側近の嘆き
ミラディナ公爵令嬢が、王太子妃候補から辞退を申し出て、
受理したと国王陛下から通達された。
最初、何を言われているのか分からなかった。
彼女は10年間、私に対して好意を隠そうともせず、常に付き従った。
貴族学院に入ってもそれは同様で、毎日私の教室へ足繁く通い、
熱のこもった瞳で嬉しそうに、私に妃教育の進み具合や、生徒会のことなど、
聞いてもいないのに勝手に一方的に話して去っていく。
時折、お節介がすぎて口煩く感じてはいたが、
決して彼女を嫌っていた訳ではなかった。
幼い頃から美しい令嬢だったが、
成長するにつれ益々美しくなる彼女に、内心動揺して意識していたが、
私からあえて彼女に好意を示したことはなかった。
だから、彼女が私に好意を寄せているのは当然のことで、
何があっても彼女は私を優先するし、
絶対に離れることはないと思い込んでした。
自ら私の元から去るとは…にわかに信じられなかった。
彼女が妃候補を辞退してから、学院に姿を現さなくなり、
私の学院生活が変化していった。
「毎日毎日嫌になる…」
「どうしましたか?ブラッド殿下」
「妃候補達だけでなく、前は近寄って来なかった女生徒達までもが
毎日囲ってきて、しかも揉め出すのだ…今までこんな事は無かったのに」
「あの、恐れながら殿下…」
「何だ?」
「なぜそんな状況になったのか、お分かりにならないのですか?」
「ああ、なんだ?お前は知っている口ぶりだが」
「……今までは、ミラディナ公爵令嬢が、他の候補者や女生徒達を
牽制していたのです。
殿下の学院生活を円滑にするために、邪魔をしないようにと」
「……は?」
「本当に気付いておられなかったのですね…
あの方は誰よりも、殿下の為に動いておりました」
「…………」
「殿下は彼女を嫌っておいででしたが、
あなたを今まで煩わしい者から、守ってくれていたのです。
皮肉なことにね」
「なぜ、言わなかった…」
「まさか、気づいていなかったとは思いませんでした。
でも、仕方ありませんね。殿下は男爵令嬢にご執心でしたから。
ミラディナ公爵令嬢は、男爵令嬢に殿下に気軽に近づいては行けない旨を
注意をしたらしいですが…男爵令嬢は「いじわる!酷ぉ~い!」と
被害者面で喚き散らしてましたし…
そうそう、貴方様も忠告した彼女に食ってかかって反論していましたね。
お前に関係ないだろうと。いくら何でも、他に言い方は無かったのですか⁉︎」
「私とエリア嬢はそんな関係ではない!友人だ!
それに、私はミラディナ嬢を嫌ってなどいない!
ただ彼女は何かと口出ししてきて…煩わしかっただけでっ…」
「あれだけの態度をとっておいて嫌ってない、ですか?はははっ、お戯れを。
まあ、例え友人でも、あんなに学院内でベタベタしていれば、
そういう風に見られても仕方ないのでは?
それを指摘されていたのに、耳をお貸しにならなかった。
ミラディナ公爵令嬢も、何度もお二人の姿を目撃していたはずです。
だから、醜聞にならぬよう進言された。
ですが、ただのうるさい女と貴方様に言われ続けてしまったのです。
…ご辞退される理由がありすぎて、流石の私も殿下を擁護できかねます」
「…………」
「本当のところは、どうなのです?」
「何がだ?」
「男爵令嬢です。少しの恋情もないのですか?」
「あるわけないだろう⁉︎」
「左様ですか。ですが、男爵令嬢の方はどうですかね?」
男爵家は、ほとんど平民からの成り上がり。
貴族としての爵位も一番下で、平民気分が抜けず、幼い時に高位貴族の令嬢が
取得している淑女教育も碌に身についていない者が多い。
だから、貴族学院に入ると当然浮いてしまう。
だが、彼女たちは、感情を出さない貴族令嬢と違って、
取り繕わない素直な言葉で、コロコロ変わる表情が分かりやすく、
駆け引きのない付き合い方が出来るし、それが何より新鮮で疲れないのだ。
それを心地いいと、気が楽だと感じてしまい、
彼女と一緒にいる事が増えてしまった。
そして、私に向けられる彼女の瞳の奥の熱にも気付いていた。
私は…対応を間違っていたのだ…
将来のパートナーになる妃候補達と向き合わないで、
自分の都合のいい、楽な方に逃げて…
だから…妃候補のミラディナ嬢に愛想を尽かされた。
「軽率な行動だった。悪かった…
私はミラディナ嬢に…見捨てられたのだな…」
「私ではなく、ミラディナ公爵令嬢に謝罪されては?
まあ、もう王都には居ませんけど」
「どういう事だ?そういえば最近姿を見ないが…」
「休学して、領地経営の仕事をしに本家領地行かれたそうです。
あの方は単位はもう取得済みですし、学院に来なくても問題ありません。
本当に素晴らしい才媛を逃しましたね」
「…私は…聞いていない…」
「言う訳ないでしょう?もう貴方様とは、関係ないのですから」
「ヴァニ、お前私の側近なのに冷たくないか?」
「側近だからこそですよ!
あなたを正しき道へ導き、王たる威厳を失わさないために、
振る舞いについて、何度も注意いたしました!
まさか、ここまで妃候補達に無関心だとはっ‼︎
学院内でこそ、その人となりを知るいい機会ですのに!
あんな妃候補と関係ない男爵令嬢とばかり過ごして!
もういい加減、王太子としての立場を実感してくださいませんか?」
「分かった。善処する…」
「とりあえず、男爵令嬢と二人きりで会うのをおやめ下さい。
また妃候補が、ミラディナ公爵令嬢に続き辞退するかもしれないのです。
まあ、男爵令嬢を将来愛妾として娶るつもりなら止めませんが?」
「…そんな事は考えていない。お前エリア嬢に随分辛辣だな…」
「当たり前です、あんな馴れ馴れしさと図々しさを愛嬌と履き違えてる
マナーも何もなってないバカ女。
殿下以外にも、婚約者がいる殿方達にベタベタして…
あれは市井の女どもが、貴族の男を落とす時の常套手段と同じですよ?
しかも、その振る舞いのせいで殿方の婚約者のご令嬢方の
顰蹙を買っているっていう、いわば女の敵!
そんな女に絆されて、挙句懇意にするなんてっ…
ご自分の品格を落としている自覚はおありですかぁ~?んんっ?」
「そんなのは…ただの妬みだろう?
エリア嬢は愛嬌があって好かれるから…」
「…愛嬌⁉︎ あんたどこまで節穴なんですか⁉︎ 目ぇ腐ってるんですか⁉︎
それに噂じゃありません。私も目撃しましたし裏も取ってます」
「……っ…では、お前は誰が王太子妃として、相応しいと思っているのだ⁉︎」
「決まってるでしょ!ミラディナ公爵令嬢です。
あの方は、きつい物言いですが、間違った事は言っていませんでしたよ。
あなたは外面だけのヘタレなんですから、王妃になる方はあれくらい
聡明で賢く、気が強くなければ、貴族共や外交先で舐められます。
何より、妃候補の中で一番国を担う覚悟が決まっていらっしゃいました。
まあ、逃した魚が大きいことがわかって後悔した所で、手遅れですがね!
せいぜい残った3名の方々から、頑張って王太子妃を見つけてください」
「分かった、分かった‼︎
ああ…一人一人と時間を取って話をしてみる。
あと、ミラディナ嬢に謝罪の手紙を本家領地へ送るから頼まれてくれるか?」
「は⁉︎ 今更謝罪?何故ですか?」
「いや、私は彼女を誤解していたし、それについて謝罪を…
それに、さっきお前も謝罪しろとっ」
「今すぐは迷惑ですよ。そんな自己満足の謝罪。却下です‼︎
それに、謝罪は手紙で気軽にするものではありません!」
「では、どうすればいいのだ?私は彼女を傷つけてしまったんだ」
「そっとしてあげるのも優しさでは?
もう、あなたの事など忘れたいでしょうし。
謝罪は、もう少し時間をおいてから、公式の場で彼女に敬意を払い、
誠実にすべきでしょう。まあ、受け取るかどうかは分かりませんがっ」
「分かったから…もう勘弁してくれ…心が痛い」
「何今更傷ついてるんです⁉︎ 自業自得でしょう?」
「……お前…私のことが嫌いだろ?…」
「いいえ?好きだからこそ、王太子として相応しい振る舞いをして欲しくて
進言しているのですが?
どうでもいいと思っていたら、こんなに煩く言いませんよ‼︎ 面倒臭い‼︎
ただ、女性を見る目が節穴だとは思ってます‼︎
10年間の努力を無駄にされた、ミラディナ公爵令嬢の傷心を思えば、
こんなのまだ全然甘いですがね⁉︎」
「……………」
ヴァニは、今までの不満を鼻息荒く言い切って、
満足そうに去っていった。
ミラディナ嬢は、何度冷たく撥ねつけても辛抱強く進言してくれていた。
それを私は、彼女は何を言っても平気で、私から離れないだろうという甘えで、
冷淡な態度を取り続け、口煩い意地悪で生意気で嫌な女だと毛嫌いしていた。
そして、そんな私の態度や扱いに、
いつも彼女は悲しみを堪えた顔をして俯き去っていく。
あの彼女の顔を思い出し、ズキリと胸が痛む。
「ああ、全く…筆頭妃候補のミラディナ公爵令嬢が辞退するなんて…
どうするんでしょうか…王妃殿下がお帰りになったら烈火の如く
お怒りになるでしょうに…あ~胃が痛い。あんのぉバカ王子がっ‼︎ 」
廊下をズカズカ歩きながら、不満を漏らすこの男、
将来の宰相候補の側近ヴァニは、王太子に対して特に辛辣だった。
権威の前で、ご機嫌伺いばかりする連中では成長できないと、
率直で論理的なヴァニは、博愛主義で流されやすいブラッド王太子殿下に
足りない部分を担っている。
他には、護衛騎士候補のアスラは明朗で忠実。
神官候補のニーレは、物事を誠実に判断し平等。
護衛兼王宮魔術師候補のラピレは、慎重で物事に柔軟。
それぞれ、側近としてバランスをとり、
ブラッド王太子殿下を支える形にして、考えられた人選だった。
ここに王太子妃として、ミラディナが加われば、
王妃の思惑通り完璧のバランスだったのだが、
残念ながら、王太子の愚かな振る舞いで崩れてしまったのだ。




