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4:大洲無何有(イラスト有り)

「左」大洲無何有おおす むかう&「右」六識ろくしき しずく

挿絵(By みてみん)





福岡市天神のオフィスビル12階。『大洲探偵事務所』の看板が掲げられたガラス張りの事務所では、銀髪の男性が革張りの椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。

大洲無何有おおす むかう、30歳。身長185センチの長身に整った顔立ち、まるでホストのような派手な外見だが、その実力は九州随一と言われる探偵だった。


「今日も完璧だな」

大洲は壁に取り付けられた鏡で身だしなみを確認した。銀髪は一本の乱れもなく、スーツにはシワひとつない。靴は鏡のように磨かれ、時計は高級ブランド品。全てが完璧に整っている。

匿坂冬十郎とは正反対の男だった。

事務所も同様に完璧だった。書類は全て整理整頓され、床には埃ひとつない。観葉植物は毎日水をやられ、窓ガラスは週3回清拭される。

その時、受付から静かな足音が聞こえる。白い着物を着た小柄な女性が現れた。白髪を後ろで結い、落ち着いた雰囲気を漂わせている。彼女の名は六識滴ろくしき しずく


「大洲さん、県警の刑事さんがお見えです」

滴が無言で会釈した。


「通してくれ」

現れたのは40代の刑事、佐藤警部だった。顔には深刻な表情を浮かべている。


「大洲さん、お忙しいところすみません」

「どうした佐藤さん。そんな顔をして」

「実は、困った事件が起きまして」

佐藤は椅子に座ると、ため息をついた。


「昨夜、密室殺人が発生しました」

「密室?」

大洲の目が鋭くなった。


「被害者は地元の製薬会社社長、桐生慎一郎きりゅうしんいちろう。自宅の書斎で死亡しているのを発見されました」

「死因は?」

「頭部への鈍器による殴打。凶器は書斎にあった金属製のペーパーウェイト」

佐藤は資料を広げた。


「問題は、書斎が完全な密室だったことです」

「窓は?」

「ありますが現場は3階で、外に足場はないので使えません。しかも施錠されていました」

「玄関の鍵は?」

「内側からチェーンロックがかかっていて、ドアの隙間は数センチ。人が通れる大きさではありません」

大洲は興味深そうに資料を見た。


「なるほど、ほぼ密室か」

「警察では自殺として処理しようかという話も出ています」

「自分で頭を殴って自殺?物理的に不可能だろう」

「ですが、他に説明がつかなくて」

その時、大洲の横に滴が戻ってきた。


「紹介が遅れた。この子は俺の助手兼秘書なんだ」

佐藤は驚いた表情を見せた。


「随分お若い」

「見た目に騙されるなよ。こいつは相当優秀だ。受付から事務処理、探偵業務のサポートまで何でもこなす」

大洲は立ち上がった。


「さて、現場を見せてもらおうか」


ーーー30分後、大洲と滴は博多区の高級住宅街にある桐生邸を訪れていた。3階建ての立派な家で、問題の書斎は3階にあった。


「ここが現場です」

佐藤に案内され、大洲は書斎に入った。滴も無言でついてくる。


「被害者はここで発見されました」

床には人型の白いテープが貼られている。


「凶器のペーパーウェイトは?」

「こちらです」

佐藤が証拠品を見せた。重厚な金属製で、血痕が付着している。

大洲は部屋を詳しく調べ始めた。滴も別の角度から静かに現場を観察している。


「家族構成は?」

「妻と息子が一人。息子は大学生で、昨夜は友人宅に泊まっていました」

「妻は?」

「1階のリビングでテレビを見ていたそうです。夫が書斎に入ったのは午後9時頃、発見されたのは午後11時」

大洲は本棚を調べていた。


「この本棚、移動した跡があるな」

「え?」

佐藤が驚いた。


「ここを見てくれ」

大洲が床を指差すと、確かに本棚を移動させたような跡がある。


「でも、本棚は重くて一人では動かせませんよ」

「いや、動かせる」

大洲は本棚の裏側を調べた。


「おそらく、この本棚には隠しキャスターが付いている。普段は見えないが、レバーを操作すると車輪が出る仕組みだ」

「な、なるほど。それなら確かに動かせます」

「つまり、この本棚の裏に隠し通路がある可能性が高い」

大洲は本棚を動かし始めた。彼の言う通り裏に隠されたレバーがあり、それを操作すると本棚が軽々と動いた。


「やはりな」

本棚の奥には狭い通路があった。隣の部屋に通じているようだ。佐藤は驚きと感動で声が出ない。


「隣は何の部屋だ?」

「息子の部屋です」

「息子は本当に友人宅にいたのか?」

「確認しました。アリバイは完璧です」

大洲は通路を進んだ。滴も無言でついてくる。息子の部屋の本棚の裏側に出る構造になっている。


「犯人はここから侵入し、桐生社長を殺害した後、この通路を通って逃走した」

「でも、チェーンロックは?」

「それは簡単だ」

大洲は玄関へ向かうと、チェーンロックの仕組みを佐藤に説明した。


「細い針金を使って、外からチェーンを掛けることができる。ドアの隙間から針金を入れて、器用に操作すればいい。やり方さえ覚えれば誰でもできる」

「なるほど」

「問題は犯人が誰かだ」

大洲は再び現場を見回した。


「息子にアリバイがあるなら…」

その時、滴が本棚の上を指差した。そこには写真が置かれている。


「ああ、そうだな」

大洲は写真を手に取った。


「この写真は?」

「桐生社長と奥さんの結婚写真ですね」

「この男性を見てくれ」

大洲が指差した写真には、桐生社長の少し後方から1人の男性が複雑そうな表情で立ってる姿が写っていた。


「あ、これは奥さんの前の夫ですね。10年前に離婚されたそうです」

「前の夫…」

大洲の頭の中で推理が組み立てられていく。


「その男性の名前は?」

「確か、千石という名前だったと思います」

「千石…」

大洲は振り返った。


「佐藤さん、桐生夫人を呼んでくれ」


ーーー10分後、桐生夫人が書斎にやってきた。50代前半の上品な女性だが、どこか不安そうな表情を浮かべている。


「何か用でしょうか?」

「少し質問があります」

大洲は写真を手に取った。


「この男性についてお聞きしたい」

夫人の顔が一瞬強張った。


「前の夫のことですか?」

「ええ。彼とは今でも連絡を?」

「いえ、離婚してからは一切」

「本当ですか?」

大洲の鋭い視線が夫人を捉えた。 


「隠し通路のことを知っているのは、おそらく限られた人間だけです」

「か、隠し通路?」

「この本棚の奥にあります。建築当時から設計されたものでしょう」

夫人は動揺を隠せずにいた。


「この家を設計したのは、あなたの前の夫である千石さんです」

佐藤が資料を確認した。


「確かに、10年前の建築記録に千石建築設計事務所の名前があります」

「つまり、千石さんはこの隠し通路の存在を知っていた」

大洲は夫人に向き直った。


「そして昨夜、あなたは千石さんを家に招き入れた」

「そんなこと…」

「証拠があります」

大洲は通路の入り口を指差した。


「長年使ってなかったのか、埃が積もってたおかげでここに足跡が残っている。男性のものですが、桐生社長のものではありません。下駄箱にあった靴のサイズと違う」

夫人はしまったと言わんばかりの表情を、隠しきれてなかった。


「さらに」

大洲は書斎の床を指差した。


「血痕の飛散パターンを見ると、桐生社長は倒れた時、誰かに支えられています。一人で殴られて倒れた場合とは明らかに違う」

大洲は冷静に続けた。


「再度言いますが、隠し通路のことを知っている人間は限られている。可能性があるのが建築時の関係者か、長年この家に住んでいる人間」

夫人の顔が青ざめた。


「あなたの前の夫である千石さんがこの家を設計したなら、当然この仕組みを知っているはずです」

夫人はついに観念した。


「分かりました…全て話します」

夫人は涙を流し始めた。


「前の夫から連絡があったんです。お金に困っていて、助けてほしいと」

「…それで?」

「ですが主人は前の夫を毛嫌いしていて、絶対に助けないと」

「だから殺害を計画した」

「最初はそんなつもりじゃなかったんです。ただ、少しお金を渡すだけのつもりで」

「しかし、桐生社長と何かあったんですね?」

「ええ。主人が予定より早く帰ってきてしまって、隠し通路から出てきた前の夫と鉢合わせしてしまい、発狂激怒したんです。そして、取っ組み合いになって前の夫は近くにあった道具で…」

「その時にペーパーウェイトで…ってわけですか」

夫人は泣き崩れた。


「すみません、すみません」



ーーー1時間後。

千石は逮捕され夫人も事情聴取のために連れていかれ、事件は無事に解決した。


「流石ですね、大洲さん」

佐藤は感心していた。


「我々だけでは自殺で処理するところでした」

「密室トリックは複雑に見えて、実は単純なものが多い」

大洲はネクタイを直しながら答えた。


「大切なのは先入観に囚われないことだ」

「勉強になりました。では後処理はこちらでいたします」

「頼む」

大洲と滴は桐生邸を後にした。完璧に事件を解決したことに満足している。


「やはり俺の推理に間違いはない」

滴は相変わらず無言だが、わずかに頷いた。


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