もう恋はしない
「ミラディナ…」
「もう妃候補ではないので、エヴァーグリーン公爵令嬢と
お呼びくださいませ、王太子殿下」
「もう、名で…呼んでくれないのか…」
「何の御用でしょう?」
「謝りたいのだ。あの時は疑って悪かった。影に確認した。
君がそんなことする訳ないのに。思い込んでしまって…
でも、なぜ否定してくれなかったのだ?」
「あの時とは?心当たりがありすぎて、どの事か分かりかねますわ」
「君がエリア嬢に嫌がらせをしていると、
皆の前で、断罪紛いのことをした時だ。覚えていないか?」
「覚えております。私は心当たりがないと言いました。
おかしいですわね、聞こえていなかったのですか?
まあ、私は嫌われていましたから、仕方ありませんわね」
「嫌ってなど、いないっ。私はっ…あの時どうかしていたんだ」
「男爵令嬢の証拠がない思い込みの証言は信じても、
私の言葉には一切耳を貸さず、信じなかった。
一緒に私を責め立てていました。それが答えでは?」
「私は、君が近くにいるのが当然だと…愚かにも信じ込んでしまっていたんだ。
君は何があっても私の側にいると…甘えていたんだ。
君に愛想を尽かされて、初めて気がついたんだ。ミラディナが必要だと…
でも、君は子供の頃から、誰よりも熱心に妃教育をこなしていた。
それをこんなにあっさり候補を辞退するとは…正直信じられないのだ。
だから突然…どうして君が心変わりをしたのか、理由を聞きたいんだ」
「一度好意を抱いたら、一生心は変わらないとでも?
随分、自分に自信がおありなのですね。その自惚れはどこから来ますの?」
「い、いや、そんな事は思っていない。理由を教えてくれないか?」
「…率直に言いますと、疲れたのです。
そして、どうでも良くなったと言いますか…」
「疲れた?君は、優秀だったろう?」
「いいえ、違います。
私は普通の人間で、最初から才媛ではありませんでした。
これは、長年の努力の結果ですわ。
ですが、それ以前に、お慕いしてきた貴方様と心を通わそうとしている
にも関わらず、拒絶され嫌悪されているのは、流石に堪えましたわ。
でも、止められませんでした。盲目というのは恐ろしい執着ですわね。
少々強引でキツイ物言いになり、その辺は反省しております。
そして、そんな自分が嫌だったのです。
それに…あんな冷たい瞳と言葉を投げかけ続けられれば、
私だって…傷つきますのよ?
そのような態度の方に、ずっと愛を乞うほど強くありませんわ」
「そんなつもりはなかった。本当にすまなかった…」
「貴方様の横に立つために頑張りましたが、全て裏目に出てしまいました。
信頼関係を築けなかった相手と、将来共に国を支えるのは不可能です。
…ですから、潔く身を引いた次第です。
それに、嫌悪対象の私が去るのは、あなた様にとっても僥倖でしょう?
納得してくれましたでしょうか?」
「だから、君を嫌ってなどっいない!私は、ずっと君が好きだった!
本当に…ごめん。私の為を思って叱咤してたのに、
優しくされて肯定されたからって…そっちが楽に感じてしまって逃げて…
無責任な甘い言葉は、優しさでもなんでもないのに…
あの時の私は愚かで、そのことすら気がつかなかったんだ。
あろうことか君を煩わしく感じて、突き放してしまった。
君は、いつだって私の味方でいてくれたのに…」
「そこまでお分かりなら、
今後はパートナーとちゃんと向き合ってくださいませ」
「え…?」
「殿下、辛かったら一時的に逃げてもいいのです。王族も人間なのですから。
でも、拒絶は相手の心を殺す行為です。今後はお間違えなきよう」
「ミラディナ…戻ってきては、くれないんだね?」
「はい。私、もう前に進み始めているのです。後は振り返りませんわ」
「そうか…長い間、側にいてくれて、ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、幼い頃の夢を見させていただいて感謝しております。
では、私、ダンスの約束をしている殿方を2人程待たせてありますの。
失礼いたしますわ。お元気でブラッド王太子殿下」
綺麗な礼をして、くるりと踵を返し去って行く彼女を見送り、
頬に涙がいく筋も伝い落ちて行く。
私は、この先、彼女より愛する人に出会えるだろうか。
王太子として、この国を担える国王になれるだろうか。
「ミラディナ公爵令嬢」
ふと、後ろから声をかけられる。
側近のヴァニだ。
彼は深々と礼を執り、口を開く。
「10年間、ありがとうございました。
貴方様のお側に支えさせていただき、このヴァニ光栄でございました」
「貴方も大変ね。ヴァニ。これからどうするの?」
「殿下の側近でいます。あの方は、まだ支えが必要ですから」
「そう、もし側近を首になったら、公爵家の商会にいらっしゃい。
あなたのような優秀な人材は大歓迎よ」
「えっ、僕も雇って欲しい!」
「ラピレ殿?ちょっと、私にお声がけして下さってるんですよ?」
「えー、俺も公爵家の護衛騎士で雇ってほしい」
「ちょっと、アスラ殿までっ!」
「私も何かあれば、力添えさせていただきます。以後お見知り置きを」
「ニーレ殿は、全然困ってないでしょ?何なんですか、あなた方はっ‼︎」
「まあ、ふふっ。考えておきますわ。では、ご機嫌よう」
隣でずっと黙って見守ってくれていたミハイル叔父様は、
歩きながら、私の手をそっと握った。
「ありがとうございました。叔父様」
「約束通り、口出しはしなかったぞ?」
「ええ。側にいてくれるだけで心強かったですわ。
それに、これは私の問題ですもの。私の手でけりをつけたかったんです。
そして、前に進みたかったのです」
「立派だったよ。今すぐにでも王妃になれる資質がある」
「無理ですわ。貴族の振る舞いは身に付きましたけど、
私、元々取り繕うのが苦手なんです。
好きな方の前でも、そんな状態でいなくてはいけないのは疲れます」
「確かにな…大きな口を開けて笑うミラディナの方がらしいな」
「ま~、叔父様ったらっ」
もうすぐ卒業パーティー会場に着く頃、
後ろから大きなドタドタという足音が近づいてくる。
振り向くと、真っ白なウエディングドレスのような装いの
エリア男爵令嬢だった。
いかにも、自分は清純無垢です!と言わんばかりの姿だった。
「や、やっと見つけたわ!ミラディナ!
あんたに、言いたいことがっ、あんのよ!」
ミハイル叔父様がスッと前に出て私を庇う。
エリア男爵令嬢は、私を見てから視線をミハイル叔父様に移す。
そして、瞳が熱を持ち、メスのそれに変わった。
ああ、叔父様は格好いいものね。
ほんとうに、この令嬢は節操なしだこと。
「え?誰?格好いい…
あのっ、あたし、エリア・ハニー・ウォレスです。
初めましてっ!あなたは?」
「…………こいつ、か……」
叔父様は、殿下を籠絡した張本人の男爵令嬢だと気がついたみたい。
怖いですわ。この殺気に気が付かないで、
見惚れている男爵令嬢はある意味無敵かもしれませんわ。
「…ミラディナのどこが、こいつより劣っているというのだ?」
「叔父様、もう行きましょう」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「黙れ、このガキが」
「へっ⁉︎」
「お、叔父様…」
「どこの誰に、口を利いている?この男爵位風情がっ」
「ひっ…」
「いいか?今後二度とミラディナの名を呼ぶな、目の前にも現れるな。
今度同じことをしてみろ、剣の錆にしてくれるぞ」
「な、なななななんなのっ!こわいいいいっ~…」
再びドタドタと廊下を走って去って行く男爵令嬢。
やっと、叔父様が怖いって気が付いたみたい。
「なんだ、あの小者は。
あんなのに王太子殿下は、のぼせ上がっていたのか?信じられん…」
「叔父様、大人げありませんわ…」
「ああいう手合いは、言っても理解しない。脅すのが一番利くんだ」
そして、私たちは会場に戻り今度こそ、ホール中央へ歩いて行った。
おもむろに叔父様が跪いて、手を差し出す。
あら、なんだかプロポーズみたいだわ。
「私と踊っていただけますか?ミラディナ嬢」
「はい、喜んで。叔父さ……ミハイル様」
私が叔父様と呼ばなかったのに気がついて、叔父様は目を瞬いた。
大きな手に自分の手を乗せて、会場中央で彼と踊り始める。
力強い叔父様に身を委ねて、私は人生で一番楽しいダンスを踊った。
「ミハイル様、私、実は一度嘘をつきましたの」
「そうか、…いつだい?」
「年末の集まりの時にワインの飲み方を教えてと言ったでしょ?
あの時、酔ってましたけど意識はちゃんとありましたのよ」
「やっぱりか…」
「えっ、まさかバレてましたの?」
「酔ってるくせに、カマかけたら動揺して照れてたからね」
「まあっ、酷い!」
「ははははっ、だから、君の父上と兄上にお願いしたんだ」
「何をですの?」
「ミラディナを妻に欲しいってね。
君が望むならいいって、二人には了承もらってる」
「…………え?」
「嫌かい?」
「い、いいえ…私の気持ち、知ってましたの?」
「何となくだけど、先に好きになったのは私だ」
「そ、ん……なの……」
「結婚してくれる?」
「は、はいっ‼︎ 勿論ですわっ」
「必ず、幸せにする」
「嬉しいですけど、でも私、相手に幸せにして貰うっていう受け身は、
もう、やめましたの。
私がミハイル様を幸せにして見せますわっ。
それが私の幸せなんです!」
「はははっ、まいったな。私にも少しは格好つけさせてくれよ」
私は、もう恋はしない。
私は、彼を愛しているから───。
完
最後までご拝読ありがとうございました。感謝いたします。
追記の後日談:
エリア嬢は、学院卒業後は殿下と会うことが許されず縁が切れました。そして、己の行動のせいで貴族令嬢に嫌われすぎて社交ができず、他国へ逃げています。そこでまた男アサリをしているのではないでしょうか?
殿下は頑張りましたが、なかなか王妃殿下が認めてくれず苦労します。最終的に他国のしっかり者の王女と政略結婚して、王妃に尻を叩かれながら無事国王になりました。
ミラディナは、ミハイルの大きな愛に包まれながら、帝国との貿易でエヴァーグリーン家の富を築き、辺境を発展させて領民に愛される辺境伯夫人となりました。
めでたし、めでたし♪




