3-5:執念
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ーーー数時間前。
向かい合う匿坂と綿花。
「問題は、奴の記憶操作だ」
「そうですね。一度食らいでもしたら…」
「なんとかならないものか」
綿花の目が光った。
「先輩、記憶操作の対策をしてから行きましょう」
「対策だと?」
「私の恩師を呼びます。催眠術が得意な方なんです」
綿花はスマホを取り出した。
「涙山コバヤシ先生。警察学校時代に心理学を教わりました」
◇
夕方。
匿坂と綿花は都内のマンションを訪れていた。
八十歳を超えたであろう小柄な老婆が、穏やかな笑みで出迎えた。
「綿花ちゃん、久しぶりだわね」
「先生、お忙しい中ありがとうございます」
涙山は綿花の頭を優しく撫でた。
「記憶操作への対策が必要、ということね」
「はい。相手は政府の異能力者で、非常に強力です」
涙山は頷くと。匿坂を見上げた。
「あなたが匿坂さんね。話は聞いているわ」
「よろしくお願いします」
「座って。少しだけ催眠をかけます」
彼女は小さなペンダントを取り出した。
レンズが光を反射して、規則的にゆらめく。
「これを見つめて。呼吸をゆっくり」
匿坂の意識が薄れていく。
「記憶操作を受けても、深層心理では本当の記憶が残る」
遠くから涙山の声が響く。
「表面的には書き換えられても、信念は消えない。あなたのその想いが、自分自身を守るのよ」
催眠が終わると、涙山は小瓶を差し出した。
「昔、公安研究所で使っていた試験薬が少し残っていてね。記憶中枢を一時的に保護する作用があるの」
「副作用は?」
「軽い頭痛と吐き気。でもすぐに治まるわ」
「効果は?」
「半日よ、十分でしょう」
匿坂は頷き、薬を飲み干した。
「これで準備完了ね」
涙山は穏やかに言った。
「でも覚えておいて。催眠も薬も万能じゃない。頼るものじゃなく、信じる心の補助輪よ」
「分かりました。ありがとうございます」
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そして、現在。
匿坂は日妻を見下ろした。
「催眠暗示と薬物で、お前の記憶消去と異能封印を無効化した」
「馬鹿な…そんな小細工で、俺の力を…!」
「お前の記憶操作は完璧じゃない。強い意志と適切な対策があれば防げる」
匿坂はしゃがみ込み、日妻の喉元に溶解液を滴らせた指を近づけた。
「これで終わりだ」
日妻の瞳に、わずかな怯えが宿る。
匿坂は静かに息を吐いた。




