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後日談〜愛は連鎖する(1)

「偶然は、創られた奇跡」12話の後日談、日曜日の午後の話です。

「ずっと、冬のままで」12話「ラテの冷めない距離(2)」(日曜日の午前中の話)の続きになります。

 一話ずつ、視点が変わりますのでご注意下さい。

 13話は周平サイドです。

〜周平サイド



「どうしてひとりで行かないのよぉ」

 着替えを取りに行くから一緒にうちに来て、と何とか説得して浅葱駅から笠原町までの電車の中。往生際の悪い奴がぶつぶつ言っている。

 昨日、真紀の誕生日と会社のイベントがぶつかった土曜日。色々、そう本当に色々あって。それでも何とか、気持ちを伝えることが出来て、彼女もそれを受け止めてくれたはずだ。3年越しの恋が叶った週末。そのまま一晩一緒に居るっていうのも、そうありえないことじゃないと思う、大人だし。

 なのに彼女は、

「無理、もう、帰して」

 と泣きべそで許しを請うた。真紀のパニック体質は誰より知っていたが、恋愛に関して発動されるとこんなにも質が悪いことを知った。俺でなければきっと愛想をつかされる。ま、それはそれでいいんだけど。

 明けて今日の日曜。一秒でも早く会って、気持ちを確かめ合いたくて。彼女が早く来るのを見越して、待ち合わせのカフェに30分以上前からスタンバった。それから何とか真紀の家にたどり着いたのだが、泊まらせてといったら怒られるし、朝一緒に出勤するから着替えを取りに行きたい、つきましては俺の家に、と説明すればまた怒られる。

「・・・なあ、俺昨日まで随分がんばったよな?」

 耳元でささやいた。

「ご褒美、くれよ」

 真紀は耳を押さえて頭をふった。

 

 嫌がる真紀を引っ張ってうちに連れて行った。笠原駅から徒歩15分、ひと昔前の振興住宅地だ。うちを建てた頃はまだ家も少なく、畑や空き地が結構あったらしい。今となってはほとんどが住宅か駐車場で、当時からの家々はそれなりの風雪を経て佇んでいる。

 うちの垣根が見えると、俺の匂いを嗅ぎつけて興奮したトムが鳴いているのが聞こえた。真紀はトムには会いたいがお袋には会いたくないらしく、引いた手を逆に引っ張られた。

「なんだよ」

「お母さん、いるんでしょ?」

「居ると思うよ、もしかしたら親父も」

「ええっ?!電話で確認とかしなかったの?」

 真紀が思わず後ずさった。

「・・・してる暇なかっただろ?」

 俺が顔をのぞき込むと、真紀は顔を真っ赤にして俯いた。そりゃあ、そうだ。今朝バーナードカフェで会ってこの方、片時も真紀と離れず何処かしらをくっつけていたんだから。俺は構わず真紀の手を引いて行くと、トムが垣根から飛び出さんばかりに身体を乗り出しているのが見えた。母の好みでアメリカンな名前が付いてはいても、彼はれっきとした柴犬だ。犬好きの真紀は垣根に近づくと、空いている方の手でトムの背中を撫で、やっと笑った。

「人なつっこい」

「恐がりのくせに警戒心がないんだよ。花火とか全然駄目で、去年の花火大会の日に・・・」

 その時、あんまりトムが鳴いたので見に来たのだろう、お袋がドアから顔を出した。まず俺の顔を見て、真紀の顔を見て。さらにあろう事か、真紀の口元をじっと見ている!口紅の色に合点がいったのか、ぱあっと顔を輝かせて、

「おとうさん!おとうさん!」

と言って中に入って行ってしまった・・・親父居るんだ。

「ね、何?何が起こったの?」

 恐る恐る聞く真紀に、俺は爆弾を落とした。

「・・・昨日帰った時にさ、付いてたんだよ。ここに、口紅」

 俺が唇の脇を指していった。

「俺お袋に、うっかり『真紀のだ』って言っちゃったから」

「!」

 真紀はふらふらとよろめいた。どんな顔してあったらいいの!よりによって昨日と同じルージュだし!と呟いて俺をばしばし叩いている。

 そのうちお袋が顔を出して、どうぞどうぞ、と意味深な笑顔で応対するもんだから、真紀はさらに萎縮してしまった。


 俺のうちはお袋の方針で居間を通らないとどの部屋にも行けないようになっている。従って俺の部屋も居間経由だ。居間のソファの上には親父が座って新聞を読んでいた。真紀はびくびくと入り口から見ている。何だかRPGみたいで笑える。出でよ、勇者!君のターンだ、真紀。

「親父」

 親父はかさっと新聞から目を上げた。初めて気付いた風を装っているが、お袋が騒いでいたから知らないはずはない。真面目に見えて案外食わせ物なのだ。

「同じ会社の藤沢真紀さん」

「藤沢です。突然お邪魔してすみません」

 真紀がペコリと頭を下げると、親父は「どうも」と挨拶を返しながら真紀の顔を見た。

「藤沢さんね」

 口の中でもぐもぐ「藤沢、藤沢」と繰り返すと、突然、にやりとして、

「じゃ周平が婿入りしたら藤沢周平だな」

 といった。親父!

「はあ、そう、ですね・・・?」

 真紀は笑えない冗談に思わず相槌を打つ。

「ま、一人息子だから婿はちと厳しいぞ。藤沢さんは一人っ子?」

「いえ、姉がひとり」

「そう。山形、行ったことある?」

 唐突だな。

「山形、ですか。昔、ですけど、家族旅行でさくらんぼ狩りにいったことがあります。可愛い名前の駅がありますよね、温泉がある街で」

「『さくらんぼ東根』ね」

 面接試験みたいに素直に答える真紀に、親父はにこにこしている。どうやら真紀は気に入られたらしい。

「親父は山形県の鶴岡出身でね、地元出身の藤沢周平を敬愛してるわけ。本も山ほど読んだし、俺の名前もその人からとった」

「・・・もう生まれついての時代小説好きなのね」

 真紀は俺と親父を見て嬉しそうに微笑んだ。そこへ、お袋が顔を出す。 

「真紀ちゃーん、今日お夕飯食べてかない?」

「は、はあ」

 まだ3時だぞ、おい!何時間さらし者にされなきゃいけないんだよ。

「駄目。もうすぐ出かけるから」

 俺はきっぱりと拒絶する。

「ええっ、あんた何しにきたのよぉ」

「着替え取りに。今日帰らない。明日直で会社行くから」

 突っ込まれないようにすばやく畳み掛ける。

「何だ、仕事か?」

 頼むよ、親父。

「何でもいいだろ」

 早く、部屋いこう。振り返ると、真紀が俯いてもじもじしていた。

「・・・真紀、なんでそこで赤くなるかなあ!」

 

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