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アンチテーゼ  作者: ナユタ
第一章  逃避行編
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004 背中合わせの約束

 通常ボトムバレー、二人はシャンバラ領に存在する大きな渓谷に差し掛かっていた。平地を選ぶ事もできたが、より人目につかないルートを選択したのだ。バルバニア大陸に辿り着いたとはいえ、まだシャングリラからそれ程離れてはいない。なるべく距離を取りたい。

 目的地はとりあえず最も近い街、アーモロート。ギルド本拠地である高く太い塔が目印で、ここからもその雄大な姿が目視できる。


 渓谷は、深山幽谷という言葉そのもののような景色が続く。両側を挟む山の奥に行けば仙人が住んでいそうな趣がある。付近には渓谷を作り上げた原因と思われる小川が流れ、せせらぎが僅かに耳に届いている。緑も所々で見え、急斜面に無理矢理根を下ろす樹木まであった。

 このルートを人が通らないのは、道が険しい為だけではない。見るからに解るが、野生生物が人を襲った事例をカガシは聞いた事がある。

 いずれにせよ早く切り抜けるに越した事はない。



 日は西に傾き、左側の山を赤く染め始めた。基本的に話す事もなく黙々と歩くカガシに遅れないよう、後ろからアリゼがくっついていく。コートはカガシに返されている。足元が悪いので下を向いている時間が多く、無言の空気を気にするようにアリゼはよくカガシに視線を上げた。限界が訪れたのか、自ら話を切り出してみる。

「あの……カガシの狙いは、元々私の暗殺なんですよね。良かったのですか、これで」

 カガシは敬語の注意を既に諦めていた。

「いいも悪いも、俺は玉砕覚悟だった。お前の霊気(エクトプラズム)がなかったら、あんな高さから逃げたりもできなかっただろうしな」

 アリゼの足取りが急激に重くなった。あの時、雇わなければ自分もろともカガシまで死んでいたかもしれないと思うと、本当に恐ろしい。

 霊気とは、この星――エリュシオンの万物に宿る火・水・風・電・地の属性を持ったエネルギーだ。これを操る者を霊気使い(ネクロマンサー)と呼ぶ。カガシが騎士を退けた稲妻も、教会を飛び降りた時の風も霊気によるものである。

 再び沈黙が場を包む。応答のないアリゼを気にして足を止め、振り返ったカガシは溜め息をついた。時間に比例して着実にアリゼの足取りが重くなっている。今の話も相まって、今日は無理をしない方が良いと悟った。

「仕方ねぇ。風が凌げる場所を見つけたら休むぞ。これから動いても危険だ、そこで野宿にする」

「あ、私ならまだ……!」

 正論で返すのであれば、できるだけシャングリラから離れるべきだろう。しかし、アリゼには肉体的な疲れ以外にもある筈だった。

「俺が疲れたんだよ」

 促す為の言葉ではあるが、実際カガシ自身もかなり疲れが溜まっていた。アリゼは小さな声で感謝の言葉を呟いた。





 日が山の頂に姿を消した頃、二人は大きな岩の陰に無言で座っていた。カガシが集めた薪に火を灯し、暖は取れているので心配はない。問題は食料と寝床、そして会話が皆無である事。周囲に実のなっている樹木は見当たらない。明日にはアーモロートに着くという事で、空腹は耐えなければならないようである。

 アリゼは確かにまだカガシを完全に信じている訳ではないようだが、暗殺者に対するその挙動は当然のものだろう。

 カガシは基本的に寡黙だ。腹の内が見えない彼の言動が更に拍車を掛けて不安にする。焚き火から視線を反らしたアリゼは、唐突に重い口を開く。

「どうして私を助けたのですか? 命まで懸けていたのに……」

「なんとなく、だ。実はお前を刺す事にも戸惑いがあった。俺にもよく解らねぇ」

 アリゼは岩を枕に、夜空に瞬く星を見上げた。彼女の想像以上に、複数の黒幕が居るのは間違いないようである。ウィジャ教は世界最大の宗教。そのトップである煌位を消して利がある者。

 素養が要る煌位が空席の際、臨時指導者は燦位となる。だがカガシは最も怪しいルダを知らない。あの言葉が嘘には見えず、詮索は早くも暗礁に乗り上げた。




 焚き火の煙が天を昇っていく。カガシが諸刃を磨いている間に、アリゼは座りながら眠りに落ちていた。

 そこはかとなく、寝顔を眺める。一見すれば普通の少女なのに、彼女は目に見えない重過ぎる荷を背負っている。願った訳でもなく、代えの利かない煌位として白羽の矢が立った。

 無邪気な寝顔はまるでそれを感じさせないが、せめて寝ている間は普通の少女でいていいのだ。カガシはそっとコートを上から被せた。

「初野宿のくせに寝ちまって、見張りの交代はどうするつもりなんだよ」

 こんな時は独り言を言って、側の岩を登る。岩陰で眠るアリゼの呼吸以外は静まり返っていた。カガシは腰を下ろして目を瞑り、神経だけは尖らせた。夜風が少し寒い。



◆◇◆◇◆◇



 早朝、冷たい空気と靄が立ちこめる。アリゼは目を覚ますと、被せられたコートを見るなり笑みを浮かべた。酷い空腹の中、立ち上がって周囲を見渡すがカガシは居ない。

「起きたか」

 頭上からの声に振り向くと、枕にしていた岩の上に彼は座っていた。駆け登っていくコートをカガシに掛けると、アリゼは背中合わせに腰掛ける。

「優しい所もあるんですね」

 アリゼはカガシの背中に寄り掛かってからかった。

「アホか、おかげで一睡もしてねぇよ」

「すみません。あ、照れてます?」

 カガシは無視を決め、返事をしない。きっとその通りなのだ。

「……ありがとうございます」

 この言葉にカガシは戸惑った。仕事柄、感謝される事に慣れていない。しかし、昨夜の配慮は自分でも可笑しい程に厚かった。

「私、やっぱり貴方を信じていみようと思います。だから」

 アリゼは首を後ろに向けると、カガシは横目で彼女を見ていた。

「約束です……貴方を信じますから、私を信じてください」

「持ち主が自分の盾を信じなくてどうする」

 アリゼは教会での契約を思い出した。これからお前の盾になる、と。

 カガシはコートを羽織って岩から飛び降り、薪の燃えかすを踏みつけた。アリゼも明るい表情のまま、岩を降りて彼に近寄る。

「これから、よろしくお願いします!」

 丁寧にも一礼し、返す言葉の解らないカガシに続いて歩き出す。

 アーモロートまではあと半日で着くと思われる。深い渓谷の二人だけの時間を経て、互いが相手を少し知る事ができた。

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