【番外編】ヴァニの癒し
側近ヴァニのその後のお話です。
あのバカ王子は、只今再教育中だ。
そして、今日も王妃殿下にゴミを見るような目で、
深いため息をつかれていた。
「……はあ…」
ミラディナ公爵令嬢が去り、他の妃候補全員にも辞退され、
王太子のイメージは、“妃候補を蔑ろにした浮気者” になり最悪の状態だった。
どうしたら、あのバカのイメージ回復と挽回ができるのか…
胃を押さえながら、ヴァニは王宮の中庭で項垂れていた。
「あら?ヴァニ様ではないですか?」
「……マリーネ公爵令嬢、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。…元気、ありませんわね…」
彼女は、バカ王子の妃候補の一人だった令嬢だ。
ミラディナ公爵令嬢の次に王太子妃に近い存在だったのだが…
彼女も辞退してしまった。
「王宮に、御用だったのですか?」
「はい、王太子妃候補辞退申請の受理の証書を取りに…」
「あ───────…、そうですかぁ…そうですよねぇ~はははははっ」
「ど、どういたしましたの?また胃が痛みますの?」
「いっそ胃を切除したいくらいです。あーキリキリするぅ~」
「あなたも相変わらず、大変そうですわね」
「あんなバカじゃなかったんですがねぇ…」
「エリア男爵令嬢に唆されたのでしょう?
一時の気の迷いが大事になってしまってお気の毒ですが、自業自得です。
こればっかりは仕方ありませんわ」
「頭はいい方なんです、頭は。
ですが…心根が甘いというか、優柔不断というか…
いや、本当…チョロすぎなんですよ。あんな男爵令嬢ごときにっ…
恋情というものは、そんなにも愚かになるものなのですか?」
「さあ、私には何とも…高位貴族など、政略結婚がほとんどですもの。
でも、聞くところによると、とても心強くなれて、何をしても凄く幸せで…
頭がお花畑になるそうですわ」
「そのお花畑をキャッキャウフフで花を蹴散らしながら、
スキップ爆走したのが、あのバカです」
「ぶっ!ふふっ……つ、仕えている主に辛辣ですこと」
「再教育中なのですが、上手くいっていないのです。
もう、どうしたらいいのか…」
「それは、ご本人が頑張るしかありません。
ヴァニ様は側近として、いつも誠実によくやっていらっしゃいますわ」
「そうで、しょうか…」
「……………」
俯くヴァニの黒縁眼鏡が、カチャリと音を立てて少し下がる。
低い位置に縛っているポニーテールの茶色の髪が風に揺れ、
眼鏡の奥の碧眼は、虚空を見つめて光がない。
それを黙って見つめていたマリーネは、少し胸が痛んだ。
「ヴァニ様、この後予定ありますの?」
「いいえ、特には…今バカ王子は缶詰状態ですし…
私も執務はありますが、別に明日でも構わないですし」
「では、少し私にお付き合いしていただいても?」
「……え?」
マリーネは、新しくオープンしたカフェにヴァニを伴ってきた。
ここは令嬢達の社交の場でもあり、こんな女の園には恥ずかしくて
入れないと抵抗するヴァニをずるずる引きずり入店する。
猫の首を掴むように男性を連れてきたマリーネは、
店内客に一瞬注目を浴びたが、構わず窓際の席に座った。
店員は何か揉め事なのかと訝しそうにしながら注文を取りに来て、
マリーネは優雅に、ケーキセットを2人分頼み、
ヴァニは、気まずそうに顔を真っ赤にして俯いている。
「そんなに意識しなくても大丈夫ですわ。ほら、もう誰も気にしてません」
「あ、あんな猫みたいに引き摺らなくても、いいではないですかっ‼︎
恥ずかしいっ」
「焦ったかったんですもの。私、お腹が空いてましたのよ」
「………ケーキなんて、何年ぶりだろう…」
「あら、ケーキお嫌いですか?」
「いえ、女性と違って食べる機会がないのです。私自身は甘い物は好きですが」
「まあ、良かった。ここケーキが可愛くて、しかも凄く美味しいのですよ」
「そうですか…」
「それに、甘い物を食べると幸せな気分になりますの」
「幸せ、ですか?」
「ええ、ストレス解消に、とても良いのです」
「もしかして…私の為ですか?」
「わ、私が食べたかったのですわ」
「……………」
ああ、そうか。
私があまりにも落ち込んでいたから…
「あっ、ほら、今の方の帽子見まして?」
「えっ?ど、どこですか?」
「ほら、今馬車に乗り込もうとしている、あの方。
美しい刺繍のツバの大きな帽子ですわ。なんて素敵なんでしょう」
「ほお~、見たことのないデザインで美しいですね」
「あれ今、王都で流行っていますのよ。
繊維産業が盛んな、ナイト帝国の輸入品ですわ」
「ナイト…帝国?ウルドレット皇子の?」
「ええ、ミラディナ様の商会が輸入した物ですの」
「ああ─────…なるほどぉ─…」
「ミラディナ様は、本当に素晴らしい方です。
先見の明が、おありですわ」
「に、逃した魚が大きすぎるぅ…っ‼︎ 」
「ええ、本当に。あの方は、益々輝いていらっしゃいますわ」
「お待たせいたしました」
目の前に、カラフルで繊細な細工を施した可愛らしいケーキと、
湯気を上げている紅茶が運ばれてくる。
「ね?可愛いでしょう?ふふっ。味も素晴らしいのですよ。
さあ、いただきましょう」
「はい、……ミラディナ公爵令嬢は、お元気なのでしょうか?」
「ええ。今は婚約してブルネイ領地のエヴァーグリーン辺境伯の元に
いらっしゃって、活動的に辺境の地を発展させているらしいですわ」
「ミラディナ公爵令嬢ぉ~…こっちも助けて欲しいですぅ…」
「あらあら、ふふっ」
ヴァニは涙目でケーキを口に入れて、一瞬動きを止める。
そして、うっとりとした表情で微笑を浮かべた。
「んん……美味しい…ふわふわで甘さ控えめなんですね…」
「そうなんです。重くないから食べやすいでしょ?」
「ええ。随分ケーキも変わったんですねぇ…10個位余裕で食べれそうです」
「ふふふっ、それは食べ過ぎですわ。
でも、たまには、こういうのもいいでしょう?」
「そう、ですね…」
目の前で、ニッコリ笑っているマリーネに思わず見惚れる。
金髪に近い明るい茶色の髪と、美しい紫の瞳。
ああ、そうか。
王太子妃に候補として選抜されるくらいの御令嬢だものな…
美しくて…綺麗なはずだ。
この方、王太子妃辞退した後は、どうするのだろうか。
まあ、高位貴族令嬢だし、家格の釣り合う相手の元へ嫁ぐのだろう。
「良かったら時々、こうしてお茶しませんこと?」
「え…」
「あら、私じゃ不服ですの?」
「いいえ、私がお相手でいいのかと…気の利いた話も出来ませんし…」
「ふふふふっ、ヴァニ様は面白いですわ」
「面白い?」
「ええ、ご自覚ないんですの?」
「はあ…」
「ふふふふふふっ」
「……ははっ」
なんていうか…こういう時間もいいもんだな。
自分の為に、美味しいものを食べて、のんびり景色をみる。
バカ王子に振り回されて、ずっと忘れていたかもしれない…
「あれー、ヴァニだ!」
「こんな所で珍しいですね」
「お前何してんの?」
「まあ、ご機嫌よう。ラピレ様、ニーレ様、アスラ様」
「マリーネ公爵令嬢だ!えっ、嘘⁉︎」
「おやおや、ヴァニ殿も隅におけませんね」
「は?お前こんな美人とデートしてんのかよ!」
「ふふっ、私がお誘いしたんですの」
「ええっ⁉︎」
「あーやだやだ…煩いのが来た。折角まったりしてたのに…」
3人の側近に囃し立てられながら、
しばらく彼女と、とりとめのない会話を楽しみ、私は王宮へ引き返した。
マリーネ公爵令嬢は、王妃教育経験を生かし貴族学院で淑女マナー講師として、
当分務めて行くそうだ。
王宮から学院は近く、彼女から頻繁に誘われるようになり、
やがて日常化していき、私たちは一週間に一度のペースで共に出かけて、
色んなカフェやレストラン、ショッピングなどを共に楽しんだ。
これは、執務やバカ王子の世話で忙しく走り回っている私にとって、
唯一の癒しになりつつあった。
* * * * * * *
「マリーネ公爵令嬢、ご機嫌よう」
「あら、ニーレ様」
貴族学院に、布教活動の一環で講義に来ていたニーレは、
廊下で偶然あったマリーネに、気になっていた事を聞いてみた。
「マリーネ公爵令嬢は、ヴァニ殿の事はどう思われているのですか?
随分一緒にいる時間が多いようですし…
そうすると必然的に、二人の事は周囲に噂になりますが」
「あら、ニーレ様、気になりますの?」
「公爵令嬢が異性と二人きりで居るのは、
周囲からもそういう関係だと見なされるのは、充分お分かりですよね?」
「ふふっ。ええ」
「おや?では、それをあえて狙っているので?」
「あの方、仕事バカで鈍感なのですもの」
「なるほど…ですが、元王太子妃候補の方が、
その側近となど…外聞が悪いですし、それにあなた様は、
高貴な公爵令嬢でしょう?公爵家の父君が許さないのでは?」
「あら、そんなのどうにでも出来ますわ。国王陛下に言質取ってますの。
王太子殿下の愚行、及び妃教育に費やした時間と労力のお詫びに、
今後困ったことがあれば、国王としてそなたの要望は何でも叶えよう。
とお約束していただきましたもの。
それに、私だって戯れでこんな事していませんのよ」
「はははっ、なるほど。そうでした、貴方様は非常に賢い女性でしたね。
同じ側近仲間として、ヴァニ殿が不利な立場になるのは避けたかったのです。
大変失礼いたしました」
「いいえ。ご心配は当然ですわ。ヴァニ様は、なんだかんだ文句を言いながら、
王太子殿下が大好きなのでしょう?
名誉回復の為に奔走している様子を見ていればわかります。
でも、そのせいで、他に目が行かないのは、あの方の唯一の欠点ですわ」
「ヴァニ殿と殿下とは、幼なじみなのですよ。
ですから、いくら愚かな間違いを犯しても、
他にいい所も沢山知っているから、見捨てられないのでしょうね」
「ええ、臣下としても優秀ですし、誠実な方ですわ。
律儀で義理堅く、それに面白いし。一緒にいて楽しいのです」
「ああ、なるほど。では、私も協力いたしましょう」
「まあ、ありがとうございます!」
* * * * * * *
「ブッ、エックショ─────ン‼︎」
「うわっ、ビックリした。風邪か?ヴァニ」
「いえ、何か寒気がしただけで…何だろう…」
「ヴァニ様、マリーネ様がお見えです」
「はい、分かりました。では、ブラッド殿下失礼します」
「は?ヴァニ、行ってしまうのか?」
「はい。貴族令嬢の会話の裏と表の使い分けとその真意の学習、
頑張ってください」
「苦手なんだよ…これ…母上は不正解だと扇子で叩くし…」
「学院時代にサボってたツケですよ。もうあんな男爵令嬢みたいな女に、
チョロく惑わされないように必要な事です!では、失礼します」
「ヴァニ─────!」
やれやれ…週に一度の貴重な息抜きと癒しを邪魔しないでくれ。
さて、今日は何だろう。
「ヴァニ様、ご機嫌よう。今日はお祭りに行きませんこと?」
「マリーネ公爵令嬢、ご機嫌よう。お祭り、ですか?」
「ミラディナ様からご招待をいただいた、ブルネイ領のブドウ祭です。
少し遠いのですけど、とても大きくて楽しいお祭りですのよ。
ヴァニ様にも是非と思いまして…いかがですか?」
「おお、いいですね!
ミラディナ公爵令嬢にも、久しぶりにお会いしたいですし、楽しみです」
こうして、
包囲網が着々とせばまってきているのを
当事者のヴァニは、まだ知らないのであった。
いつも胃を痛くしている、苦労人のヴァニが可哀想だったので、少し幸せをお裾分けしました。




