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5:地下からの暗号

雨の中、匿坂と綿花は渋谷の商業ビルに向かった。傘を持っていなかった二人は、到着する頃にはずぶ濡れになっていた。


「また服が…」

匿坂は自分のシャツを見下ろした。ケチャップのシミに加えて、今度は雨でびしょ濡れだ。


「濡れるの承知で先輩が出たんですよ」

綿花も髪から雨水を滴らせながら、ビルの入り口に駆け込んだ。


「匿坂さんですね。お待ちしていました」

ビルの管理事務所で、中年の男性が二人を迎えた。管理会社の田沼という人物だった。


「現象が始まったのは今朝からです」

田沼は困惑した表情で説明を始めた。


「エレベーターが勝手に動き始めて、誰も呼んでいないのに特定の階で止まるんです」

「特定の階?」

匿坂が質問する。


「はい。3階、1階、4階、1階、5階の順番で止まります。何度も同じパターンを繰り返して。時々違う動きもします。最初は故障かと思って電気業者を呼んだんですが、『機械に異常はない。うちでは手に負えない』と言われまして」

「それで警察に?」

「はい。警察の方に相談したところ、『そういう特殊な現象でしたら』と匿坂さんをご紹介いただいたんです」」

綿花がメモを取りながら聞いている。


「他にはなにか異常ありますか?」

「各フロアの照明も勝手に点いたり消えたりします。これも一定のパターンがあるようで」

田沼は監視カメラの映像を見せた。確かに誰もいない廊下で、蛍光灯が規則的に点滅している。


「防犯カメラには不審者は映っていませんか?」

綿花が尋ねる。


「一切映っていません。まるで幽霊の仕業のようで…従業員も怖がって」

匿坂は映像を食い入るように見つめていた。


「実際に現場を見せてもらえるか」

匿坂はとりあえず現場を見ようと立ち上がった。

そしてエレベーターホールで、異常な現象を目の当たりにした。

誰もボタンを押していないのに、エレベーターが勝手に動いている。3階で止まり、扉が開いて数秒後に閉まる。そして1階、4階、1階、5階と続く。


「完全に同じパターンだ」

匿坂は階数を記録していく。

3-1-4-1-5…。


「先輩、何かの暗号でしょうか?」

綿花が小声で尋ねる。


「可能性は高い」

匿坂は天井を見上げた。


「機械操作系の異能力者の仕業だろう。問題は、なぜこんなことをしているかだ」

その時、5階の照明が点滅を始めた。短い点滅、長い点滅、短い点滅…。


「これは」

匿坂の目が鋭くなった。


「モールス信号だ」

綿花は慌ててモールス信号を記録し始める。

短-長-短、長-長-長、短-長-短…。


「S-O-S」

「SOS…」

匿坂と綿花は顔を見合わせた。


「助けを求めている」

「でも、どこに?」

その時、地下1階へ続く階段の照明が激しく点滅した。


「地下だ」

匿坂は即座に地下階へ向かった。しかしエレベーターは相変わらず勝手に動いており、使えない。


「階段で行こう」

二人は非常階段を駆け下りた。

地下1階は駐車場になっていた。薄暗い空間に車が数台停まっている。


「ここに誰かいるのでしょうか?」

綿花が辺りを見回す。

その時、駐車場の照明が再び点滅を始めた。今度はより複雑なパターンだ。

短-短-短、長-短-長、短-短…。


「B-U-R…」

匿坂が解読していく。


「BURIED…埋められている」

「埋められている?」

続いて別の照明が点滅する。

長-短-短、短、短、長-長-短。


「D-E-E-P」

「DEEP…深く」

匿坂の表情が険しくなった。


「誰かが地中深くに埋められている」

その時、駐車場の奥の照明が順番に点いていく。まるで道筋を示すように。


「あの方向か」

匿坂は照明が指し示す方向へ向かった。駐車場の奥、建物の外壁近くだ。


「でも、ここは地下1階です。さらに深くに埋められているということですか?」

「そういうことだ」

匿坂は床に耳を当てた。


「音は聞こえないが…」

その時、エレベーターの階数表示が再び変化した。今度は数字が違う。

2-0-1-8。


「座標でしょうか?」

綿花が呟く。


「いや、多分深度だ」

匿坂は立ち上がった。


「20.18…20メートル18センチの深さに埋められている」

「そんな深くに?」

「ああ。そんな深さからでも、能力操作可能なのが奇跡に近い」

匿坂は携帯を取り出した。


「田沼さん、緊急事態だ。すぐに掘削業者を呼んでくれ」

「掘削業者ですか?」

「建物の北東角、地下20メートルの地点に人が埋められている」

電話の向こうで田沼が驚く声が聞こえた。


「そ、そんな…本当ですか?」

「本当だ。一刻を争う。おそらく酸素が持たない」

匿坂は電話を切ると、再び照明を見上げた。

点滅のパターンが弱くなってきている。


「能力者の体力が限界に近づいている」

「業者は、間に合うでしょうか?」

「間に合うことを祈るしかない…」

匿坂の声は静かだが、強い意志がこもっていた。

その時、照明が最後のメッセージを送ってきた。

短-長-短-短、短-短、長-長, 短-短-短, 長-長-長, 短-短-短。


「F-I-R-S-T…FIRST」

「FIRST? 最初?」

続いて別の照明が点滅する。

短-長-短-短, 長-長-長, 短-短-短, 短。


「F-O-S-T…いや、F-L-O-O-R」

「FIRST FLOOR…1階」

匿坂は息を呑んだ。


「1階に何かがある」

「手がかりですか?」

「犯人の情報かもしれない」

二人は急いで1階に向かった。

1階のロビーで、特定の照明が複雑なパターンで点滅していた。それは受付カウンター上の天井照明だった。


「あれだ。この点滅も朝からずっと同じパターンですか?」

田沼が頷く。


「はい。何時間も同じことを繰り返しています」

匿坂は照明の点滅パターンを観察した。


「これは…綿花、短い点滅を1、長い点滅を0として記録してくれ」

綿花が慌ててメモを取る。


短-長-短-短-短-長-短 長-短-短-短-短-短-短。

「01000101…これは」

匿坂が暗算している。


「バイナリコードだ。01000101はASCII文字でE」

続いて新しいパターンが始まる。

長-短-長-長-短-短-長-短 長-短-短-長-長-短-長-短。


「01001000…H」

「アルファベットですね」

さらに照明が続ける。

長-短-長-短-長-短-長-短 長-短-長-長-短-長-短-長

「01010101…U」

「E-H-U…まだ続きそうだ」

数分間にわたって照明が点滅し続け、綿花が必死に記録する。最終的に解読された文字列は。


「EHUKRINREKO17KIDNAPDAY3FAKEWORKER」

「これは…」

匿坂が文字列を見つめる。


「暗号化されているな。17が年齢、DAY3が3日前、FAKEWORKERが偽業者…これらを除くと」

「EHUKRINREKO」

「これをどう読むか…」

匿坂は文字を並び替え始めた。


「EHUKRINREKO…日本語の名前を英字で表現したものか?」

しばらく考えた後、匿坂の目が光った。


「逆から読むんだ。OKERNIRUHE…いや、区切りを変えて」

「REKOAKUNUKI…灰汁抜蓮子あくぬきれんこ

「17歳の灰汁抜蓮子が、3日前に偽業者に誘拐された」

綿花が驚く。


「よくそんな複雑な暗号をずっと…」

「機械操作能力者なら、精密な制御ができる。相当な鍛錬が必要だろうが」

すると匿坂の携帯に田沼から着信がくる。


「すみません今さきほど連絡した掘削業者から着信がきてすぐには難しいとのことで。1時間は到着にかかるとのことです」

「田沼さん、そんなには待てないからキャンセルしてくれ。俺がなんとかする」

匿坂は電話を切った。


「そんなに待っている時間はない。俺がやる」

「先輩が?」

「溶解液で地面を溶かしていく」

建物の外、北東角の地点で匿坂は地面に向かって黒い溶解液を放出し始めた。


「これで20メートルも掘れるんですか?」

「やってみるしかない」

匿坂は濃度を調整し、土と岩を溶かしていく。ジュウジュウという音と共に、地面に穴が開いていく。


「すごい…」

綿花が見守る中、穴はどんどん深くなっていく。10メートル、15メートル…。


「もうすぐだ」

18メートル地点で、匿坂の溶解液が何かに触れた。


「固い物に当たった」

「箱ですか?」

匿坂は慎重に溶解液の濃度を下げ、周囲の土だけを溶かしていく。やがて、金属製の箱が姿を現した。


「あった」

箱の蓋を溶解液で慎重に溶かすと、中から17歳の少女が現れた。灰汁抜蓮子だった。


「大丈夫か」

蓮子は意識があったが、ひどく衰弱していた。唇は乾き、顔は青白い。


「助けが…来た」

か細い声で呟く。


「ずっと…暗号を送り続けて…もう力が…」

「無理に話すな。綿花!救急車を呼んでくれ」

「はい先輩!」

蓮子は必死に言葉を絞り出そうとする。


「犯人が能力を…盗もうとしたけど…失敗して…」

「失敗?」

「私の能力が…うまく盗めなくて…怒って…でも、あの人…」

「その犯人の特徴は覚えているか?」

「女性…とても若くて…20歳くらいかも…」

「服装や見た目は?」

「変わった格好で…ドミノマスクをつけて…赤いトレンチコートとブーツ…」

蓮子は震え声で続ける。


「手袋をしてました…触れないと能力が盗めないのかも…それと…」

「それと?」

「とても楽しそうでした…能力を集めることが…趣味みたいに…」

蓮子の証言から、犯人は能力収集を楽しんでいるコレクターのような存在だと分かった。しかも堂々とした格好で、正体を隠している

匿坂は状況を理解した。犯人は蓮子の機械操作能力を盗もうとしたが、何らかの理由で失敗。怒った犯人が報復として蓮子を地中に埋めたのだ。

 

「まだ近くに…いるかも…気をつけて…」

「分かった。また後で詳しく聞かせてもらう。今は休んでくれ」

救急車のサイレンが近づいてくる。

蓮子は救助されたが、能力を盗む謎の犯人の行方は不明。新たな脅威が匿坂の前に立ちはだかろうとしていた。

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