表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンチテーゼ  作者: ナユタ
第一章  逃避行編
3/7

003 総本山シャングリラ

 シャンバラ領、シャングリラ。バルバニア大陸の東端に位置する島の上に建てられたこの島は、世界最大の宗教「ウィジャ教」における総本山であり、巡礼の最終地点でもある。

 白で統一された美しい外観はこの街独特の建築で、中央にそびえ立つ教会は世界的に有名である。何故なら、教会のシンボルと言うべきウィジャの力を継ぐ最高指導者「煌位」の住まう場所でもあるからだ。

 その煌位が謎の侵入者、それもたった一人に誘拐されたとなれば、当然の如く大事件に他ならない。

 しかし現実に起きてしまった。決して許される筈のない事実が民衆に知れ渡るのは時間の問題であり、最悪の事態に陥る前に終息させようと騎士団は躍起になっていた。煌位の条件として素養は絶対条件とされ、一度失えばいつ現れるか解らない命なのである。




「直ちに侵入者を追え! 奴は霊気使いネクロマンサーだ、油断するな!」


窓から顔を離したハイマンは、唾を飛ばしながら部下に命令を下した。侵入者の特徴を話す必要はない。多くの騎士が煌位の私室へ雪崩れ込んでその姿を確認している。いずれ全体に伝わる筈だ。

 ハイマンも自身が破壊した扉から部屋を出る。その際、階段の渦巻く部屋に出ると、ハイマンの指揮下ではない二人の騎士を引き連れた老年の男性と擦れ違った。

 周囲に流れる緊張。紫色のローブを身に付けたこの男性の顔を知らない者は教会に居ない。

 燦位ルダ。アリゼの煌位に次ぐポストの燦位は教会に現在三名のみであり、まだ若い煌位に代わる組織のブレインの一人である。彼の顔は法令線が目立ち、感情はあまり表情に出さない。

「逃げられたのかね」

 ハイマンを見ず、ルダは足を止めて静かに問う。問うと言っても疑問符は付いていないような言い方だった。

「申し訳ありません。直ちに手配します」

 ハイマンが頭を深く下げると、ルダは無言のまま彼を通り過ぎ、煌位の私室へ入って行った。ルダはアリゼの居なくなった部屋を眺めて呟く。

「見事ですな、煌位」




◆◇◆◇◆◇




 カガシはアリゼの手首を引き、シャングリラの街を駆け抜けていた。途中、人目が多い通りになると路地裏を探して身を隠しながら進む。走ればどうしても目立つ為、二人は道とも言えぬ道へ忍び込んだ。

 路地裏は白い壁に左右を囲まれ、住民に忘れ去られた家具が蜘蛛の巣を張って居座り、狭い道を更に狭くしていた。本来は道として利用する事はやはりないようで、昼だというのに人気が全く感じられない。加えて日陰ばかりで閑散とし、隣の大通りとは別の街のような印象を与える。近道にはなりそうだが、これはもはや家と家の隙間と言って相違ない。

 煌位ともあろう者がこんな足場の悪い場所に来た事がある訳もなく、アリゼは何度か転びかけてしまう。日常生活の中でこれ程継続的に走る事など滅多にない為か、カガシのスピードに付いていくので精一杯だ。


「この街にっ、地上からの出入り口は二つだけですっ」

 息も絶え絶えにアリゼは助言する。

「南西と北西にある橋がっ、バルバニア大陸に繋がっていますっ」

「太陽を見たか、今は真昼だ。俺は人目の少ない南西に向かっている」

 対照的にカガシは疲れた仕草一つ見せず、至って落ち着いているように見えた。この状況で内心はそんな筈がないのだが、これが彼の雰囲気なのだろうとアリゼは感じた。又は、逃げ道まで確認しておいた下調べによる自信か。




 やがて島の先端に辿り着くと、大陸とを結ぶ鉄骨の橋が現れた。二人の騎士がその両端に立ち、出入りする人々を見張っている。ここは世界各国から人が訪れるので仕方ない事だ。どさくさに紛れて訪れる、要人を襲う目的を持った怪しい人物がいるかもしれない。例えるならばカガシのような。

 アリゼとカガシは家と家の隙間からこの状況を覗いていた。この騎士にまではさすがに脱走の情報は届いていないだろうが、周囲に人目が完全に皆無という事でもない。走って通り過ぎるのは無理がある。

「強硬突破でいくか」

「駄目です! 彼等は私達を襲ったりはしていないじゃないですか! 彼等の上に立つ者として、私が禁止し……」

 静かにしろ、のポーズを取ってカガシは口を挟む。

「あのな、俺がお前の部屋に着くまで誰にも見つかっていないとでも思ったか? それに、後で顔を覚えていたりしたら足が洗われる。逃げ切ったとしても騎士団にはすぐに情報がいくだろうしな」

 もっともだった。手に取ったままだった弓矢があるが、出来ればより安全に脱出したい。そこでカガシは即席の策略を作った。アリゼも渋々その作戦に乗る事にした。



 アリゼは掌から水を発生させる。島の上の街なので地面は端にいく程に低い。伝う水は少しずつ前進し、見張りの騎士の前に達した。流石に違和感に気付いた二人は水の出所へ向かうが、この時に水浸しの地面を踏む。カガシはこの瞬間を見計らい、掌から地面に電流を流した。

 電流は水、鎧、身体の順序で伝わり、二人の騎士は同時に前のめりで倒れる。近くで悲鳴が上がり、カガシとアリゼは大通りに出てから橋に向う。怪しまれないように急がず歩き、アリゼにはカガシのコートを着させてフードを被せた。

 難無く人だかりを横切る事ができ、島から最初の一歩を踏み出した。


 暫くして振り返ると、倒れた騎士が起き上り、集まっていた野次馬が解散しているところだった。

「大成功。そろそろ走るか」

「良心が痛みます……。カガシは思わないんですか? 本来なら大成功~、じゃありませんよ」

 カガシは小走りになってアリゼのフードに隠れた顔を見る。目を細め呆れていた。

「忘れてもらったら困るが、俺は暗殺者だからな。そんなもんはとっくの昔に捨てた。って、そういうお前こそ結局手を貸したじゃねぇか」

「あ、あれは仕方なく、ですっ! 一緒にしないでください」

 アリゼは早足でカガシに付いてくる。思えば初めてまともな会話になっている気がした。

「それと、俺に敬語はやめろ。お前はもう俺の依頼主だし、それに……どうも慣れねぇ」

「そう、ですね。すみません」

「……アホか、お前は」




 アリゼの着ているカガシのコートが潮風にたなびく。左右のシャングリラ港を鉄骨の橋が分断し、西側にバルバニア大陸が望める。反対側は見渡す限りの海に黒いシルエットの小さな島々。橋は微妙な曲線を描き、遠くで大陸の先端を掴んでいた。

 アリゼはこれまで煌位として人生の大半を過ごしてきた、教会という狭い世界しか知らなかった。世界を導く為政者等との会議であっても、開催地は中立の立場を取るシャンバラばかりだ。本で外の世界の知識を得る事は可能だが、実際に出てみないと解らない事が沢山あるのも承知している。彼女には、街からそれ程離れていないこの景色に映るもの全てが新鮮であった。


 どんな生活だろうと受け入れる、アリゼは不安を拭うように自分に言い聞かせた。遠ざかる教会を背に、カガシはアリゼの心を見透かしたように言う。

「安心しろ。こうした以上、死なせはしない」

 怪我の可能性を否定しない冗談のつもりが、アリゼは黙って頷くだけ。迷いがあるからか、彼女は教会を一度も振り返りはしなかった。

 きっと、長い逃避行になるであろう事を、半ば理解した上で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ