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アンチテーゼ  作者: ナユタ
第一章  逃避行編
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007 空中都市オフィール

 翌日。カガシとアリゼはアーモロートを発ち、帝国エルドラドとシャンバラ領の国境を越えた。ギルドから徒歩で人の行き来があるようで、道は整備されている。国境はさながら砦で、ギルドの人間であることを証明することで通してもらえることができたのだ。

 そこからは道はなくなり、軽い山道になっていく。オフィールに行ったことのないアリゼはカガシの後ろを付いていき、言葉数も少なくひたすら歩いていた。初めての依頼に緊張とも興奮とも言えない、初めての気持ちを抱いているようだ。たまに話を切り出したかと思うと、それはギルドでの生活についての事柄ばかり。カガシは自分から話すことはやはり少ない。

 二日目の午前、低い山を抜けた所で、オフィールを目視できる距離に辿り着いた。文字通り、空中に浮遊する巨大な岩の上に街が造られている。すぐ側の山の頂に橋が掛っており、外部の者はそこから入らなければならない。どういう原理で浮遊しているかはカガシも知らないが、岩の底面から一筋の太い光が放射されている。おそらくあれが街を支える風の霊気エクトプラズムだろう。

 初見のアリゼはギルド本部の時と同じく、首を上げてその景色に見とれていた。


 岩に上陸した頃には日が落ちかけていた。家並みはカラフルで、ここが空中であることを忘れてしまうくらいに違和感はなかった。土地柄、他の街との交流は少なそうだが、住民は概して活気溢れている。わざわざこんな場所に街を造ったのは、国境付近で簡単に侵略されないように、そして野生生物などの脅威から遠ざかるためだ。

 早速、依頼者に指定された家に向かう二人。街の端からそれほど歩くこともなく見つけたその家は白一色という殺風景な外観で、研究所というよりも民家であった。扉をノックし、カガシが名乗る。

「依頼を請け負ったギルドの者だ。ここで間違いないな?」

 すると途端にドタバタと片付ける音が聞こえた後、扉が内側から開かれた。半袖のシャツにジーンズ、上着を袖で腰に巻いた、とても研究者とは思えないラフな格好の女性であった。髪は茶色で短髪で、男性のような印象を受ける。

「あ~はいはい。ま~、ここで説明するのも難だから、とりあえず上がってよ」

 初対面の二人に向かって、いきなり砕けた口調で話しかけてきた。カガシは何となくノアと気が合うのではないかと思った。

「あ、あぁ。じゃ、失礼する」

「失礼……します」

 家の中は片付けた割にゴチャゴチャと様々なものが散乱していた。あの音は何の効果もなかったようだ。

 散らかったものをよく見てみると、難しい内容が殴り書きされた紙や見たことのない何かの用具がほぼ全てを占めている。天才と変人は紙一重とはよく言ったものだ。

 勧められた椅子に座り、皿が乗ったままの机を間に依頼者と向かい合う。アリゼの表情は明らかに引いている。カガシは気付かれないことを心で祈る。

「へへへ。ご覧の通り、整理整頓は苦手でね~。これを依頼にしてもいいんだけど、まっ、それは置いといて」

 置いといていい問題なのか問いただしてみたい衝動にアリゼは駆られたが、これから関わる依頼主との関係を崩さないように触れないことに決めた。

「依頼はね、この街の内部にある遺跡に行くこと。だけ! 詳しく言えば、風の霊気をこのビンにでも採取して来てってこと」

「採取? 霊気は基本的には目視できないはずだが……?」

「この街の底から緑色の光が出てたでしょ。霊気は濃度が一定を超えると目視できるの。それくらい、ここは風の属性に恵まれててね、実はここ――」

 自分のことでもないのに、依頼主は何故か誇らしげに言葉を溜めた。

「世界に五つあるエントランスの一つなのです! ドドーン!」

 エントランス、つまりこの星「エリュシオン」に点在する霊気の噴出地点。五属性それぞれ何処かにあり、ここの場合は風なのだろう。

「成程。それにしても、地上から分離した大地にエントランスがあるなんて不思議だな」

「ドドーンは無視なのね。――なんせ風だからね~。大昔はここも大地にあったんだけど、自身の力で独りでに飛んだってワケ」

 確かに科学には強いようだ。人は見た目によらない。依頼は、星から放出したての霊気を採取してくることで、エントランスを守る遺跡へ行くことらしい。予想通り、なんてことのない簡単な依頼である。初めてのアリゼには丁度良い。

「急ぎの用でもないし、今日はもうウチに泊っていきなよ。寝床は保障できないけどね~」

 椅子から立ち、隣の部屋へ行こうとする依頼主。性格がマイペースという一言で表せることはよく解った。カガシは席を立ち、彼女の背に問いかける。

「名を聞いていなかったな。強制はしないが、それでも……」

「アタシはラピス。本名はラピス・ニュークエルっていうんだけど、長いから下だけでいいよ」

 話し終わる前に、ラピスはハキハキと答えた。正直、そこまで長くはない。思わず黙るカガシを横に、アリゼは構わず自己紹介。

「私はアリゼ・ソロウ。えっと……」

「ばっ、馬鹿野郎!」

 カガシは本名を言ってしまったアリゼの口を急いで塞いだ。せっかく身分を隠しているというのに、こんなところで騒ぎにしてしまうのは良いはずがない。ラピスは一瞬だけ呆然としたが、すぐに笑顔に戻って咎めることはなかった。煌位の顔を知らない人間が居ても、名前を知らない人間は居ない。

「へぇ~、知ってるよ、貴方のこと。でも安心して。訳ありっぽいし、アタシは政治なんてサッパリだからさ」

「あ、ありがとうございます……。カガシも、すみません。まだ慣れなくて」

 今のアリゼは登録名「エリーゼ」だ。ラピスの心遣いにアリゼは本気で感謝していた。見られてもいないのに、彼女の背に深く頭を下げた。しかし、実際アリゼよりも安心したのはカガシの方であった。


 夜中は散乱したものを枕に、三人は眠りについた。カガシはなんだかとても気疲れしたが、ラピスが深く知ろうとせずに助かった。ただ、いつまでこんな日々が続くのかと悩む夜もある。衝動的に命令を無視して助けた命ではあるが、当然ながらリスクは計り知れないほど大きい。今もどこかでウィジャ教の騎士団が捜索の域を広げているはずである。

 あの日の前に戻れたら、どうするだろう。また助けるのかもしれない。あれから生活はまるで違うものに変わった。躊躇わず殺害することのできた命ではあった。助けなければならないという、曖昧だが確固とした衝動が動かした選択。いずれにしても、もう戻れない。選んだのだから。

 隣の部屋から聞こえる寝息は、これからもカガシを縛り続ける。それでも今は、目の前の目的だけに集中することにした。

「あいつは、もうギルドに伝えたのかねぇ……」

 銀髪、オッドアイの男を思い浮かべながら、独り言を漏らした。今を守るため、もし彼が立ちはだかったら、自分は斬れるだろうか。おそらくその時の自分にしか解らない答えであり、無限の闇に飲まれないように目を閉じた。

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