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3-2:過去

***

『緊急事態発生! 新宿で異能力者が暴走しています!』

無線から流れる声に、当時刑事だった匿坂は現場に急行していた。

現場は惨状だった。ビルの一階が完全に破壊され、瓦礫の中から市民の悲鳴が聞こえてくる。


「何が起きた?」

先輩刑事が状況を説明した。


「異能力者の少年が能力を制御できなくなったらしい。分子分解能力で周囲の建物を破壊し続けている」

匿坂は瓦礫の向こうに少年の姿を見た。14、5歳くらいだろうか。顔は涙でぐしゃぐしゃで、明らかに混乱状態だった。


「助けて...止まらない...止められないんだ...」

少年の手に触れた瓦礫が次々と砂になっていく。しかし少年は自分の能力を恐れ、誰にも近づけさせようとしなかった。

***



白井の攻撃が激しくなった。今度は天井の鉄筋を分解し、鉄の粉を雨のように降らせてくる。


「お前は何も分かっていない」

匿坂は溶解液で身を守りながら言った。


「あいつは自分の能力に苦しんでいた」

「嘘をつくな!」

白井の声が響く。


「優しい子だった。人を傷つけるような子じゃない!」




***

匿坂は一人で少年に近づいていた。周囲の警官たちは距離を置いているが、このままでは被害が拡大する一方だった。


「君、名前は?」

「し、白井...白井健太です」

「健太君、落ち着いて。深呼吸をしよう」

匿坂は自分の能力を抑制しながら、ゆっくりと健太に近づいた。しかし健太の能力は暴走状態で、制御が利かない。


「近づいちゃダメです。僕に触れたら、あなたも...」

その時、背後から銃声が響いた。

別の警官が健太を狙撃したのだ。


「やめろ!」

匿坂が叫んだが、遅かった。銃弾は健太の肩を掠めた。

驚愕と痛みで、健太の能力が完全に暴発した。

周囲の建物が一瞬で崩壊し始める。

***



「お前は何もしなかった」

白井が匿坂に迫る。


「弟を見殺しにした」

「違うんだ」

匿坂の声に悲痛な響きがあった。


「俺は健太を助けようとした。だが」




***

崩壊する建物の中で、匿坂は健太を見つけた。少年は瓦礫の下敷きになり、意識を失いかけていた。


「健太!」

匿坂は瓦礫を溶解液で溶かしながら、健太の元に駆けつけた。


「すみません...すみません...」

健太は涙を流しながら謝り続けていた。


「止められなくて...みんなを傷つけて...」

「大丈夫だ。もう大丈夫だ」

匿坂は健太を抱き起こした。しかし健太の傷は深く、内臓にまで達していた。


「お兄さん...」

「何だ?」

「僕、悪い子でしょうか?」

匿坂は答えられなかった。


「そんなことない。お前は悪くない」

健太は微笑んだ。


「ありがとう...」

それが健太の最後の言葉だった。

***



匿坂は一歩前に出た。


「俺は健太を助けられなかった。それは事実だ。だがお前の復讐は間違っている」

「…健太だって、こんなことは望んでいないはずだ」

匿坂の言葉に、白井の手が震えた。駐車場に張り詰めていた殺気が、わずかに和らぐ。


「その名を口にするな。お前に…お前にアイツの何が分かる」

白井の声は掠れていた。


「…一つだけ確かなことがある」

匿坂は黒い溶解液を体表から引かせながら、静かに言った。


「健太は最期まで、人を傷つけたことを悔やんでいた。そんなあいつが、無関係な子供を人質にとることを許すと思うか」

白井の顔が歪んだ。


「違う…健太は…」

「さくらちゃんの居場所を教えろ」

匿坂は一歩ずつ白井に近づいていく。


「これ以上罪を重ねるな」

「罪だと?」

白井の目に再び怒りが宿った。


「罪を犯したのはお前の方だ。健太を見殺しにして、のうのうと生きているお前が」

白井が再び手を上げた瞬間、天井の鉄筋を分解し、それを瞬時に鋭利な針状に再構成して匿坂に向けて飛ばしてきた。


「ぐっ…」

匿坂は溶解液で防御したが、数本の鉄針が左肩と右太ももに突き刺さった。鋭い痛みが走る。 


「痛いか?」

白井が冷たく笑った。


「でもこれで終わりじゃない」

白井が駐車場の壁に手をつくと、コンクリートの成分を操作し始めた。壁から大量の石灰が分離され、粉末状になって匿坂を包み込む。


「げほっ!がはっ…」

石灰の粉末が目と鼻に入り、匿坂は激しく咳き込んだ。視界が真っ白になり、呼吸が困難になる。

その隙に白井が接近し、匿坂の足元の床を一瞬で液状化させた。バランスを崩した匿坂が倒れ込む。


「終わりだ」

白井が匿坂の首に手を伸ばそうとした時、駐車場の入り口から足音が聞こえた。


「先輩!」

綿花の声だった。彼女は息を切らしながら駆けつけてくる。


「大丈夫ですか」

「綿花、危険だ。下がっていろ」

匿坂は肩の傷を押さえながら立ち上がった。太ももに刺さった鉄針からは血が滲み、石灰の粉末で目が充血している。

しかし綿花は匿坂の前に立ちはだかった。


「白井警部補、やめてください」

「邪魔をするな」

白井が綿花に向けて手を伸ばした瞬間、匿坂が動いた。全身から黒い溶解液を噴射し、白井の手を包み込む。


「お前の相手は俺だろう」

匿坂の瞳に、鋭い光が宿った。

白井は慌てて手を引こうとしたが、溶解液が肌に触れ、ジュウジュウという音と共に白い煙が上がった。


「ああああああ!」

白井の悲鳴が駐車場に響く。手の甲の皮膚が溶け、赤い肉が露出していた。


「くそ…」

白井は自分の能力で溶解液を分解しようとしたが、匿坂の液体は特殊な分子構造をしているらしく、完全には分解できない。さらに溶解は進行し、手首にまで達しようとしている。


「俺の溶解液は、そう簡単には分解できない」

匿坂が前に出る。痛みを堪えるように顔をしかめながらも、その声には迫力があった。


「濃度を調整した。今のは最低濃度だ。これ以上やると、骨まで溶かすことになるぞ」

白井は手を引きながら後退した。溶解液で重度の火傷を負い、手が使い物にならない状態だった。痛みで顔が歪んでいる。 


「まだ終わりじゃない」

白井が床に手をつくと、駐車場全体のコンクリートが砂状に変化し始めた。足場を奪う作戦だ。

しかし匿坂は慌てなかった。溶解液を足の裏から分泌し、崩れる床を溶かして液状にする。そして即座に固化させて新たな足場を作り出した。


「随分応用が利く能力だな!」

白井が舌打ちする。


「お前こそ、よく考えた戦術だ」

匿坂は白井との距離を詰めていく。


「お前は間違えている」

「何がだ」

「お前の目的は俺への復讐だろう。なら、なぜ高菜木とさくらちゃんを巻き込んだ」

白井の表情が揺らいだ。


「健太のような純粋な少年が、そんな卑劣な手段を許すと思うか」

「黙れ!」

白井が感情的になって両手を振り回すと、周囲の車が次々と分解されていく。しかし攻撃に精密さがない。

匿坂は冷静に攻撃を避けながら、さらに近づく。


「短い時間だったが健太と接したから分かる。あいつは優しすぎるくらい良い子だった」

「やめろ…」

「自分の能力を恐れて、誰も傷つけたくないと泣いていた」

「やめてくれ…」

白井の手が震えている。


「そんな健太が、8歳の女の子を人質にとることを喜ぶと思うか」

「うるさい!」

白井が叫んだ瞬間、匿坂が飛び込んだ。白井の両手首を溶解液で包み込み、能力の使用を封じる。


「放せ!」

「さくらちゃんの居場所を教えろ」

匿坂の声は静かだが、有無を言わせぬ迫力があった。

白井は必死にもがいたが、溶解液は外れない。やがて力が抜けて、その場に膝をついた。


「俺は…俺は何をしていたんだ」

白井の目から涙が溢れた。


「健太…ごめん…」

匿坂は溶解液を引かせると、白井の肩に手を置いた。


「健太のことを思うなら、全て吐け」

白井は震える声で答えた。


「倉庫街…第3埠頭の古い倉庫だ」

「一人でいるのか」

「監視カメラで見張っているだけ…直接的な危害は加えていない」

匿坂は安堵した。


「綿花、すぐに第3埠頭に向かうぞ」

「分かりました」

綿花が駆け出していく。匿坂は白井を見下ろした。


「健太は最期に何て言ったと思う?」

白井が顔を上げる。


「『ありがとう』だ」

匿坂は静かに言った。


「俺なんかに感謝して死んでいった。そんな健太に恥じない生き方をしてほしい」

白井は深く頭を下げた。


「すみませんでした」

「謝るのは俺の方だ」

匿坂は立ち上がった。


「健太を救えなくて、すまなかった」



ーーー第3埠頭の倉庫は、夕日に照らされて赤く染まっていた。

匿坂と綿花は慎重に倉庫に近づく。白井の言葉が本当なら、さくらはこの中にいるはずだ。


「監視カメラがあります」

綿花が小さく指差した。確かに倉庫の入り口に小型カメラが設置されている。


「もう止まっているだろう」

匿坂は扉に手をかけた。錠は掛かっていない。

扉を開けると、薄暗い倉庫の奥から小さな声が聞こえた。


「誰ですか?」

「大丈夫だ。君のお父さんが心配している」

匿坂が奥に進むと、段ボール箱の陰に小さな女の子が座っていた。高菜木さくら、8歳。怯えた目をしているが、怪我はないようだ。


「お父さん…」

さくらの目に涙が浮かんだ。


「ああ、もうすぐ会えるよ」

匿坂は優しく微笑んだ。


「怖かったかい?もう大丈夫だ」

さくらは小さく頷いた。


「でも、お兄さんは怖くなかったです」

「お兄さん?」

「時々食べ物を持ってきてくれるお兄さん。とても悲しそうな顔をしていました」

匿坂は胸が痛くなった。白井なりに、さくらを気遣っていたのだろう。


「もう大丈夫だ。帰ろう」

匿坂はさくらの手を取った。

警視庁で、高菜木とさくらの再会は涙にくれた。


「さくら!」

「お父さん!」

父娘は固く抱き合い、しばらく離れようとしなかった。

その光景を見ながら、匿坂は複雑な心境だった。白井の復讐は間違っていた。だが、彼の悲しみは本物だった。


「先輩」

綿花が近づいてくる。


「白井警部補はどうなるんでしょうか?」

「処分は免れないだろう。だが」

匿坂は窓の外を見た。


「きっと健太も許してくれる」

夜空に、一番星が輝いていた。


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