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他の誰かでなく

 良介からの情報によれば、真紀は後輩に慕われ新しい同僚にも恵まれて、うまくやっているようだった。予想通り、俺は転属してから忙しさも手伝ってほとんど真紀に会えなかった。たまに見かけても挨拶程度で話す暇すらない。でも目が合うと、久しぶりのせいか嬉しそうに微笑んでくれる。それだけで馬鹿みたいに救われて、その日一日がうまく回っていく気がした。離れた位置に立って初めて、彼女を守り支えていたつもりが、自分がどんなに支えられていたかに気付き愕然とする。あれ以来、美砂と良介は同期会を開いて俺を幹事にしたり、いろいろ世話を焼いてくれたが、真紀との距離は一向に縮まなかった。


 家で犬のトムをからかって遊んでいても、ぼんやり真紀のことを思い出す。第二金曜日の昨日は同期会だったのに、真紀は参加できなかった。なかなか待ち合わせに現れない真紀を会社のロビーで呼び出すと、遠くから彼女の携帯の着メロが聞こえた。曲名は知らないが何だかセンチメンタルな曲調で、何となく覚えていた。

「ごめーん!仕事が立て込んじゃってしばらく帰れそうにないの。今日は皆で楽しんできて?」

 ちょうど1階で資料を運んでいる最中に電話を掛けたしまったらしく、紙筒や書類を小脇に抱えて駆けてきた。両手を目の前で重ねて拝むように俺を見上げる。急いできたためか息が上がって頬が上気していた。ほぼ1ヶ月ぶりの再会。つれないことを言われているのに、視線が合っただけでどきどきしてめまいがしそうだった。だから本当は未練たらたらのくせに、

「そっか、無理すんなよ」

 と無難な言葉を掛けることしかできなかった。

「何のための同期会か!『遅くなっても待ってる』とか気の利いたこと言えないのかね」

 良介たちに呆れられても仕方ない。軽い二日酔いで頭も重く何をする当てもない土曜日、犬にボールを投げてやっているとお袋の弾くへたくそなピアノが聞こえる。あ、また同じところで間違えた。いらいらして文句を言いに行こうかと立ち上がったその時、やっと先に進んだ。あれ?覚えのあるフレーズ。何だっけ?

「その曲何?」

 俺が部屋に突然入ってきたので、お袋はびっくりして手を止めた。

「脅かさないでよ」

 それでも、この曲に興味を示したのが嬉しいらしく、嬉々として楽譜を見せてきた。

「Anyone at allよ、ほら私の好きなトムさまの映画のエンドロールで流れてた」

 そう言って楽譜を見せてくる。映画は以前お袋に無理矢理見せられたことのあるロマンティックコメディで、歌っているのはキャロル・キングだった。

「ああ!」

 真紀の昨日の着メロ!そういえば以前彼女もキャロル・キングが好きと言っていた。

「良い歌よねえ。覚えてたなんて、無理矢理映画見せた甲斐があったわ」

「違うって!同期の真紀がこれを着メロにしてたから」

 その言葉をきいた母親はええっ!と言って乗り出した。

「それって周ちゃん専用?」

「何だよ」

「だって、真紀ちゃんて周ちゃんが好きな子でしょ?」

「はあっ!?」

 何でお袋にまでバレてんだよ!

「入社した初めの頃、よく真紀真紀言ってたもんね?どうなのよう、ねえっ!」

「知らねえよ!」

 なんでそんなに興奮してんだよ。

「だってAnyone at alって他の誰かでなくてあなたで良かった、ってことじゃなーい!その子も絶対周ちゃんが好きなのよ!」

 他の誰か、でなく。真紀は歌詞の内容を知っているのだろうか。

 企画部に行ってから、何故か俺は女性から声をかけられることが多くなった。はっきりつきあって、と言われることもあったが、まったく心は動かない。

 他の誰か、ではだめだ、だめなのに。

 犬のトムが焦れて呼ぶ声に気付いて、俺はにじり寄ってくるお袋に楽譜を返し、庭に戻った。

 


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