裏方人間
今日の鍵言葉「刑事ドラマ裏方」「結局人生でも裏方」「北島三郎」
刑事ドラマのワンシーンのようだった。
崖っぷちに思いつめたような顔をした着物姿の年配の女性。
それを見守る年配の男。暑苦しそうな若い熱血漢系の男前スーツの男。
何か3人で色々会話をしているらしい。時々女性が涙をハンカチでぬぐっているのが見える。
「あーちくしょー。早くおわんねーかな今日合コンなんだよね女子大生と。」
私の横で声がした。私の横に立っているのは安そうなスーツを着た丸坊主のでかい男。面識はない。今回の私はどういうシチュエーションで、どんな立場になってるんだ。よくわからないまま丸坊主の喋りに付き合う。
「あいつらさぁ、自分たちだけで色々解決したりしてるって思ってんじゃん?でも実際違うんじゃん。
課長の手が上がったら俺ら下働きの人間がさ、車回したり人払いしたり連絡したりさぁ。
色々しなきゃいけないんじゃん。あいつら俺らに感謝の念とかもってんのか知りたくねぇ?
っつーか、あいつら絶対俺らのこと空気とか思ってるぜ。なぁ?」
私は返事に困りなにも言わなかったら、丸坊主が私のことを膝で蹴ってきた。
「先輩が話しかけてるんだから返事は“はい”だろ?」は、はい。
「ったくおめーマジでどんくせー使えねぇ」
あぁ今回は私はこの人の後輩なのね。丸坊主先輩は私に愚痴をぶちまけ続ける。
「あいつらさ、空気吸わなかったら生きてけないようによぉ、
俺ら下働きがいなかったら段取りナッシングで仕事はムチャクチャになるぜきっと。
大体、俺はあの若い警視からお礼言われたこと一回もねーよ。社交辞令でも。
お前もそーだろ?人に頭下げてるの見たことある?」
はぁ…。何とも言えないのでとりあえず先輩に頭だけ下げる。するともう一発殴られた。
「ヘラヘラしやがってお前マジで。先輩の愚痴もきけねーのか、あぁ?」
もう一発もらいそうだと思ったときに、崖っぷちに立っていた年配の男が左手を軽く挙げた。
丸坊主先輩は少しため息をついた。「俺らは犬じゃねーっつーの。」
先輩と私はロープをもって彼らに駆け足で近付く。年配の女性は年配の男に肩を抱かれていた。
彼女の手元は自らのもっていた和風柄のハンカチで隠されている。
すれ違いざま、若い男が「おつかれちゃーん」とものすごく軽い感じで挨拶をしてきた。
その瞬間、丸坊主先輩がキレた。「てめーも働け。クチばっか達者になりやがって」
手持ちのロープを首に巻きかねない勢いで若い男の後ろ姿に近づこうとした。
まずいので全力でとめる。
先輩まずいっすよ。ヤキいれるんなら仕事済んでからでもいいじゃないっすか。
早く済ませちゃいましょうよ。暴力いけませんよ。
先輩は説得に応じてはくれたが、やつあたりに私の頭をまたもう一発殴った。
「ちきしょー。俺あいつより偉くなったら、あいつとお前にロープ持ちさせてやるよ」
え?ロープ持ちすか。じゃ今の状態とそんなに変わらないっすね私は。
「そりゃーそーだべ。俺よりお前が出世なんかしてたまるかよ。
おめーがこんどは現場でのあいつの先輩になって、あいつをたたきなおせばいいべ。
まずはあいさつからさせたらいい。おつかれした、なんていったら3発位ひざ蹴りいれてやればいい」
そう言って鼻で笑った。
そのあと先輩と私は立ち入り禁止のロープをはり始めた。先輩は少し真面目なトーンで言った。
「マジだぜ。俺絶対あいつより偉くなってやるよ。
その時は天狗にならねーで“空気のみんなありがとー”って。
ちゃんと感謝を言葉と行動でしめしてやんよ。俺は絶対わすれねぇ。」
空気のみんな、って言ってる時点でバカにしてんじゃねーか、と一瞬思った。
ただ、私も世渡りしてきたので先輩に対しては“期待しています”そういう風に言った気がする。
“私は先輩を支えます”と。
「おう。お前も早く一人前になれや。しかし…。
お前時々人が聞いたら恥ずかしくなるような事を真顔で平気でいうのな。びっくりするわ。」
丸坊主先輩は少し照れくさそうに笑った。
仕事をしている私達のはるか向こうで、いいとこどりの若造刑事が熱血系の大声で叫んでいた。
何を言っていたのかはよく分からない。先輩と私は黙々と、雑用を二人でこなしている。