表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/75

10:有益


「うっ、ここは」

匿坂が意識を取り戻したのは、清潔で快適な個室だった。

ホテルのような内装で、ベッド、デスク、テレビ、専用のバスルームまで完備されている。


「どこだ…」

匿坂は頭を押さえながら立ち上がった。注射の影響で、まだ頭がぼんやりしている。

ドアに近づいてノブを回すと、簡単に開いた。

施錠されていない。

廊下に出ると、筋肉が壁にもたれて座って待っていた。


「目が覚めたか」

筋肉が立ち上がった。


「どこだ、ここは?」

匿坂が尋ねた。


「国家プロジェクトの中枢施設」

筋肉が説明した。

「君を仲間として迎え入れるための場所だ」


匿坂は冷静に答えた。

「そうか。それで、これからどうする?」


「プロジェクトの責任者に会ってもらう」

筋肉が歩き始めた。

「俺が上に頼み込んで、面談の機会を設けた」


2人は廊下を歩いていく。

両側には同じような快適そうな個室が、ずらりと並んでいる。


「綿花と大洲はどこにいる?」

匿坂が尋ねた。


「別の部屋で休んでもらっている」

筋肉が答えた。

「君と同じく、快適な環境を用意した」


廊下の奥にエレベーターがあった。

筋肉がカードキーをかざすと扉が開いた。

「最上階に向かう」

エレベーターが上昇していく。


「今いた場所は地下か?」

「ああ。責任者の執務室は最上階にある」

筋肉が説明した。


「眺めの良い場所を好む人でな」

エレベーターが止まり、最上階に到着した。

扉が開くと、ガラス張りの豪華な廊下が現れた。

外の景色が一望できる。


「随分と立派な施設だな」

「国家プロジェクトの成果だ。予算も潤沢に確保されている」

筋肉が大きな扉の前で立ち止まった。


「入るぞ」

扉を開けると、そこは広々とした執務室だった。

奥に豪華な椅子が置かれており、そこに一人の男が座っていた。

ワイングラスを片手に、窓の外を眺めている。

日妻蜻蛉ひづま かげろうだった。


「おや、匿坂さん」

日妻が振り返った。

「長旅、お疲れさまでした」


「あ、ああ…」

匿坂は表面上冷静を装ったが、内心驚いていた。

大洲の弾丸によって死んだと思っていたからだ。

しかも前回会った時は、日妻の顔や腕には溶解液による火傷の包帯が巻かれていたはず。

今、その痕跡が全く見当たらない。

「日妻…久しぶりだな」

「ええ、本当に」


日妻がワインを一口飲んだ。

「前回お会いした時は、物騒でしたね。あなたの溶解液、なかなか強烈でしたよ」


匿坂が眉をひそめた。

「あの時の傷は…」

「ああ、あれなら」

日妻が自分の顔を指差した。


「すっかり治りました。現代医学の進歩には感謝しています」

日妻が続けた。


「それに大洲さんとの戦闘。あれほど生死を彷徨ったのは初めてでしたが、おかげで得たものもありました」

筋肉が匿坂の横に立った。


「日妻様」

「ああ、筋肉。ご苦労さまでした」

日妻が筋肉を見た。


「君のスカウト作戦、大成功でしたね」

日妻が立ち上がると、スプーンでワイングラスを軽く叩いた。


(チン、チン、チン)

澄んだ音が執務室に響く。

すぐに黒いスーツの部下が現れた。


「日妻様、お待たせしました」

「案内の準備をしておいてください」

日妻が指示した。

部下が一礼して退室した。

「さて、筋肉から話は聞いています」


匿坂は慎重に言葉を選んだ。

「なんの話だ?」

「彼が私を説得したんですよ」

日妻が無表情で言った。

「あなたとは敵対するよりも、共にプロジェクトを進めた方が合理的だと」


筋肉が補足した。

「日妻様は最初、お前の処分を考えていた。だが、俺が提言した」


「…確かに筋肉の意見には一理ありました」

日妻が機械的に答えた。

「ただし、私としてはまだ確信が持てませんでした。だから一度、この目で確かめることにしたのです」

日妻が匿坂をじっと観察した。


「洗脳の状態も確認したかったのですが…」

日妻が淡々と呟いた。

「すでにあなたにはその様子がありませんね。失敗でしょうか」


匿坂は表情を変えずに答えた。

「どういう意味だ?」


「最新の脳内埋込装置と、私の記憶操作能力を組み合わせた実験です」

日妻が事務的に説明した。

「完全な洗脳人間を生み出すつもりでした。しかし、どうやら失敗に終わったようですね」


匿坂は内心で安堵した。正弘に機械を除去してもらったことは、絶対に知られてはならない。


「それと」

日妻が筋肉を見た。

「彼が綿花さんと大洲さんも、連れてきたことで分かりました」

「何がだ?」

「結局、あなたは誰も殺さなかったのですね」

日妻が冷淡に言った。


「洗脳が成功していれば、大切な仲間を自分の手で殺していたはずです。それが私の実験の最終段階でした」

日妻が少し苛立ちを見せた。

「非常に残念な結果です。あれほど完璧な実験環境を用意したのに」


筋肉が口を挟んだ。

「だが、洗脳に失敗したからこそ、俺の提案が活きました」

「どういう意味ですか?」

「洗脳に頼らず、本人の意志で協力してもらう方が確実です。強制された忠誠より、納得した協力の方が価値が高いというのが私の考えです」


日妻が眉をひそめた。

「私としては実験の継続を望んでいたのですが」

「実験はまた、別の機会にやりましょう」

筋肉が説得した。

「今は匿坂という人材を活用することを、優先すべきでは」


日妻が沈黙した。しばらく考え込んだ後、渋々といった様子で答えた。

「筋肉に押し切られた形ではありますが…いいでしょう」

日妻が再びワイングラスを手に取った。


「ただし、まだ完全に信用したわけではありません。あなたが本当に協力的なのか、この目で確かめさせてもらいます」


匿坂は軽く頷く。

「俺はなにをすればいい」

「まずは施設を案内しましょう」


筋肉が匿坂を促した。

「行こう。案内の準備ができてるはずだ」


匿坂は表面上協力的な態度を保った。

内部から破壊するためには、まず信頼を得る必要があると考えたからだ。

表面上は協力的な態度を保ちながら、破壊工作の機会を探る。

危険な潜入作戦が、本格的に始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ