卒業パーティーへ
無事単位を取得して、説得したヴァニを引き連れ、
エヴァーグリーン公爵家のタウンハウス、本家領邸へ何度訪ねても、
全て門前払いを食らった。
実際ミラディナ令嬢は、忙しかった様でほとんど留守にしており、
会う機会は設けられず、王妃殿下に睨まれて毎日厳しい言葉で非難されながら、
本当に最悪の気分で、いつ廃嫡されるのかと生きた心地がしなかった。
さらに、ミラディナ令嬢は、友人であるウルドレットの招待で
帝国へ赴いて、繊維産業の外交貿易を開始したそうだ。
公爵家から、その報告を受けた王妃殿下が半狂乱になって更に激昂していた。
何度も登城するよう公爵家に要請したが、もう王太子妃候補ではないと
当主に撥ね除けられ、学院にも出席しないミラディナ令嬢とは、
余程親しくなければ、会うことは叶わなかった。
そして、あまりの執拗さにエヴァーグリーン公爵が、
王妃殿下に抗議するまでになった。
「娘も完璧ではありません。至らぬところもあったでしょう。
ですが、あんな仕打ちをされる謂れはありません。
ミラディナの10年もの努力と学びを軽んじられたのは、
父親として到底容認できないのです。
同じ親なら王妃殿下、貴方様もお分かりになると思います。
そして、大変失礼ですが、我が娘に多くを求めるより、
王太子殿下の再教育の方が先ではないですか?
ミラディナは、もうあなた方王族に利用させないし、渡しません。
これ以上食い下がるおつもりなら、一族揃って独立するか、国を出ていきます」
そうハッキリ宣言され、王妃殿下は為す術なく引き下がるしかなかった。
結局、卒業パーティーまでミラディナ令嬢には、
会えずじまいとなった。
私は、残った3人の王太子妃候補達の個人個人と交流を試みた。
しかし、お茶会には出席してくれるものの、
彼女たちは言葉少なく生返事で、時間になるとさっさと帰ってしまう。
そして、口を揃えてエリア嬢を娶れと言う。
エリア嬢は、どんなに拒んでもしつこく食い下がり、
毎日のように私に接触を試みた。
泣きそうな顔で懇願する彼女を見て、時々心が痛んだが、
ヴァニにあれが作戦なんだと、あんたはどんだけ甘いんだと諫められ、
なんとか堪えて、卒業までの学院生活を送っていた。
そして、来週は卒業パーティー。
勿論、ミラディナ公爵令嬢も出席する。
母上に最後の説得をしろと、強く言われてしまった。
できなくても最悪、宮廷の外交官にするくらいの話をつけろと。
母上の欲深さには、正直嫌気が差している。
私はただ、彼女に素直に謝罪して、自分の思いを伝えようと考えていた。
彼女に会えなくなってから、私はよく昔のミラディナを思い出していた。
そうだ…彼女は何も間違った事はしていなかった。
あの才媛ぶりは、教師も舌を巻く優秀さで頼もしい存在だった。
共に、将来国を支えるために頑張ろうと労いながら、
私が苦手な他言語は、自分がフォローすると笑顔で言ってくれた。
私が弱音を吐いた帝王学も一緒に学んでくれて、献身的に尽くしてくれた。
深い愛情を向けてくれる、彼女が私も好きだったんだ。
ミラディナ…
私は…君に、甘えていたんだ…
難題な帝王学が辛くて、王太子としての駆け引きや、相応しい振る舞いに
疲れていたとはいえ…それは、君だって同じだったはずだったのに…
少し優しくされ、肯定されたからって…
それが楽だったからって、そっちに逃げて…
無責任に甘やかすのは、優しさでもなんでもないのに…
私の為を思って厳しく叱咤してくれたのに、
煩わしく感じて、突き放してしまった。
あの時の私には、分からなかったんだ。
君は、いつも私の味方でいてくれたのに。
本当にごめん…
今更だけど…君が恋しい…
彼女に、この気持ちをどう言えばいいのだろう。
どう、詫びればいいのだろう。
どうしたら、上手く伝えられるのだろう。
どうしたら、王太子妃候補に戻ってくれるのだろう。
どうしたら、私をまた好きになってくれるのだろう。
私は憂鬱な気分で卒業パーティーを大人しく待った。
* * * * * * *
「お綺麗です。お嬢様」
「ありがとう、リリア」
「ミハイル様に頂いた、ブレスレットとリボンとブローチが
今日の装いに似合っていますね。素敵です」
「本当はイヤリングと髪留めもしたいのだけど、これは少しカジュアルだから、
卒業パーティーには向いていなくて…残念だけど諦めるわ」
「その2つのアクセサリーは普段使いで、いつもしていらっしゃいますものね」
「ふふっ、お気に入りなの」
「ウルドレット皇子殿下から、贈られた服飾はお使いにならないのですか?」
「ええ、貿易で本格的に商品が普及し始めてから、
広告塔として社交で身に着けるわ」
卒業パーティーに着用したドレスは、
黒のベルベットのシックで落ち着いた物にした。
何より、叔父様にいただいたアクセサリーのブドウ色が映えるのだ。
お父様とお兄様は、私の晴れの日なのに、
どうしても仕事の都合で、卒業パーティーに参加できないと悔しがっていたが、
代わりにミハイル叔父様が同行してくれることになり、
私は内心嬉しくて仕方なかった。
「お嬢様、ミハイル辺境伯がお迎えに参りました」
「分かったわ。ありがとう、今行きます」
玄関ホールに正装したミハイル叔父様が待っていた。
ああ、本当に…なんて立ち姿さえ絵になる素敵な方なんだろう。
「卒業おめでとう。ミラディナ」
「ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますわ」
「すごく綺麗だよ。シックで清楚だけど華やかで。
私の贈った安物のアクセサリーが映えるように着こなしているんだな。
ミラディナが身に着けると、まるで高級ジュエリーのようだ、流石だな」
「お褒めに預かり、光栄です。叔父様も素敵ですわ。見惚れてしまいました」
「ははっ、ありがとう。そうだ、これを…」
「え?何ですの?」
「開けてご覧?」
「…このケース…ネックレス?……………まあっ!なんて美しい!」
「卒業祝いだ。着けてあげる、後ろを向いて」
「あ、ありがとう、叔父様っ、なんて綺麗なネックレスなんでしょう」
黒いベルベットのドレスに映える、
ダイヤと赤紫のロードライトガーネットで、
レース編みのような繊細な細工を施してある、鎖骨まであるネックレスだった。
まるで王族が、公式の場で着ける豪奢なネックレスにも見える。
一体どれくらい高価なのだろうと、一瞬頭をよぎったが、
そんな下衆なことを考えるのをやめて、私は素直に喜ぶことにした。
「うん。よく似合っている。ドレスにもぴったりだな」
どうして、この人は…こんなに優しくしてくれるのだろう。
嬉しかったが、理由が分からず少しチクチクする胸の痛みを抱えながら、
ミハイル叔父様にエスコートされ、馬車に乗り込んだ。
* * * * * * *
「ミラディナ様‼︎ 」
「お久しぶりです、皆様。お元気でしたか?」
「え、ええ。あの…ミラディナ様もお元気でしたか?」
「ええ、この通りよ。ごめんなさいね。急に休学して…」
「いいえ、お元気そうで安心いたしました。…まあ、今日も素敵な装いですわ」
「素敵なネックレスですわね、細工が素晴らしいです!よくお似合いですわ」
卒業パーティー会場の入り口に着くと、
王太子妃候補の令嬢3名が駆け寄ってくる。
どうやら休学して候補を辞退して、私が落胆しているのではないかと、
心配してくれていたらしい。
ライバルだったけど、私たち妃候補達は同じ境遇で苦労した同士だった。
だから、自然と絆が強くなり仲良くなっていたのだ。
「そろそろ、妃候補はどなたか決まりそうですか?」
「そ、それが…」
3人が気まずそうに目配せする。
あら?上手く行っていないのかしら…
王太子殿下…まさか、まだ男爵令嬢と?
「実は、私達も辞退しようと考えているのです」
「あら…まあ…王太子殿下は、相変わらずですの?」
「いいえ。男爵令嬢とは会わないようには、しているようです。
でも、相変わらず男爵令嬢の方がしつこく付き纏っていますが…」
「そう…殿下とは共にパートナーには、なれそうにない?」
「無理ですわ…」
「私たちでは、殿下の人柄を知れば知るほど実力不足が否めませんわ」
「色々ご指導いただいたのに、申し訳ありません」
「いいのよ、私も無責任に辞退したのだし…皆を責める権利はありませんわ。
それに、それは王家側の問題ですわ。皆が辞退したところで、
あちらが他の方法を考えるでしょう。そんな思い詰めた顔をしないで、
今日は卒業パーティーを楽しみましょう?最後の学院生活ですわよ?」
「ミラディナ様…」
「ああ、やはりお優しい」
「そうですわね!楽しみましょう、皆様!」
会場に入場すると、遠くから呼ばれる。
振り向くと、繊細な刺繍がされた帝国の民族衣装に身を包んだ
ウルドレット皇子殿下だった。
「ミラディナ嬢~!」
「ウルドレット皇子殿下、いらっしゃったのですね」
「うん、この学院に来るのも最後だしね。後で踊ってくれる?」
「ええ、ファーストダンスは決まっているので、その後でよろしければ。
相変わらず素敵な衣装ですこと…」
「あっ、もしかしてっ、上手くいったの?
君こそ、すげー素敵なんだけど、ほんと華があるよね、まるで王妃様みたい」
「ありがとうございます。
まだ、分かりません。でも、頑張ろうかと…」
「ふふっ、俺はどっちでもいいけどねぇ。
あ、そうだお礼言いたいから紹介してよ!」
「まあ~、ふふっ。わかりましたわ」
命の恩人の叔父様と念願の再会を果たしたウルドレット皇子殿下は、
やっとお礼が言えたと大喜びだった。
叔父様は、当然のことをしただけだと、クールに対応していたが。
卒業パーティーが始まりそうな雰囲気になり、
皆背筋を伸ばして忙しない壇上へ目を向ける。
すると、後ろからミハイル叔父様が肩に手を置く。
「では、私は来賓席にいるから」
「はい、ミハイル叔父様。後ほど踊ってくださいね?」
「勿論だよ」
卒業パーティーは、学院長の挨拶、そして、国王陛下からの祝辞で幕を開けた。
隣に立っている王妃殿下の視線がこちらに刺さってきていたが、
私は素知らぬふりをした。
ともあれ、色々お世話にはなったので、
ダンスをする前に、護衛として叔父様を伴い挨拶に伺った。
一時的に随分荒れていたらしいが、周りに諌められ、
お父様にもこれ以上食い下がるようなら、国を出ていくとまで言われ、
すっかり、しょげてしまったらしい。
私が挨拶に行くと、手を取られて我が愚息が申し訳なかったと謝罪された。
王妃殿下に感謝の言葉と、期待に沿えられず申し訳なかったと詫びると、
娘になって欲しかったと泣かれてしまった。
私に将来の王妃として期待してくれていたのは、正直有り難かったが、
やはり、私には王妃は向いていないと思った。
国のために悪女にも聖女にもなれない、中途半端な私では無理なのだ。
そして、ミハイル叔父様とダンスしようとホール中央へ歩いて行く
途中で、王太子殿下の側近たちに囲まれて足止めされた。
ヴァニ様が、一度だけ王太子殿下に別室で会って話を聞いて欲しいと、
腰を折って懇願する。
こちらは話はないと言っても、どうしても謝罪をしたいと殿下が言っている。
決して貶めるつもりはないと前を通してくれない。
私を守るように、前に立つミハイル叔父様の殺気が、
今にも彼らを叩き切りそうな雰囲気になり、
私は仕方なく、叔父様同伴なら話を聞くと同意した。
でも、私は意外と動揺していない自分に気が付いた。
そうか、私、もう、王太子殿下のこと…何とも思っていないみたい。
どうしてかしら…あんなに苦しかったのに。
10年も思っていたのに。
そして、横に立つミハイル叔父様を見て、気がついた。
恋と愛は違う。
私は殿下に恋をしていた。
そして、叔父様は…
そうか、私、いつの間にか、
ミハイル叔父様のことで頭がいっぱいで、
王太子殿下への恋心が消えてしまったんだわ。




