婚約
なかのです。
つたない文章ですが、どうぞお付き合い下さい。
昨夜のパーティーとは打って変わり、プリマヴェーラ公爵邸はいつもの穏やかさを取り戻していた。
昼下がりそこに1台の馬車がやってきた。
豪奢な馬車から降りてきたのは、ブロンドの美青年であった。
彼はその長い足で悠然と公爵邸へ入っていった。
「これは、ようこそアデル殿。ゾネット伯爵殿はいかがお過ごしかな?」
公爵は客室に入るとにこやかにアデルに握手を求めた。
「突然の訪問まことに申し訳ありません。私達親子共々公爵様のおかげで健在です。」
美青年―アデルは腰を折り、優雅に一礼した。
「いえ、気になさるな。昨日のパーティーは楽しんで頂けましたかな?」
公爵は腰掛け、アデルにもイスを勧めた。「はい、とても。公爵様同様素晴らしいパーティーでした。」
アデルは、失礼します。と一言言い腰掛ける。
「それは良かった。」
「…して、今日はどのようなご用向きで?」
公爵は顎に手をあて、しばらく口を閉ざした後エメラルドグリーンの瞳をアデルに向け、問い掛けた。
顔には相変わらず微笑をたたえているが、その瞳からは考えが読めない。
「今日は公爵様にお願い事があって参りました。」
アデルは負けじとエメラルドグリーンの瞳を見つめ返す。
「ほぉ、願いとは?」
公爵の瞳が鋭く光る。
「リントレット嬢っの婚約をお許し頂けないでしょうか。」
アデルのオレンジの瞳が強く公爵を見据える。
公爵は一瞬目を見開いた後、冷たく微笑む。
「私が、そう易々とリートを手渡すとお思いか。」
「いえ。」
「では、どうぞお引き取り願おう。」
公爵は、部屋の隅に控えている執事を呼び寄せるため、手をかざす。
「ですから、今日は私の願いを聞き入れて頂けた際の公爵様のメリットを用意して参りました。」
公爵は、かざしていた手を下げ、アデルへ向き直る。
「失礼ながら、伯爵家のあなたが、公爵である私に与えられるメリットなど何がおありか?」
アデルは微笑む。
「リントレット嬢がいつか結婚されるのは変えられぬ事。違いますか?」
アデルの言葉に公爵は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「それはそうだな。私もあの子に幸せになって欲しいからね。」
「しかし公爵様、リントレット嬢が結婚なさってもずっと一緒に暮らせることは可能です。」
「その方法とは?」
公爵の瞳は興味を示していた。
「私は二男です。爵位を継いで、家に残るのは兄です。」
「…つまり、あなたを婿養子にとれと、そういうことかな?」
「はい。」
公爵は考え込む。
アデルの瞳は強く光っている。「…アデル殿の噂は伺っている。非常に優秀で、将来有望。おまけに交遊関係も清いものだと。」
「ありがとうございます。」
「…アデル殿なら、リートを幸せにしてくれるやもしれませんな。」
公爵は強ばらせていた顔を緩め、弱々しく微笑む。
「必ず、リントレット嬢を幸せにすると、約束致します。」
アデルは公爵をじっと見据える。
「…アデル殿を認めよう。ただし、正式な婚約は、リートのデビューを終えてかでかまわないかね?」
「もちろんです。お許し頂きありがとうございます。」
一礼をするアデル、その顔には満面の笑みをたたえている。
「私はこの後、出かけなければならないのだが、リートに会っていかれるだろう?二人で話し合ってくれ。」
公爵は、アデルを信頼したのだろう、二人を会わせることに抵抗を見せない。
「ぜひ、ありがとうございます。」
「では、リートの準備ができたら、侍女に呼びに来させよう。では、また。」
公爵は執事から上着を受け取り、出かけていった。
アデルは公爵の背中を見届け、イスに腰掛け直す。
その顔は今までの微笑みとは打って変わり、口の端を吊り上げ皮肉な妖笑を浮かべていた。