6-2:夜を纏う者(イラスト有り)
忌憚
「炸裂弾」
大洲が立て続けに赤い弾丸を生成しては、装填発砲を繰り返す。
(バンバンバン!)
炸裂弾が忌憚の周囲で爆発するが、またしても忌憚は身体になにかを纏っているため、爆風は完全に弾かれた。傷一つ付かない。
「無駄だ。夜エネルギーは全ての攻撃を無効化する」
「夜エネルギーだと…?」
「おそらく、体を覆っている紫色の煙のようなもののことでしょう。あれのせいでこちらの攻撃が通りません」
滴が冷静に状況分析をする。
(ブルルルル…)
その時、大洲の携帯が鳴った。匿坂からだ。しかし、今は電話を取る余裕がない。
忌憚がノーモーションで衝撃波を放つ。
黒い衝撃波が放たれる。大洲は滴の手を引いて山道に向かって走った。衝撃波が背中をかすり、コートが裂けて血が滲んだ。
「大洲さん!?大丈夫ですか」
「ノーモーションから繰り出されるあの技、厄介だな。そう思わないか?滴」
「そんなこと言ってる場合じゃありません!早く逃げないと」
「どこへ行く?俺が逃すと思うか」
忌憚が追ってくる。その足音だけで地面が震えた。しかし急ぐ様子はない。まるで逃げ惑う獲物を楽しんでいるかのようだった。
「俺の殺しを見て、生きて帰った奴はいない」
忌憚の声が夜風に乗って聞こえてきた。
山道を駆け上がりながら、大洲の額から汗と血が流れ落ちた。滴も息を切らしている。
再び背後からノーモーションの衝撃波が迫ってくる。
「滴、左!」
「はい!」
二人は咄嗟に左に飛び退いた。衝撃波が右肩をかすり、大洲が血を吹いた。
「夜爪斬!」
今度は忌憚の爪が黒いエネルギーを纏って伸びた。巨大な斬撃が二人に向かって飛んでくる。
大洲は滴を抱えて横に転がった。斬撃は大洲の背中を浅く切り裂き、血が飛び散る。地面も木も岩も深々と切り裂かれている。
大洲の動きが鈍ったのを忌憚は見逃さなかった。
またしても、ノーモーションで衝撃波を放った。
「大洲さん!」
滴が危険を察知して、大洲の前に飛び出した。
(ドガァン!)
衝撃波が滴を直撃する。小柄な滴の身体が宙に舞い、木に激突して地面に倒れた。
「滴!」
大洲が駆け寄る。滴は意識を失っていた。呼吸はあるが、全身から血を流している。まるで物凄いスピードで鉄の塊にぶつかったかのような怪我を負っていた。
「くそ…やってくれたな」
大洲の顔に怒りが浮かんだ。
「あとは貴様だけだ。腹を括って死ね」
山の中腹、トンネルからだいぶ離れた場所まで来ていた。大洲は滴を安全な場所に寝かせ、忌憚と対峙した。全身傷だらけで、血が滴り落ちている。
「つまらん遊びはもう終わりだぞ」
忌憚がゆっくりと歩いてくる。その足音が地面を震わせた。大洲は周囲を見回した。月明かりに照らされた山の中。そして少し先に見えるのは…。
「あれは…工事現場か?」
トンネルの建設に関連した資材置き場らしい。セメント袋が積み上げられ、重機が並んでいる。そして、その奥には崖が見えた。
「面白い場所を選んだな」
忌憚が嘲笑う。
「ああ、最高の場所だ」
大洲が後ろに下がりながら呟いた。忌憚を資材置き場に誘導するつもりだった。
「いい加減にしろ、逃げるな」
「逃げるって俺がか?」
大洲がわざと隙を見せるように、よろめいた。足を痛めたふりをする。
忌憚の目が光った。獲物が弱ったのを見て、狩猟本能が疼いている。
「そうだ、それでいい。もっともっと苦しめ」
忌憚が加速した。大洲に向かって突進してくる。
大洲は資材置き場の中央、セメント袋が山積みされた場所まで後退した。
「これで終わりだ」
忌憚が両手を前に突き出す。今までとは桁違いの、最大出力の衝撃波だった。
(ドゴォォォォン!)
巨大な衝撃波が大洲を襲う。しかし巨大なためか迫ってくるスピードがあきらかに遅い。大洲は横に飛び退くと同時に、近くのセメント袋を片手で忌憚目掛けて投げれるだけ投げまくった。衝撃波は資材置き場の屋根や地面を抉り取りながらセメント袋に直撃し、袋が次々と風船のように破裂する。
白いセメント粉が舞い上がり、霧のように忌憚の周囲を覆った。
「何だこれは」
忌憚が手で粉を払おうとするが、セメント粉は夜エネルギーに付着してなかなか取れない。
「厄介だな、一度夜エネルギーを解除するか?…いや、こんな視界の悪いとこで銃で狙われたら面倒だな」
忌憚は1人であれこれ考えて、動きが止まっていた。
「水華弾!」
その隙を見逃す大洲ではない。リボルバーに水色の弾丸を素早く装填する。
(バン!)
弾丸が忌憚に直撃した瞬間、大量の水が爆発的に放出された。水しぶきが忌憚の周りに飛び散り、セメント粉と混合してペースト状になる。
「くそ!」
忌憚が身体を振って周囲にまとわりつくセメントペーストを振り落とそうとするが、粘性が高くてなかなか取れない。
「仕上げだ!」
大洲は続けて白色の効果促進弾を装填した。特殊な化学物質を含んだ弾丸だ。
(パン!)
効果促進弾がセメントペーストに命中すると、ジュワジュワと泡立ち始めた。水和反応が劇的に加速している。
「分かったぞ、コンクリートだな?舐めるなよこの程度!」
忌憚が身体を纏う夜エネルギーを全開にして、セメントを弾き飛ばそうとするが既に硬化が始まっていた。忌憚を包み込むように、分厚いコンクリートの殻が形成されていく。
「貴様、やってくれたな…」
「こんなに上手くいくとは思わなかったぞ。お前が異能力頼りの馬鹿で助かったよ」
大洲が満面の笑みで呟いた。
ーーー数分後、忌憚は分厚いコンクリートの殻に包まれていた。夜エネルギーで身体への直接ダメージは防げても、物理的に身動きが取れない。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」
コンクリートの内側から曇った声が響く。破壊しようとしてるのか、殴る音が聞こえてくる。ひび割れが入り始めた。
「破られるのも時間の問題だな…氷結弾」
大洲は青色の弾丸を装填して発砲する。忌憚を覆っているコンクリート殻に着弾すると、一気に白い霜が走り始めて瞬く間に白く凍りついた。
「いくぞ」
大洲は姿勢を低くして足に力を溜めると、一気に解放して全速力で走りはじめる。そして、全力でコンクリートの殻に蹴りを炸裂させた。
(ズゴゴゴォォォ…!)
コンクリートの殻はコロコロと転がりつつも、滑るように地面を滑走しはじめた。進行方向には崖が見える。
「止まらん、何をする気だ貴様!答えろ!」
忌憚の叫び声が山に響いた。しかしその時には飛行機が飛び立つように、既に崖のふちから離陸していた。そのまま重力によって次第に落下していく。
「ぬおおおおおお!!!」
「…これで時間は稼げるな」
大洲が急いで滴のもとに駆け寄った。意識は戻っていないが、呼吸は安定している。
「滴、悪い。少し揺れるぞ」
大洲が滴を背負って立ち上がった。崖の下からは何の音も聞こえない。忌憚がどうなったかは分からない。とにかく今は逃げるのが先だと大洲は走り始めた。
荒れ果てた資材置き場を抜け、山道を下りながら大洲は考えていた。
忌憚は殺しを見られたから自分たちを消そうとした。それだけの理由で、ここまで執拗に追ってきた。とても執念深い性格の持ち主。
それと忌憚の言っていた夜エネルギーという単語。おそらく彼は夜限定の異能力者だろう。あの強力な異能力も夜にしか使えないはずだ。しかし裏を返せば、夜明けまで安全な場所に避難しなければならないと言うことでもある。と大洲は脳内で今までのことを整理していた。
「匿坂に連絡してみるか」
大洲が携帯電話を取り出した。しかし、電波が弱い山中では圏外マークが表示されていた。
「ちっ、もう少し降りなきゃダメか」
すると背中の滴が小さく呟いた。
「大洲…さん…」
「気がついたか、滴」
「忌憚は…?」
「崖から落とした。だが、あれで死ぬとは思えない」
滴が小さく頷いた。
「殺しを見てしまいましたね…」
「ああ、最悪のタイミングだった」
山を下りながら、大洲は夜空を見上げた。東の空が僅かに白み始めている。
夜明けまで、あと数時間。
忌憚の夜エネルギーが使えなくなれば、脅威は大幅に減る。それまで逃げ切れるかどうかが勝負だった。




