ブドウ祭
「おかえりなさいませ、叔父さま」
「ああ、良かった。無事に着いたんだな。ミラディナ疲れてないか?」
「はい、他の街に行くなんて久しぶりで、ワクワクしております」
「そうか…」
そう言うと、叔父様は赤紫の瞳で微笑み、私の頭を優しく撫でた。
何だか、子供の頃に戻ったみたい…
大きな手…この温もりは、私を守ってくれるし裏切らない。
「お帰りなさいませ、ミハイル様。晩餐の準備ができております」
「ああ、着替えてから行く。ミラディナ、先に食堂へ。
イオエル、案内を頼む」
「畏まりました。お嬢様、ではこちらへ」
「はいっ」
晩餐をいただきながら、昔の思い出や、私の貴族学院での話を沢山した。
久しぶりにマナーや駆け引きを気にしないで、会話を楽しんだ。
そういえば、私は小さな頃から叔父様には、とてもおしゃべりだったのだわ。
それは、叔父様が何を言ってもニコニコして聞き上手だったから、
私のつまらない話をいつも広げて繋げてくれて、楽しそうに聞いてくれた。
私は自分が貴族令嬢であることも、妃教育を終えた淑女であることも、
全て忘れて、叔父様と美味しい食事と会話で楽しいひと時を過ごした。
* * * * * * *
次の日の夕方、ブドウ祭の初日に参加。
賑わった人混みで、叔父様に手を引かれながら、
皆が笑顔で楽しげにしているお祭りの雰囲気に心が踊っていた。
「ワインの試飲があるけど、ミラディナはまだやめておいた方がいいな」
「あら、ダメですの?飲んでみたいです」
「ぶどうジュースにしておこう。ワインは飲んだことある?」
「いいえ、初めてです。ですから興味あります」
「うーん、体質に合わないと、具合が悪くなる人もいるし…難しいな。
初日はジュースにしておかないか?後日試してみよう」
「そうですわね。お祭りの雰囲気を楽しみたいですし、
酔ってしまっては、台無しになるかもしれませんわね」
「とりあえず何か食べるか?出店が沢山あるから、気になるのを選ぶといい」
「…まあ、みんな美味しそうですわ」
「ワイン用のつまみが多いな…チーズやハム、ちゃんとした食事は向こうか」
「叔父様、あれ何ですの?」
「干しぶどうの砂糖づけ」
「こっちは?」
「干しぶどう入りチョコレート」
「あっちは?」
「海鮮の串焼きで海老とイカ。こっちはマッシュルームと羊肉の串焼き。
両方ブドウソースがかかってる」
「じゃあ、これは?」
「クレープ。薄く伸ばした小麦粉を焼いた生地に、
ぶどうのジャムと焼いたりんご、あとクリームが入ってる」
「あれは?」
「干しぶどう入りの揚げパン」
「ふふふっ、見たことのない物ばかりで楽しい」
「で、どれが食べたい?」
「あら、まだ全部見てませんわ」
「おっと、この屋台全部見る気かい?」
「ええ!勿論」
「ははははっ、分かったよ。付き合おう」
その後、呆れ顔の叔父様を連れ回し、
数ある屋台から「野菜とソーセージのホットドックぶどうソースかけ」を
選んで大きな口を開けるのが難しかったが、美味しくいただいた。
そういえば私、こんな風に普通の催しに参加していなかったのだわ…
ずっと妃教育や生徒会執務や貴族間の交流会…学んでばかりで、
自分のために何も楽しんでいなかった。
「屋台の食べ物は、口に合ったかい?」
「はい、とても美味しかったです。…いいですわね、こんな風に何も気にせず
食べて、話して、楽しんで…ずっと忘れていたような気がします」
「そうだね。ミラディナは長い間自分を律していたからな。
それも君の魅力だけど、完璧な人間なんていないんだ。
もっと…自分に甘くていいんだよ」
「は…い…、でも私、叔父様には、いつも甘えてますわよ?」
「これで?じゃあ、もっと甘やかさないといけないな」
「ふふっ、やめてくださいな。
だめ人間になってしまいますし、誰も貰ってくれなくなります」
「だったら、私が貰うから問題ない」
「…え?」
「領主様‼︎ いらしてたんですね!お疲れ様です」
「ああ。ミラディナ、紹介しよう屋台の責任者のロイだ」
「初めまして、素敵なお祭りですね。
ホットドック先ほど頂きましたけど、とても美味しかったですわ」
「おお、ありがとうございます。お綺麗な方にお褒めいただき光栄です。
失礼ですが…領主様の婚約者ですかな?」
「えっ?いえ…私は…」
「義理の姪にあたる。可愛いだろう?」
「おお、そうなのですね?
申し訳ありません、お二人ともお似合いだったので勘違いを…」
「いや、光栄だよ。自慢の姪なんだ」
私は、ドキリとした。
思えば、この時から叔父様を男性として、意識し始めてたのかもしれない。
祖父の後妻の連れ子だった叔父様は、お父様とは義理の兄弟で、
私とは一滴も血は繋がっていない他人同然。年齢差は10歳しかない。
そうか…私と叔父様って、血筋的には他人だったのだわ。
「ミラディナ、これも食べてご覧」
「えっ?あっ、はい!」
「ロイがお勧めだって。ほら、さっき見たクレープだ」
「あ、ありがとうございます。デザートですわね。いただきますわ」
ぼんやり考えていたら、食べ物を追加されてしまい慌てて頂く。
これも、美味しい…お茶会のケーキや焼き菓子も好きだけど、
こちらの方が甘さ控えめで、素材を生かしていて、素朴で健全な感じがした。
それに、ブドウ祭りだから全てにブドウが使われていて、
最初は予想外の組み合わせに驚いたが、結果的にみんな美味しかった。
食べ終わった頃に、壇上のある方が賑わい始めた。
私がそちらを不思議そうに見ると、叔父様が手を引いて連れて行ってくれる。
歩きながら、横にいるミハイル叔父様を何気なく見ると、
少し長い黒髪が靡いて綺麗だった…
中性的な某王太子とは正反対な、硬派で逞しくて男らしい美しい人。
私の視線に気がついて、こちらに微笑む優しい赤紫の瞳。
「ほら、見てご覧」
「まあ…これは、何をしてますの?」
「ぶどう踏みだよ。ワインにする前、足でブドウを潰して果汁にするんだ」
「楽しそう…音楽に乗って踊りながら潰すのですか?」
「音楽と踊りは、お祭り用だけどね。自由参加なんだ、出てみるかい?」
「え?いいんですの?出てみたいです!」
「よし、こっちの受付においで、参加する前に足を洗わないとね」
「はいっ!」
大きな樽の中に降り立ち、少し冷たくてプチプチ潰れていくブドウの感触と、
お祭りの雰囲気と一体になり、私は子供のようにはしゃいでいた。
泥遊びをして怒られた小さな頃の記憶を思い出し、
いけないと言われたけど、あれは本当に楽しかったなぁ。
微笑んで見守ってくれてる叔父様に、手を振ると振り返してくれる。
見知らぬ領民も振り返して笑ってくれる。
なんて、楽しいのかしら…
その後、参加賞で振る舞われたワインをうっかり飲んでしまい、
私は一瞬で眠ってしまったらしい。
叔父様に抱き抱えられ帰ってきて、いつの間にか寝室で朝を迎えていた。
* * * * * * *
「ミラディナ…それ、飲んだのか?」
「参加賞のジュースです!美味しかったです!」
「いや、ワインだ。まいったな…具合はどうだ?」
「いい気分ですっ!」
「大丈夫そうだが、酔っ払ってるな…」
「今すっごく気分がいいです!楽しいっ!ふふふっ!」
「ははっ、可愛いけど、これは連れて帰らないと…」
帰ることを促すと、彼女は嫌がったが、
抱き上げると途端に大人しくなり、寝息を立て始めた。
はしゃいで楽しそうにブドウ踏みをしていた姿は、
小さな頃の彼女を見ているようだった。
そうだ、本来なら君はそんな風に笑う子だった。
“王子様のお嫁さんになる!”
7歳の君はそう言って、その夢に向かって努力を続けた。
淑女になるにつれて、作り笑顔をする君を見て少し寂しかったが、
君の本質は変わってなかったんだな…
5年ぶりに再会して面影はあるものの、
美しく成長した大人の女性になった君を見て、私の心は違う反応を示した。
叔父として、姪に抱いてはいけない感情だ。
例え血が繋がっていなくとも、
彼女は私を叔父以上には見ないというのに…
今でも、淑女の仮面を外して、素直に甘えてくれる君が可愛くて、
愛しくて仕方なかった。
だから、こんな邪な感情を…
私を信じきっている彼女に知られるわけには、
幻滅させる訳にはいかない。
「……ん~…」
「ミラディナ?」
「叔父…さま…私……あら、馬車の中?」
「寝ていて、いいよ。もうすぐ邸に着く」
「私……頑張ったん、です…よ?…」
「…?…うん」
「でも、あの人は…私じゃ、なくて…他の方を、見るの…」
「…王太子の、ことか?」
「はい……だから…嫉妬しまし、た…
でも、本当にその方を、望まれてるのなら…と、
最低限の…マナーは、必要だと…思って…
私、怒りを、抑えて…注意、したんで…す…
で、でも、それが…ダメだったみたい…
すっごく…冷たい目で、見られて…責められてっ…」
「うん…」
「何も、してない…のに…彼女を虐めたとかっ…言われてっ…
私、何も、してないのにぃっ…ううっ…」
「ミラディナは悪くない…わかってるよ」
「…だからっ、だからっ…私っ……諦めたのぉっ!
どんなに…頑張っても、努力してもっ、全部裏目に出てっ…悲し、くて…
これ以上っ、大好きな人にぃ…嫌われたく、なかったからぁっ、
悪者に、されたくっ、なかったからっ!
だけどっ、あんなにっ酷いこと、言われたらっ…
私、だって、傷つくのにぃぃっ‼︎ 酷い…酷いぃっ‼︎
なんで…あんな言い方っ、するのっ! なんで、傷つけるの?
大嫌い、あんな人っ‼︎ …大っ嫌いぃぃっ‼︎ ……うっ、…く…」
「辛かったな…今までよく頑張ったね」
「ねえっ…なんで、あの女なのっ?…どうして、私をっ、見てくれないの?
私なんかっ、誰も、誰もっ、好きになって…くれないんだわっ‼︎
うああああああっ!」
「ミラディナ…大丈夫だ。家族みんな…私もお前を愛している。
あんな見る目がないバカ王子など忘れろ」
「うあああああっ、あああ────んっ‼︎ 」
痛々しい傷を晒して、泣きじゃくる姪を強く抱きしめた。
妃候補辞退の大方の理由は聞いていたが、話していない諍いもあったのだろう。
強引に妃候補に引き入れた王妃にも腹が立ったが、
何よりミラディナが王子に懸想していたから、それが彼女の幸せならと、
家族は誰も止めなかった。
彼女の惚れた弱みに、
あぐらをかいていた王太子に対して怒りが湧いてくる。
王太子に他に好きな女ができたのは仕方ない。
彼も王族の前に一人の人間だ。
だが、人生のほとんどを捧げて、献身的に尽くした者への
この残酷な仕打ちは、到底許せるものではなかった。
可哀想に…どんなに葛藤して、苦しんで答えを出したのだろう。
この子は、
10年越しの恋心を自らの手で葬り、
終わらせたのだ───────。




