2通の手紙と領地視察
「なんだこれは…」
「はい、当主様。
王太子殿下の側近、ヴァニ様よりお嬢様宛にお手紙です。
そして、もう一通は、我が国に遊学中の帝国の第2皇子ウルドレット樣です」
「……私が中身を確認する。今更、何の用なのだ…」
乱暴にペーパーナイフで封を切り、バサリと便箋を広げる。
王太子殿下の今までの妹に対する無体の数々の謝罪文だった。
その内容に、激怒しそうになり思わずグシャリと便箋を握り潰す。
あのクソ王子…妹が虐めなどくだらん事すると、本気で思っていたのか?
しかも、大勢の前で断罪めいたことを…ふざけやがって!
妹は、この件を父上にも兄である私にも言っていない。
私や父が激怒して、王家と揉めるのを避ける為だ。
冤罪の断罪など明るみになれば、場合によって、王太子は継承権を剥奪される。
そして、王家と公爵家で軋轢が生まれ派閥ができる。
国を巻き込んで大事にさせないよう、一人で呑み込んだのだろう。
我ながら、優秀な妹だ。
…思考が深く優秀すぎる故、常人より深く傷つく。
だが、だからと言って、なんで妹だけこんなに我慢せねばならんのだ。
なぜ、傷つけられねばならんのだ。
提訴は、妹も望まないだろうから秘密裏に示談になるか…
百歩譲っても慰謝料はふんだくって、妹に何か買ってやろう。
これは父上にも相談して内密に進めなくては…
やっと落ち着いてきたミラディナに、
また心を乱すような物に触れさせたくはない…。
「王太子殿下の側近の方は、私が返事を書く。妹には内密に。
こちらの帝国のウルドレット皇子の方は、本人に渡していい
父上にも手紙を書くから少し待機を」
「畏まりました」
「くそっ!お前の名誉など知るかっ!馬鹿王子がっ」
そう吐き捨て、握り潰した手紙を一瞥し、
そのまま重要書類の金庫に投げ入れて鍵をかけた。
妹の目に止まらないようにしなければ…
本当は破って燃やしてやりたいが、
これは今後の為に、証拠として残しておいた方がいいだろう。
* * * * * * *
「準備できたかい?ミラディナ」
「はい、お兄様」
今日は、お兄様と同行して本家領地視察。
用意されていた馬車に乗り込む。
ここに来てから、忙しかった学院生活が嘘のようだった。
妃教育と淑女教育は終わっていたが、
最終調整教育を王妃様より施され、国王陛下と妃殿下の公務の補助を手伝ったり、
お茶会に呼ばれ貴族間の社交に積極的に参加したり、
学院の生徒会で催しの手配や会計や様々な準備をしたり、
その合間を縫って、勉学に励み単位を取得した。
そういえば幼少から学生まで、随分忙しい毎日だった。
そうか…もう、頑張らなくていいんだわ。
ホッとしている反面、
ずっと目指していた目標がなくなり、
少し寂しい気持ちになる。
「見てご覧、この辺凄いだろ?」
「まあ…見事な麦畑。黄金の海だわ…なんて美しいの」
「今年の麦は豊作だ。毎年土壌を調整してどんどん良くなっている」
「素晴らしいです。今年の冬は飢饉は大丈夫そうですの⁉︎」
「ああ、備蓄も充分だし、領地の人達に不自由のない越冬ができる」
「さすがお兄様、優秀な領主様ですわ」
「お前のお陰だよ」
「私の?何かしまして?」
「5年前、まだ12歳のお前が、土壌の成分の指摘をしてくれただろう?」
「ああ、土魔法で分析した件ですね?」
「あれを改善したんだ。それからみるみる作物の育ちが良くなったんだよ」
「まあ!お役に立てたのですね。良かったですわ」
「ミラディナは昔から無意識に周りに影響を与えるんだ。いい方にね」
「そんなことないです。買い被りすぎですわ。
土魔法と風魔法なんて、貴族の血筋なのに地味で
攻撃と防御に向かない役立たずと思ってましたけど、
領民が豊かになるお手伝いに役立てられて、良かったですわ」
「謙遜しすぎだ。それもお前の良いところだけど。
全てミラディナのお陰なんだよ。領民も皆感謝している。
“豊穣の天使”って呼ばれているんだぞ?」
「ふふっ。お兄様褒めすぎですよ?でも、嬉しいですわ。
素敵な二つ名をつけて頂いて光栄です」
妹は、整った顔立ちと黒髪と銀色の瞳のせいで、
大人びた外見で、少しキツく見えていつも損をしている。
心根は、優しく素直でお人好し。
しかし、それは貴族社会では弱味にしかならない。
淑女教育の賜物で、知識と立ち回りを身につけ、
人前では貴族令嬢らしく、微笑みの仮面をつけて弁も立つようになった。
それは全て、国母になる為だった。
それなのに…
この子は、ここでは自由に笑っていて欲しい。
貴族だから、淑女だからなどとは関係なく、ありのままの自分でいて欲しい。
俺の大切な可愛い妹なのだから。
まさか王太子殿下に、あんな扱いを受けていたとは…
もう、ミラディナを悲しませるような縁談は受けない。
父上とも話し合って決めた事だ。
この子が望むなら、結婚しなくても、
不自由なく暮らせる充分な資産はある。
貴族連中などに、もう二度とミラディナを利用させるものか。
「そういえば、ウルドレット皇子から手紙が来ていただろう?」
「え?ええ。領地に遊びに来たいそうですわ。
経済学で教えて欲しい所があるそうです」
「そうか、いついらっしゃるのだ?」
「お呼びしてもいいのですか?どうお返事しようかと迷っていたのです。
何泊かされると思うので、ご迷惑では…」
「いいよ。大事な友人だろう?」
「はい。隣国の言語に精通しているのは、学院内では私だけでしたので、
お世話をする内に仲良くなったのです。とても明るくて楽しい方ですわ。
本当にいいのですか?」
「勿論だよ。それに、隣国の皇族に貸しを作るのも
公爵家として悪くないからね」
「まあ、お兄様ったら。ふふふっ
では、お言葉に甘えて、都合の良い日をお互いに決めてお招きしますわ」
その後、作物の育成不足のとうもろこし畑の土質解析を5箇所行い、
農夫の方達と土づくりについて相談に乗った。
どこに行っても領民が歓迎してくれ、不覚にも嬉しさで涙ぐんでいた。
お昼を過ぎた頃、整備され発展した街を一通り見て回った。
美しく整備された建築物、道路、可愛いお店。
街行く領民の人達は、皆笑顔で生き生きしている。
子供の頃に見た街より、さらに発展している街並みを眺め、
自分が自然に笑顔になっている事に気づいた。
「領地のみの食材を使った評判のレストランを予約してあるから、
そこで遅めの昼食にしようか」
「楽しみですわ。ありがとうございます、お兄様」
そのレストランでも店長に、
ようこそ “豊穣の天使” 様と歓迎されて戸惑った。
妃教育中は、学んでも公務の補助をしても、早く会得させる為だろうが
厳しくされ続け、お褒めの言葉など貰えなかったからだ。
だから、すごく嬉しかったが、
私は長年の妃教育のせいで、人前で素直に喜ぶ方法をすっかり忘れてしまい、
とりあえず淑女らしく微笑んで冷静を装った。
お兄様にメニュー選びはお任せして、
給仕されてきたカラフルなプレートにナイフとフォークを伸ばす。
「お野菜がとても新鮮で、水分が多くてジューシーで甘いですわ。
王都の料理に負けてません…素晴らしいです」
「だろ?素材がいいんだ。厳しい気候だが野菜も強く育つ。
ほら、羊肉も食べてご覧」
「……濃厚で柔らかい…まあ、このソースもフルーティーで美味しいです」
「この領地の食材は、国内で一番だと思っているよ。
もっと豊作になれば、王都にも卸したいんだけど、
とりあえず領民全員を飢えさせない程度の量を確保してからだね」
「ええ、この領地はますます豊かになりますわ。お兄様が領主ですもの」
「さて、食べ終わったらお前のドレスでも買いに行くか!」
「お兄様ったら…さてはそっちが本命ですわね?」
「ははっ、バレたか」




