その時まで
しかし、秋冬は忙しいシーズンでもあった。1月の展示会まではプライベートどころではない。ただ忙しいのは真紀も同じらしく、一緒に帰れることも少なくなかった。駅で俺を見つけた瞬間、ぱっと表情を明るく輝かせる真紀を見ると、会社での理不尽なもめ事も一瞬にして消え去った。
ふたりの時は出来るだけ紳士的でいたかった。彼女の話を聞いてやり、俺と居る時は少しでも安らげれば、と思っているのに、疲れていると徐々に甘えが出る。ぽろりとネガティブなことをこぼしたり、離れ難くて長々と食事に付き合わせたり。こないだは浮かれてワインまで頼んでしまった。酒に弱い俺は飲むとつい本音が出て、余計なことを話しかねないのに。遅くなった口実に真紀を部屋まで送って行けたのは良かったが、もちろん真紀は部屋に上げてくれるなんてことはなくて、ぴったり閉ざされたドアを恨めしく眺めて帰った。
「守備はどう?」
美砂は俺と会う度真紀とのことを聞いてくる。
「ぼちぼち?」
他人事のように言う俺に美砂は呆れている。
「何、それ。真紀にも鎌かけたけど、何かムキになって否定されちゃったし」
「は?」
「あんたたち、うちの後輩に目撃されて。つき合ってんじゃないかって言われてんのよ。それを真紀に話したんだけど、ちょっとキレちゃって」
「変なこと言うなよ」
「だって見てられなくて」
「頼むよ」
俺は美砂にすがるように言った。
「真紀の性格分かってるだろ。焦ってぶち壊したくない」
こないだ強引な先輩に告られた真紀は、パニくったあげくそいつの横っ面をひっぱたいて逃げてしまったそうだ。美砂は笑い話として話してくれたのだが、俺は二重の意味で焦った。タイミングを誤ると同じ結果が待っているということと、真紀を狙う奴がいるという事。
「壊さなきゃ進めないじゃん」
美砂は引かない。まさに良介は壊して美砂を手に入れたのだろう。経験者の言葉は重い。
「季節柄イベントだって盛りだくさんじゃない?クリスマスに、1月は真紀の誕生日」
「その日はちょうど会社の展示会!イブだって何時に帰れるか、イベントどころじゃねえ。俺だって初めて通った企画がうまくいくかの瀬戸際なんだ」
「そうだけど」
珍しく少し当たるようなことを言ってしまった。美砂だって重々承知の上で言っているのだ。分かってる。
「・・・悪い。ありがとな、感謝してる。でも俺は俺のペースでしか進めないから」
美砂は頷いてぽんぽんと俺の腕を励ますように叩いた。
まずは展示会。動くのはそれが終わってからだ。業務を疎かにするのは俺も嫌だし、何よりきっと真紀も許さない。
もう少し待っていてほしい、機が熟すまで。
美砂や、真紀、そして俺自身も。
こんこんと湧き上がるこの恋情は、油断すればあっという間にあふれそうで。いつまで押しとどめられるか、俺だって自信がないんだ。