ささやかな祝福を
奇しくも真紀の誕生日に行われる会社の展示会。例年1月の土曜日に取引先を呼び、製品の展示だけでなく会社の好感度アップのため様々な催しを企画する。俺の提案は近隣の一般市民も呼んで、地域に密着・還元している会社というのをアピールしようというものだった。取引先にも「家族向けなので今年は子供さんも是非」と可愛いカードを付けて招待し、近くのスーパーや幼稚園にもポスターを貼らせてもらう。ネックは資金と人員だったが、何とか目処もつきゴーサインが出た。
12月も慌ただしかった。クリスマスイブも何を祝うでもなくただ黙々と働く。むろん着飾って慌てて帰って行く女子社員や、遅くなるからと泣きの電話を入れている既婚者の上司の姿はあった。しかし俺の仕事に果ては見えない。デスクの上でカップ麺をすすって夕飯を済まし、深夜に仕事が何とか片付いた後はまっすぐ帰宅の途についた。
赤松駅にも市民の手作りツリーが飾られて、夜が更けても街全体が浮かれているように見える。駅のコンコース沿いに並ぶ色とりどりの点滅を、ぼんやり眺めながら歩いた。
と、そのツリーを丹念に見て回っているキャメル色のコートが目に入る・・・真紀だった。こんな遅くに。にわかには信じられなかった。今宵サンタクロースは大人にもプレゼントをくれるのか?
「今、帰り?」
俺が近づくと真紀は少し赤い顔をほころばせた。
「うん、フリーの子だけの淋しいクリスマスパーティーだったんだ。周平君は今仕事終わり?大変だねえ。お疲れさまー」
少し酔っているらしく甘えたような口調が可愛かった。真紀は「なんか私ばっかり楽しんじゃって悪い」と言いながらもパーティーの様子を話してくれる。
「プレゼント交換なんて小学生以来だったよ。1500円以内って決めてプレゼント持ち寄って、輪になって『ジングルベール、ジングルベール』って歌の間に回すの」
真紀はくすくす笑って、今度はくるりと後ろを振り返った。
「このツリー見た?面白いね、風船の中にいろいろ仕込んであるの。花束とか、子供のおもちゃとか。サンタさんのプレゼントツリーだって」
ここでしばらくツリーを見ていたらしく、鼻の頭が真っ赤になっている。酔っ払いめ、絡まれたらどうするんだ。
「寒いけど、雪は降らなかったねえ」
俺の気も知らずに、真紀は暢気に空を見上げた。吐く息が白く立ち上る。今、俺の望みをもうひとつ叶えてもらえるとしたら。バーナードカフェは今ならまだ開いている。
「・・・今日、寄ってかない?」
大きく頷きながらぴかぴかの笑顔が返ってきた。
俺たちはバーナードカフェで一つだけ売れ残っていた小さなケーキを半分ずつ分けて食べ、ささやかなクリスマスを祝った。馬鹿みたいに幸せで、俺にしてはいつになく饒舌になったけれど、酔っていた真紀は全く気にしていないようだった。いつまでもこうしていたかったが、閉店の時間が近づいて仕方なく重い腰を上げる。帰りがけレジ脇のオリジナルグッズ・コーナーに目をやると、クリスマスツリーの根元にセントバーナードが寝ている絵のクッキーが売られていて、俺は思わず手を伸ばした。
「何か買ったの?」
そう言ってのぞき込む真紀に、
「やっすいプレゼントで悪いけど」
とセロファンとリボンに包まれたクッキーを手渡した。
「ええっ、私に?」
彼女は無邪気な瞳をきらきらと輝かせた。
ああそうか、きっと皆こういう顔を見たくてプレゼントをするんだ。
クッキーの包みを目の高さまで上げて色んな角度から眺めている。
「・・・可愛い!ありがとう!でも私、何もあげるものないよ」
慌てる真紀を両手で制した。
「いや、付き合ってくれただけで十分。半分こだけど今日中にケーキにありつけるとは思わなかった。今帰ってもどうせ家族は起きちゃいないし、もう寝るだけだと思ってたから」
「・・・そうかな?」
真紀ははにかんで微笑んだ。
「うん、いいイブだったよ」
嘘じゃない。どんなに嬉しかったか、言っても信じてくれないかもしれないけど。
俺は、25日の朝枕元にお目当ての物を見つけた子供のように、満足して帰路についた。