席が本庄の席だったはずだ。


(微妙な違いなだけ……? それとも、何かストーリーが変わってる?)


攻略方法知っているから余裕だな、とか考えていた昨夜の自分が恨めしい。こんなこと聞いていない。

自分も知らないところで何かが変わっているのかも、という不安が過ぎる。

しかし、そんな私のことなど露知らず、1日を始めるチャイムが鳴った。


チャイムとほぼ同時に、ガラッと扉を開けて長身の男性が入ってくる。


(そういえば担任は新島(にいじま)先生だった!)


この新島先生こそ、一番難易度が高かった攻略対象キャラ。

爽やか好青年という印象の先生だが、実は暗い過去を持っていて、なかなか恋愛に発展しない。

因みに数学の先生なので、数学が苦手な里佳とそのうち仲良くなるはずだ。


「このクラスの担任になった新島だ。宜しくな」


新島先生が教卓に両手をつき、整った笑みを浮かべると、女子の中から黄色い声が上がった。


(やっぱり人気だなあ……)


いつぞやの人気投票で1位にもなっていたことを思い出していると、ふと視線を感じた。

背筋に悪寒が走り、咄嗟に隣の男子を振り返る。

――目が合った。

何かもの言いたげにこちらを見てくる本庄。

その目があまりにも真っ直ぐで、こちらが居たたまれなくなり、パッと視線を逸らしてしまった。

すると、彼も視線を外して再び眠りについたようだった。


(な、何だったんだろう……)


訳の分からぬまま、私は新島先生の声を聞き流すしかなかった。




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