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【完結済】ミラディナは恋することをやめた   作者: 米野雪子


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18/18

【番外編】ヴァニの癒し

側近ヴァニのその後のお話です。




あのバカ王子は、只今再教育中だ。

そして、今日も王妃殿下にゴミを見るような目で、

深いため息をつかれていた。



「……はあ…」



ミラディナ公爵令嬢が去り、他の妃候補全員にも辞退され、

王太子のイメージは、“妃候補を蔑ろにした浮気者” になり最悪の状態だった。


どうしたら、あのバカのイメージ回復と挽回ができるのか…

胃を押さえながら、ヴァニは王宮の中庭で項垂れていた。



「あら?ヴァニ様ではないですか?」


「……マリーネ公爵令嬢、ご機嫌よう」


「ご機嫌よう。…元気、ありませんわね…」



彼女は、バカ王子の妃候補の一人だった令嬢だ。

ミラディナ公爵令嬢の次に王太子妃に近い存在だったのだが…

彼女も辞退してしまった。



「王宮に、御用だったのですか?」


「はい、王太子妃候補辞退申請の受理の証書を取りに…」


「あ───────…、そうですかぁ…そうですよねぇ~はははははっ」


「ど、どういたしましたの?また胃が痛みますの?」


「いっそ胃を切除したいくらいです。あーキリキリするぅ~」


「あなたも相変わらず、大変そうですわね」


「あんなバカじゃなかったんですがねぇ…」


「エリア男爵令嬢に唆されたのでしょう?

 一時の気の迷いが大事になってしまってお気の毒ですが、自業自得です。

 こればっかりは仕方ありませんわ」


「頭はいい方なんです、頭は。

 ですが…心根が甘いというか、優柔不断というか…

 いや、本当…チョロすぎなんですよ。あんな男爵令嬢ごときにっ…

 恋情というものは、そんなにも愚かになるものなのですか?」


「さあ、私には何とも…高位貴族など、政略結婚がほとんどですもの。

 でも、聞くところによると、とても心強くなれて、何をしても凄く幸せで…

 頭がお花畑になるそうですわ」


「そのお花畑をキャッキャウフフで花を蹴散らしながら、

 スキップ爆走したのが、あのバカです」


「ぶっ!ふふっ……つ、仕えている主に辛辣ですこと」


「再教育中なのですが、上手くいっていないのです。

 もう、どうしたらいいのか…」


「それは、ご本人が頑張るしかありません。

 ヴァニ様は側近として、いつも誠実によくやっていらっしゃいますわ」


「そうで、しょうか…」


「……………」



俯くヴァニの黒縁眼鏡が、カチャリと音を立てて少し下がる。

低い位置に縛っているポニーテールの茶色の髪が風に揺れ、

眼鏡の奥の碧眼は、虚空を見つめて光がない。

それを黙って見つめていたマリーネは、少し胸が痛んだ。



「ヴァニ様、この後予定ありますの?」


「いいえ、特には…今バカ王子は缶詰状態ですし…

 私も執務はありますが、別に明日でも構わないですし」


「では、少し私にお付き合いしていただいても?」


「……え?」



マリーネは、新しくオープンしたカフェにヴァニを伴ってきた。

ここは令嬢達の社交の場でもあり、こんな女の園には恥ずかしくて

入れないと抵抗するヴァニをずるずる引きずり入店する。


猫の首を掴むように男性を連れてきたマリーネは、

店内客に一瞬注目を浴びたが、構わず窓際の席に座った。

店員は何か揉め事なのかと訝しそうにしながら注文を取りに来て、

マリーネは優雅に、ケーキセットを2人分頼み、

ヴァニは、気まずそうに顔を真っ赤にして俯いている。



「そんなに意識しなくても大丈夫ですわ。ほら、もう誰も気にしてません」


「あ、あんな猫みたいに引き摺らなくても、いいではないですかっ‼︎

 恥ずかしいっ」


「焦ったかったんですもの。私、お腹が空いてましたのよ」


「………ケーキなんて、何年ぶりだろう…」


「あら、ケーキお嫌いですか?」


「いえ、女性と違って食べる機会がないのです。私自身は甘い物は好きですが」


「まあ、良かった。ここケーキが可愛くて、しかも凄く美味しいのですよ」


「そうですか…」


「それに、甘い物を食べると幸せな気分になりますの」


「幸せ、ですか?」


「ええ、ストレス解消に、とても良いのです」


「もしかして…私の為ですか?」


「わ、私が食べたかったのですわ」


「……………」



ああ、そうか。

私があまりにも落ち込んでいたから…



「あっ、ほら、今の方の帽子見まして?」


「えっ?ど、どこですか?」


「ほら、今馬車に乗り込もうとしている、あの方。

 美しい刺繍のツバの大きな帽子ですわ。なんて素敵なんでしょう」


「ほお~、見たことのないデザインで美しいですね」


「あれ今、王都で流行っていますのよ。

 繊維産業が盛んな、ナイト帝国の輸入品ですわ」


「ナイト…帝国?ウルドレット皇子の?」


「ええ、ミラディナ様の商会が輸入した物ですの」


「ああ─────…なるほどぉ─…」


「ミラディナ様は、本当に素晴らしい方です。

 先見の明が、おありですわ」


「に、逃した魚が大きすぎるぅ…っ‼︎ 」


「ええ、本当に。あの方は、益々輝いていらっしゃいますわ」


「お待たせいたしました」



目の前に、カラフルで繊細な細工を施した可愛らしいケーキと、

湯気を上げている紅茶が運ばれてくる。



「ね?可愛いでしょう?ふふっ。味も素晴らしいのですよ。

 さあ、いただきましょう」


「はい、……ミラディナ公爵令嬢は、お元気なのでしょうか?」


「ええ。今は婚約してブルネイ領地のエヴァーグリーン辺境伯の元に

 いらっしゃって、活動的に辺境の地を発展させているらしいですわ」


「ミラディナ公爵令嬢ぉ~…こっちも助けて欲しいですぅ…」


「あらあら、ふふっ」



ヴァニは涙目でケーキを口に入れて、一瞬動きを止める。

そして、うっとりとした表情で微笑を浮かべた。



「んん……美味しい…ふわふわで甘さ控えめなんですね…」


「そうなんです。重くないから食べやすいでしょ?」


「ええ。随分ケーキも変わったんですねぇ…10個位余裕で食べれそうです」


「ふふふっ、それは食べ過ぎですわ。

 でも、たまには、こういうのもいいでしょう?」


「そう、ですね…」



目の前で、ニッコリ笑っているマリーネに思わず見惚れる。

金髪に近い明るい茶色の髪と、美しい紫の瞳。

ああ、そうか。

王太子妃に候補として選抜されるくらいの御令嬢だものな…

美しくて…綺麗なはずだ。

この方、王太子妃辞退した後は、どうするのだろうか。

まあ、高位貴族令嬢だし、家格の釣り合う相手の元へ嫁ぐのだろう。



「良かったら時々、こうしてお茶しませんこと?」


「え…」


「あら、私じゃ不服ですの?」


「いいえ、私がお相手でいいのかと…気の利いた話も出来ませんし…」


「ふふふふっ、ヴァニ様は面白いですわ」


「面白い?」


「ええ、ご自覚ないんですの?」


「はあ…」


「ふふふふふふっ」


「……ははっ」



なんていうか…こういう時間もいいもんだな。

自分の為に、美味しいものを食べて、のんびり景色をみる。

バカ王子に振り回されて、ずっと忘れていたかもしれない…



「あれー、ヴァニだ!」


「こんな所で珍しいですね」


「お前何してんの?」


「まあ、ご機嫌よう。ラピレ様、ニーレ様、アスラ様」


「マリーネ公爵令嬢だ!えっ、嘘⁉︎」


「おやおや、ヴァニ殿も隅におけませんね」


「は?お前こんな美人とデートしてんのかよ!」


「ふふっ、私がお誘いしたんですの」


「ええっ⁉︎」


「あーやだやだ…煩いのが来た。折角まったりしてたのに…」



3人の側近に囃し立てられながら、

しばらく彼女と、とりとめのない会話を楽しみ、私は王宮へ引き返した。


マリーネ公爵令嬢は、王妃教育経験を生かし貴族学院で淑女マナー講師として、

当分務めて行くそうだ。

王宮から学院は近く、彼女から頻繁に誘われるようになり、

やがて日常化していき、私たちは一週間に一度のペースで共に出かけて、

色んなカフェやレストラン、ショッピングなどを共に楽しんだ。

これは、執務やバカ王子の世話で忙しく走り回っている私にとって、

唯一の癒しになりつつあった。




* * * * * * *




「マリーネ公爵令嬢、ご機嫌よう」


「あら、ニーレ様」



貴族学院に、布教活動の一環で講義に来ていたニーレは、

廊下で偶然あったマリーネに、気になっていた事を聞いてみた。



「マリーネ公爵令嬢は、ヴァニ殿の事はどう思われているのですか?

 随分一緒にいる時間が多いようですし…

 そうすると必然的に、二人の事は周囲に噂になりますが」


「あら、ニーレ様、気になりますの?」


「公爵令嬢が異性と二人きりで居るのは、

 周囲からもそういう関係だと見なされるのは、充分お分かりですよね?」


「ふふっ。ええ」


「おや?では、それをあえて狙っているので?」


「あの方、仕事バカで鈍感なのですもの」


「なるほど…ですが、元王太子妃候補の方が、

 その側近となど…外聞が悪いですし、それにあなた様は、

 高貴な公爵令嬢でしょう?公爵家の父君が許さないのでは?」


「あら、そんなのどうにでも出来ますわ。国王陛下に言質取ってますの。

 王太子殿下の愚行、及び妃教育に費やした時間と労力のお詫びに、

 今後困ったことがあれば、国王としてそなたの要望は何でも叶えよう。

 とお約束していただきましたもの。

 それに、私だって戯れでこんな事していませんのよ」


「はははっ、なるほど。そうでした、貴方様は非常に賢い女性でしたね。

 同じ側近仲間として、ヴァニ殿が不利な立場になるのは避けたかったのです。

 大変失礼いたしました」


「いいえ。ご心配は当然ですわ。ヴァニ様は、なんだかんだ文句を言いながら、

 王太子殿下が大好きなのでしょう?

 名誉回復の為に奔走している様子を見ていればわかります。

 でも、そのせいで、他に目が行かないのは、あの方の唯一の欠点ですわ」


「ヴァニ殿と殿下とは、幼なじみなのですよ。

 ですから、いくら愚かな間違いを犯しても、

 他にいい所も沢山知っているから、見捨てられないのでしょうね」


「ええ、臣下としても優秀ですし、誠実な方ですわ。

 律儀で義理堅く、それに面白いし。一緒にいて楽しいのです」


「ああ、なるほど。では、私も協力いたしましょう」


「まあ、ありがとうございます!」




* * * * * * *




「ブッ、エックショ─────ン‼︎」


「うわっ、ビックリした。風邪か?ヴァニ」


「いえ、何か寒気がしただけで…何だろう…」


「ヴァニ様、マリーネ様がお見えです」


「はい、分かりました。では、ブラッド殿下失礼します」


「は?ヴァニ、行ってしまうのか?」


「はい。貴族令嬢の会話の裏と表の使い分けとその真意の学習、

 頑張ってください」


「苦手なんだよ…これ…母上は不正解だと扇子で叩くし…」


「学院時代にサボってたツケですよ。もうあんな男爵令嬢みたいな女に、

 チョロく惑わされないように必要な事です!では、失礼します」


「ヴァニ─────!」



やれやれ…週に一度の貴重な息抜きと癒しを邪魔しないでくれ。

さて、今日は何だろう。



「ヴァニ様、ご機嫌よう。今日はお祭りに行きませんこと?」


「マリーネ公爵令嬢、ご機嫌よう。お祭り、ですか?」


「ミラディナ様からご招待をいただいた、ブルネイ領のブドウ祭です。

 少し遠いのですけど、とても大きくて楽しいお祭りですのよ。

 ヴァニ様にも是非と思いまして…いかがですか?」


「おお、いいですね!

 ミラディナ公爵令嬢にも、久しぶりにお会いしたいですし、楽しみです」



こうして、

包囲網が着々とせばまってきているのを

当事者のヴァニは、まだ知らないのであった。





いつも胃を痛くしている、苦労人のヴァニが可哀想だったので、少し幸せをお裾分けしました。

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