歪んだ童話の魔法使いと人魚姫と、彼女
ヒロインは不在です
私は魔法使い、この洞窟の中では魚や人魚でない私でも息をすることが出来る。
狭く薄暗い空間が私と彼女の世界だった。
「人間になりたい?」
そんな私の世界に飛び込んできた君は──嗚呼、とても可哀想な人魚姫だよ。
人間の王子に恋をしたから人間になりたいだなんて、とても愚かでとても素敵な願いだ。
「魔法使いさん、人間になる方法はないのかしら?」
「あるよ。けれど、タダで教えるわけにはいかないね」
「あの人に会うためなら何でもするわ!」
頭にはもう王子との幸せしかないのだろう。
人魚姫は水の中だというのに頬を赤らめていた。
──けれど、残念だったね?君の恋はきっと叶わない。
「……もしも三日後の日没までに王子と結ばれなければ君はすべてを失う。それでもいいなら、この薬を飲めばいい」
薬は、人魚を人間にするものではない。
薬なんて、私には必要のないものだ──魔法使いである、私には。
声を奪うことも、痛みを与えることも、出来なかったわけではない。しなかったのだ。
「ありがとう! 貴方って良い人だったのね」
赤い薬の入った小瓶を受け取り、純粋無垢な笑顔を浮かべる人魚姫。
嗚呼、ああ、アア、君は本当に愚かだよ。
赤の薬は魂を捕らえ時が来たら魂を抜く薬。
とても良いタイミングと願いであったことは褒め称えるよ。
「そんなことはないさ。さあ、早く行かないと時間がなくなるよ」
「ええ、本当にありがとう……魔法使いさん」
君にとっての私は、良い人みたいだけれど。
「こちらこそ、ありがとう」
私にとっての君は──。
遠ざかる人魚姫。
近付くものは私の理想。
私の台詞は、恋に酔う人魚姫には聞こえない。
「ここには私たちの邪魔をする人間は来れないから、新しい身体が手に入ったらずっと一緒にいられる」
懐から取り出した小瓶に口付ける。
愛しい愛しい私のリーリア。
彼女は水の中では息が出来ない。
水にとけてしまわないように小瓶に入れておかなければならなかった。
狭く薄暗い私の世界よりも更に狭い場所に閉じ込めて。
「リーリア、ここなら煩い王子は来ないよ。君の身体は惜しかったけれど、老いて朽ちる身体よりも永久に美しい身体のほうが君も嬉しいよね? 人魚の血肉は不老不死になれるらしいから……大丈夫だよ。一国の王子の結婚相手に、素性のわからない相手がなれるわけがないんだから」
嗚呼、ここは姫と王子だけに、幸せが訪れる世界。
魔法使いは嫌われ、報われない世界。
だったら歪めて乗っ取ってしまえばいい。奪ってしまえばいい。
「リーリア、リーリア、私のリーリア」
小瓶に詰めたリーリアの魂は金色にキラキラと光っている。
「後三日……」
後、三日。
何をして待とうか。
「駄目だったらどうしようかな、嗚呼」
一時でも早く、また君に名前を呼ばれたいよ。