一度汚れたらもう無理なのだろううか
今回の夢の鍵言葉です。「こえだめ」「泥水」「腐敗」なんだかなぁ本当に。
私達夫婦は揃って大変な不祥事を起こしたらしい。
何やら怖い人外の人たちに囲まれている様子。暗闇の中なのでその形はわからないままだ。私達は両手を拘束され地に頬を付けられた。ダンナが横で何かに顔を踏まれて血を流す。
暗闇の中から声がダンナに質問をした。
「どうしても許してほしいと願うなら、お前の大事なものを一つ差し出せ。
お前にとって、一番大事なものとは何だ?」
ダンナは「命です。自分の命です!」と答えた。
暗闇からの声はさらにダンナに尋ねる。「なら、そばにいる女の命は要らないな?」奴は二つ返事でyesといった。
ダンナは涙と鼻水が混ざったぐちゃぐちゃな顔で私に謝った。
「すまない、本当にすまなかったごめんなさい。でも死にたくない。怖い。痛いのも嫌だ。助かりたい。」
仕方のないことだと思った。私も一番自分がかわいい。私は自分で生き伸びる。どんなふうになっても怨むことはしない。同じこと聞かれたら同じように答えたかもしれないから。先に問われたほうが正直に答えただけの話だろ。大丈夫だ。あなたを支持するよ。
「そうか。なら一番大事なものを差し出せ。お前自体の命がすべて全く、なかったことにしてやるぜ。お前の存在のすべてをな。」
ダンナの姿が消しゴムで消されたように消えてしまった。闇の中から笑い声がする。
「命の一つくらいとったってつまんねーな。平凡だが普遍的な答えだ。
誰もがそう言うだろうよ。当たり前じゃん。お前のダンナつくづくシンプルアホウだな。」
人間の命を勝手になかったことにしておいて笑っているのだ。
命はひとりでつくられたものではない。
そうやって一つの命を消したということは、それにつながるすべての人たちの努力を無にしたということ。
舅さん夫婦の苦労も、舅さん夫婦を育て上げたその前の人たちも、それにかかわったすべての人たちすべての、色々なことを気持ちも。すべてなかったことにしたということ。その行為のおぞましさや、非情さに歯が震えた。
「お前。」暗闇から声がかかった。今度は私に質問をしたらしい。
「もう命はひとつもらったからな。今度は別のものが欲しい。お前にとって一番大事なものは何だ。少し面白い回答をしろよ。言えないんなら俺らが指定したものをもらう。」
つまらんクイズだ。命以外に大事なものなんてなんかあったか?
夢とか希望、誇りとか尊厳とか、そういう崇高で抽象的な難しいことを言えばいいのか。親とか兄弟とか、自分以外の命のありがたさについて言えばいいのか。私は答えることはできなかった。暗闇からまた笑い声がする。
「そんなことだろーと思ったぜ。お前きっと欲張りだから迷って何にも決めないで、頭の中で屁理屈ごねてんだろ?見え透いているんだよ。時間かかるくらいならこっちが指定した事をやれや。」
目の前にはポータブルトイレのバケツの中に多量の汚水が溜まっている。そして泥水がコップに1杯。
「そのバケツの水をかぶって、泥水1杯飲めよ。そしたら解放してやる。そしてお前のダンナ達もみんな助けてやるぜ。どうする?」
かなり躊躇した。しかし助かりたくて私はバケツの水をかぶって泥水を飲んだ。
泥水を飲みほした瞬間。私の周囲の暗闇は普段の風景に戻った。
私は風呂に入りたくて家の中に入ろうとするが、「汚いものがはいるんじゃない」舅さん夫婦やダンナに塩をぶつけられ入れてもらえない。洗えば落ちるんだ。なんでそんなに嫌うんだ。
「いくら助かるためとは言っても、そんなに汚いものをかぶるなんてありえない。100年の恋もこれで覚める。泥水を啜ったクチに二度とキスはしたくない」ダンナはそういった。
飼い犬に近づいていってみた。汚い臭い私は犬にも認識されず吠えたてられ続ける。川に行き身体を洗おうとすれば、川下に汚いものが流れるのをよしとしない人たちが、ココロない罵声を浴びせ石を投げつける。猟銃で威嚇射撃も始まった。
私は汚れたまま町を歩く。皆が避けて通り石を投げつけ、言葉で刺し貫く。行く先々で蔑まれ存在自体を否定され続ける。洗えば落ちるんだ。なんでこんな扱いを受けるんだ。洗わせてくれ、体に染みつきそうなこの汚れを洗わせてくれたら、元の私に戻れるだろうに。
その時、目の前が再び暗闇に覆われる。
「一度汚れたものは二度と奇麗なものには戻れない。たとえ洗い流したとしても、汚れた事実は消えない。
便所洗った歯ブラシを消毒したってそれを自分の歯ブラシにしようは思わないだろ?
そういうことだ。汚れるというのはそういうことだ。お前は二度と、清潔には戻れない。
泥水までくらって身体の中まで汚れきったお前を、使ってくれる所などない。」
わかるだろ?暗闇からの声はげらげら笑いながら言った。
「とりあえず、お前の大事にしている自分ってやつをもらった。
こんなに面白いとは思わなかった。命もらうより面白いぜ。じゃあな。
一生汚物まみれで暮らせ。汚いお前」
私が奪われたのは命ではなくて「今まで形作っていた自分自身」だったようだ。
汚れたままで洗い落とせず徘徊していく時間が長いほど、
洗い落とすのが困難になる泥水や異臭のような、生活の悪習慣。
それを喰らわなければ生きていけない弱々しい存在の自分。
戻りたいと願っても叶わず、新しい場所も見つからない。
汚れていなかった頃の自分を基準にして考えてしまいがちで、今を受け入れられない。
奇麗になったとしても、二度と元のように扱われないことは知っている。
しかしどうにかして洗い落としたいと願い、洗う場所を求めてさまよっている。
一度汚れたらもう無理なのだろうか。誰ももう私を受け入れてはくれないのだろうか。