飛べない鳥
年内も何とか乗り切り、正月休みに入った。真紀は実家に帰っているだろう。特に予定もなく街をぶらぶらしていると、革製品を扱う雑貨屋が目に入った。キーケースが壊れかかっていたので、代わりが見つかればと立ち寄ってみる。
少し値は張るが、バッグや手帳カバーなどユニセックスでシンプルなデザインの物が多い。中でも羽モチーフのキーケースが気に入って、買おうとレジに並ぶと、近くにアクセサリーのコーナーがあった。すでに金具がついたネックレス用の革紐が並び、そこに通すペンダントヘッドを自由に選べるようになっている。雪の結晶を象ったきらめくペンダントヘッドを手に取った。
「それお買い得ですよ」
女性店員が話しかけてくる。冬のデザインだからそろそろ季節外れになる前に売ってしまいたいのだろう。ひんやりと重いそれはガラスビーズがちりばめられており、黒い革紐につけるとなかなかシックだった。
「この紐は短めのチョーカータイプで、金具はマグネット式ですから、すごく付けやすいです」
以前真紀がネックレスの金具がとれなくて四苦八苦していたのを思い出してつい笑みが出た。手に取ってみると貝合わせのようになっていて、確かにぱちんぱちんとすぐ取り外しができる。なによりこのモチーフは真紀に似合いそうだ。店員に買うことを伝えた。
「プレゼントですよね?お箱とリボン、どうします?」
「あんまり仰々しくしないで下さい」
アクセサリーとしてはさほど高価な物ではない。きっちり包まれて、期待されたり引かれたりしても困る。
「じゃ、当店のベルベットの袋に入れて、リボンをつけた紙バッグに入れときます」
プレゼントを手に店を出ると、改めて胸が鳴った。真紀の誕生日、展示会が終わるのは昼だ。打ち上げの昼食会があるけど、遅くなっても夕方には帰宅できるだろう。なんとか声をかけてみよう。展示会までは仕事に集中と思っていたのに。両手で頬を叩いて浮き立つ心を戒めた。。
展示会当日がやってきた。久しぶりに前日から徹夜状態で準備に臨む。開催前、取引先向けの会社の業務説明ブースで何度も説明原稿をチェックしてから、一般向けブースの状況も見て回る。真紀は子供に風船を配る係らしく、チャコールグレイのスーツの上にピンクのエプロンをし、風船の糸が絡まないよう悪戦苦闘していた。時々ぱん!という音がして思わず苦笑する。パニクるなよ、真紀。
天候にも恵まれ、展示会は盛況だった。取引先の重役を案内していると、泣いている子供と一緒に泣きそうな顔をしている真紀の姿が目に入る。空に赤い風船が一つ、糸を揺らして風に流されてゆく。
If I were a bird, I could fly to you.
昔習った英語のセンテンスがふと蘇った。
きみがそんな顔をしないためなら、空も飛びたい。
俺は頭を振ると目の前の重役に意識を戻した。
何とか大きな問題もなく展示会は幕を閉じた。終了後の社を上げての打ち上げを兼ねた昼食会で、壇上に上げられ挨拶をさせられた時も、達成感とは別の胸の高鳴りを隠しながら、誇らしげに俺の声に耳を傾けている真紀を見ていた。
帰り道、様々な社員に声をかけられながらも駅に急いだ。売店を覗いたり電車の到着時刻を見る振りをしながら真紀を探すと、しばらくして向こうから内巻きカールを揺らしながらやってくるのが見えた。思わず手を振りそうになったが、ぐっとこらえる。あくまで偶然の振りをして合流した。
ふたりで電車に乗り込むと、今までにない緊張が体を包んだ。寝不足も手伝って変に気持ちが高揚している。鞄の底に眠る雪の結晶のチョーカーを意識して、落ち着かない気持ちを奥歯で噛み締めてやり過ごした。
「3時頃に電車に乗るのって、なんかさぼったみたい。変な感じ」
真紀の声が聞こえる。そうかまだ3時なんだ。バーナードカフェもいいけど、落ち着いて話せないかもしれないな。どこがいいだろう。その時ふと俺の頭に同級生の親父がやっている喫茶店が思い浮かんだ。良い趣向かもしれない。久しぶりに俺もあのコーヒーを飲みたいし。さりげなさを装って提案した。
「今日はさ、うちの駅に降りてみない?」